土地や気候、育て、醸造する人の気持ち。
その味わいの中に感じられる個性的な表情は、ショートフィルムの世界と似ています。
作り手はどんなことを考えていたのか、その年はどんな年だったのか—。
このコラムでは、そんなことを思い浮かべながら、ワインとショートフィルムのペアリングを、ワイン専門店エノテカの広報、佐野昭子さんに紹介いただきます。
ショートフィルムのストーリーと、ワインの香りや味わいが織りなすひと時をお楽しみください。
アイスランドと言えば、多くの映画のロケ地となるような火山や氷河をはじめとする大自然をイメージしがちですが、アイスランド製作のショートフィルムも自然を印象的に描く作品が多く見受けられます。そんな中、個人的にとても好きな作品が『かわいくなりたくて / Felt Cute』(2023年・アイスランド)。少年とその姉、両親をめぐる1日の物語で、アイスランドの大自然とはまったく関係ない普遍的なメッセージを描かれています。監督の温かい視線がとても心地よい、すてきな作品です。
主人公は11歳の少年、ブレキ。姉にかまってほしくて絡んだりしますが、姉は彼を邪険に扱うばかり。ある日、両親と姉が外出したすきに、姉の部屋に忍び込み、化粧品やクローゼットをいじり、部屋をめちゃめちゃにしてしまいます。そんなところへ家族が戻ってきたので、さあ大変。そこから家族が知らなかったブレキに関する事実と、家族の関係性が浮き彫りにされます。ジェンダーについて描かれているのですが、なんとも読後感(というのでしょうか)がよく、わずか15分ながら、人間として大切なことを考えさせてくれるすてきな作品です。
主人公の少年ブレキが姉の部屋に忍び込んでやること、それは姉の化粧品を物色してアイシャドウやマスカラでメイクしてみたり、カラフルな姉の服を着てみたり。女性らしいものに興味を持ち、それらを楽しんでいる少年の姿が描かれます。監督のアンナ・カリン氏のインタビューをウェブで読んだのですが、そこで彼女は、「この映画はカミングアウト映画ではない」と語っていました。ジェンダーの固定観念を打ち破ること、それこそが描きたかったことだそう。この作品にも描かれていますが、彼が男の子だからと、両親はおそらく何の疑問も抱かず、グレーなど男の子らしい色合いの服を買ってきます。でも、そうした固定観念を押し付けられることが本当に自分として望んでいることなのか・・・ブレキの心の葛藤が作品では繊細に描かれます。
ワインと言うと、一般的に赤ワインや白ワインを思い浮かべるかもしれません。ですが、白ブドウを赤ワインの製法で造るオレンジワインや、黒ブドウを白ワインの製法で造るロゼワイン、といったワインもあります。いずれも赤ワインのようなふくよかさと、白ワインのような爽やかさといった要素を持ち合わせつつ、それぞれが個性的で独自の魅力を放っています。枠にとらわれない魅力はまるで少年ブレキのようですし、彼が気に入って着ていた姉の洋服も鮮やかなオレンジ色だったこともあって選んでみたのが、グリューナー・ヴェルトリーナー オレンジ・コンタクトです。イキイキとした、そして透明感のあるピュアな味わいは、本作品にも共通する要素と言えそうです。
造り手は、250の栽培農家を擁する協同組合ワイナリー、ドメーヌ・ヴァッハウ。ドナウ川沿いの丘陵地に広がるブドウ畑や古い修道院のある町並みが有名な、オーストリアの歴史ある銘醸地ヴァッハウに位置しています。グリューナー・ヴェルトリーナー オレンジ・コンタクトは、ヴァッハウ渓谷沿いの平均樹齢約50年のブドウから造られるオレンジワイン。口に含むとフレッシュな果実味に、塩味としっかりとしたミネラル感が感じられます。じんわり優しい人間ドラマに、滋味深いオレンジワインの味わいが優しく重なり合って、映画とワインの極上マリアージュの完成です。もちろん、いろんなタイプのお料理とも相性がよいので、和食をはじめ、エスニック料理やパエリアなど、幅広い料理と合わせてどうぞ。