土地や気候、育て、醸造する人の気持ち。
その味わいの中に感じられる個性的な表情は、ショートフィルムの世界と似ています。
作り手はどんなことを考えていたのか、その年はどんな年だったのか—。
このコラムでは、そんなことを思い浮かべながら、ワインとショートフィルムのペアリングを、ワイン専門店エノテカの広報、佐野昭子さんに紹介いただきます。
ショートフィルムのストーリーと、ワインの香りや味わいが織りなすひと時をお楽しみください。
5月のBSSTOでは、「カンヌの5月:短編映画の魔法」と題し、カンヌ国際映画祭で受賞&ノミネートを果たした珠玉のラインナップが配信されています。そのうちの1作品、2022年にパルム・ドールを受賞した必見作が、『水のささやき』(2022年・中国)です。
舞台は中国の地方都市。隕石の衝突の影響で沈みつつある川沿いの町で、住民は住み慣れた町を離れざるを得なくなっています。少女ニアンも明日に避難をすることになり、幼馴染に別れを告げに行きます。ディストピア的な希望を見いだせない設定でありながら、青と緑を基調とした色調を抑えた映像美が圧倒的。退廃と美しさが混然一体となった作品です。
中国出身の監督、チェン・ジェンインは、ボードレールの詩集『悪の華』に収録された「宝石(Les Bijoux)」からインスピレーションを受けたのだそうです。当時、フランス社会ではスキャンダルとなり、発禁扱いになったというこの作品。というのも、この詩は裸身の女性と身に着けた宝石を描写しており、それが道徳に反すると判断されたとか。『水のささやき』も、そうした背徳や美、芸術性など、様々な要素をないまぜにした作品だと言えそうです。さらにこの状況、コロナというパンデミックを経験し、地球温暖化が進行する世界に住む私たちにとって、単に映画の中の出来事では済ませられないリアルさも秘めています。
作品の中で、人々は町が水没してしまうことから、より高所へと避難する様子が描かれます。このシーンを見ていて思い浮かんだのが、より高所へと移動しつつあるブドウ畑のこと。気候変動による気温上昇に伴い、ワイン生産者たちは世界中のより冷涼な高所の産地を求めています。そうした“高地志向”と映画の状況はまったく異なるものですが、抗うことができない自然の力に対抗してできるわずかなこと、という意味では似ているのかもしれません。ワインで言うと、温暖化の影響で高地志向が進んだ産地は世界中にあります。一例として挙げるだけでも、スペインのプリオラートやイタリアのピエモンテ、シチリアのエトナ、モンタルチーノ、ピレネー山脈の産地など、数多く存在します。加えてこうした高地化のみならず、イギリスや北海道といった新たな産地が形成される緯度移動(北上・南下)も出てきています。実はめまぐるしく変化が起きているワイン産地。やはり映画の中だけの出来事、では済まされないですね…。
ワイナリー「トーレス」
環境保全に注力する世界トップレベルのワイナリー、トーレスは、まさにスペイン・プリオラートでも最上部となる、標高約730メートルの地にブドウ畑を購入しました。購入時、地元の生産者たちは、トーレスは正気じゃない!と思ったそうです。というのも、プリオラートでの一般的な標高は約550メートル。気候変動の影響を軽減するための方法のひとつとして、トーレスはこのような高所でのブドウ栽培にも取り組んでいます。
前置きが長くなりましたが、トーレスが手がけるなかで、現代的クールクライメイト(冷涼気候)感があるワインと言えば、「プルガトーリ」。プリオラートほどではないですが、カタルーニャ内陸の標高が高い冷涼な地で造られ、きれいな酸と緊張感を持つ味わいが特長です。「プルガトーリ」を飲みながら、『水のささやき』と地球環境について思いを馳せるのもよいかもしれません。
「プルガトーリ」が造られるのは、DOコステルス・デル・セグレ。カタルーニャ州の海から離れた内陸部、標高350~550mに位置するエリアです。この地には、巨大なワインの樽が突然消えてしまったという伝説が残っています。生み出されるワインのあまりの美味しさに、天使たちが天国へ持っていってしまったと言われているそうで、「プルガトーリ」のラベルはこの伝説がモチーフとなっています。味わいはビロードのようになめらかなタンニンと熟した果実味が魅力的で、天使が持っていってしまうのも納得の美味しさです。
