土地や気候、育て、醸造する人の気持ち。
その味わいの中に感じられる個性的な表情は、ショートフィルムの世界と似ています。
作り手はどんなことを考えていたのか、その年はどんな年だったのか—。
このコラムでは、そんなことを思い浮かべながら、ワインとショートフィルムのペアリングを、ワイン専門店エノテカの広報、佐野昭子さんに紹介いただきます。
ショートフィルムのストーリーと、ワインの香りや味わいが織りなすひと時をお楽しみください。
4月のBSSTOでは、「FOOLISH APRILー4月の嘘つきたち」と題し、嘘がキーワードとなって、思わず心揺さぶられるドラマが展開されるショートフィルム5選が配信されています。その中で、うっとりするような美食とワインに終始目が離せなかった作品が、『ひとりの晩餐』(2024年・オーストラリア)です。
有名な高級レストランをはるばる訪れたフランシス。彼女はこのレストランが提供するコースメニューを一人ゆっくり楽しみたいと切望し、やっと訪れることができたようです。ですが、レストラン側からは、このメニューは仲間と一緒に楽しむことを想定しているという理由で、提供を拒否されてしまいます。何としてもこのメニューを楽しみたいフランシス。ふとスタッフから持ちかけられた思いがけない取引に乗ることになります…。
席に着いたフランシスは、サービスの女性からワインペアリングも用意している、と説明を受けます。ワインペアリングとは、そのレストランの料理(多くはコース料理)一皿一皿に合わせて、最適なワインを順番に提供するサービスのこと。レストランで試した方も多くいらっしゃるかと思いますが、ご存知のように、料理とワインを“同時に完成させる体験”そのものを指します。ところがこのレストランのそうした体験は、料理とワインのペアリングだけではなかったようで…。最後にお会計をしたフランシスが受け取った際のレシートがすべてを物語っており、不条理でシュールな笑いを引き起こさずにはいられない、秀逸なオチとなっています。いやはやこの監督、面白すぎます…!
この作品の見どころは、何と言っても洗練されたレストランで提供される、めくるめく食の饗宴です。見た目も美しく盛り付けられた色鮮やかな料理の数々はそれだけでうっとりモノですが、それらをフランシスとたまたま相席となった男性は、本能の赴くままに楽しみます。見た目も麗しい料理を手掴みで口に運び、指ですくいとり、舌でなめ回す…そうした食の快楽をふたり無言で堪能するさまは、どことなくエロティックです。
料理に合わせたワインも次から次へと提供され、ワインを飲む手もとまりません。店内もシックでオシャレ、料理もすばらしいこんなレストランにぜひ行ってみたいところですが、ここで提供されているワインはおそらくこんなワインでは…、そう考えて選んだのが、オーストラリア南部、ヴィクトリア州ヤラ・ヴァレーの生産者「ヤラ・イエリング」が造る「クレシ―・シャルドネ」です。
リンゼイ・マクドナルド監督はオーストラリア出身。なので、舞台となっているレストランは、おそらくオーストラリアでは…、そう考えてこのレストランで提供されそうな、上質なオーストラリアワインをセレクトしてみました。
高級ワインと言うとボルドーやブルゴーニュなどのフランスワインを思い浮かべるかもしれませんが、ここはオーストラリア。しかもワイン大国です。優れたワインも多く生産されており、この「クレシ―・シャルドネ」は上質なブルゴーニュの白ワインに引けをとらない味わいです。映画を観ながらこのワインを飲めば、フランシスたちの隣のテーブルに座っているような気分になるかもしれません。
ヤラ・ヴァレーのワインを発展させた第一人者、「ヤラ・イエリング」。創業者のベイリー・カラドス氏が1969年に12haの畑を購入したことから、ワイナリーの歴史は始まりました。当時は、植民地時代からの英国文化の影響や、冷蔵・輸送インフラが未発達だったことから酒精強化ワインの需要が高まっていた時代でした。今や、ヤラ・ヴァレーは冷涼な気候からピノ・ノワールやシャルドネなどのブルゴーニュ品種の銘醸地として世界的に知られていますが、カラドス氏はいち早くこの土地の可能性を見出し、スティルワインを造り始めたのです。
「クレシー・シャルドネ」は、単一畑「クレシー」のシャルドネから仕立てられ、オーストラリア国内でも数々の受賞歴を誇る1本です。熟した果実のアロマとスパイスの風味、フレッシュさとチョーキーなニュアンスが特徴で、ジューシーな果実味をしっかりとした酸が下支えしています。澱と共に熟成させることで、味わいに複雑さ、重さ、質感が付与されています。エレガントなその味わいは、「オーストラリアワインと言えばシラーズ」と、これまでそう思いがちだった方々の概念を変えてしまう、意外性に満ちたすばらしいワインです。