不気味な施設を所有する大企業に支配された近未来の日本。不条理に揉まれて生きる父娘の姿を描いたショートフィルム『サルベイション』が今春公開される。「第1回ひかりTVアワード」を受賞したA.T.監督が前作『サルガッソー』のスピンオフとして制作したテクノスリラーだ。
3月30日から「ひかりTV」にて配信が開始される本作の公開に合わせて、A.T.監督と主演の金子ノブアキさん、そして原案・スクリプトドクター(脚本分析)として本作に携わった神山健治さんの鼎談が実現した。神山さんは「攻殻機動隊」をはじめ名だたるSFアニメーションを制作したトップクリエイターだ。今回は、『サルベイション』に込めた想いや撮影の舞台裏を余すことなく語っていただいた。
左から神山さん・金子さん・A.T.監督
予告編動画
神山さんは今日初めて完成した本編をご覧になったそうですが、感想をお聞かせくださいますか?
神山
出来上がった作品を見てまず思ったのは、A.T.監督らしい映像のクールさがある。そしてフレームの外にあるものが伝わってくる。金子さんが演じた主人公の人生が透けて見えてくるし、この世界観の中で日本がどうなってきたのかという設定も伝わってきて、映っていない部分までもが匂い立つ作品になっていると思いました。ストーリー自体は脚本協力をしているので大体分かっていたはずなんですけど、A.T.監督の手によって世界観が深まった。実写は生き物だなと思いました。
A.T.監督は撮影から時間を少しおいて、改めていかがでしたか?
A.T.
ここのアングルはこう撮っておけばよかったとか、いつもは反省ばかりになるんですけど、今回はわりとみんなにおすすめ出来る作品になったと思います(笑)。
特に注目して欲しいところはありますか?
A.T.
やはりラストでしょうか。僕はどんでん返しが好きなので、そこがしっかりと機能しているかどうか。理解してもらえたか、驚いてもらえたかというのがいつも気になるところです。
メタファーや裏設定も色々とありますが、ストレートに「えっ!」となってもらえるのが一番うれしい。「いい映画」であることと「どんでん返し」はイコールではないですが、いかに信じていたものをひっくり返せたか。そこが僕の中で大きなポイントとしてあります。
タイトルの『サルベイション』にはどんな意味がありますか?
A.T.
直訳すると「救済」。「癒し」や「助ける」という意味があります。この作品は人によっては後味が悪い話だと捉えるかもしれません。それでも、そのネガティブな要素のおかげで画面外のどこかではポジティブなことが起きているかもしれないということは伝えておきたい。例えば主人公と娘の間で起こる出来事は、客観的には酷い結果だと思われる方も多いでしょう。ただそれによって(物語の中で)誰かが救われている可能性もあります。それは彼ら自身かもしれません。
「救済」は普遍的にどこかで起こっていることだと思います。
この「救済」というテーマはどういった着想から生まれたんですか?
A.T.
はじめからこれがやりたかったというよりは、「前作の設定を生かす」「予算はこのくらい」といった様々な条件の中で何が出来るかを考えていくうちに、このテーマに決まっていきました。たぶん神山さんもそうだと思うんですけど、やっぱりどんでん返しを演出したい。ひっくり返った先でやっと世界観の全貌が見えるストーリーにしたい。そういった方程式を組むうちに脚本が出来上がっていきました。
たとえば、前作『サルガッソー』に登場するエグザム(作中ではEXと表記)という会社を出さなきゃいけない。けれども説明が一つ増えるから展開が停滞する。だったら落としどころはどうしようかというところで、前作では明かしていない部分を見せていこうと組み立てました。あの世界観を生きる登場人物達の内面を掘り下げながら、わりと「脳」で計算しながら作っていった感覚があります。
近未来のディストピアのイメージには何かモチーフがありましたか?
A.T.
いえ、単に僕と神山さんがSF好きなので、自然とああいった世界観が生まれました(笑)。あとはこのポスターにも映っている不気味な施設を用いなければいけないということがあらかじめ決まっていたので、ハッピーな世界観になるはずもなく。構成を組み立てていくうちにディストピアの方が収まりがいいよねというふうに決まっていきました。
神山さんは原案とスクリプトドクター(脚本分析)というクレジットでしたが、具体的にはA.T.監督とどういったやりとりをしましたか?
神山
肩書きがすごいですよね(笑)。もともとはA.T.監督が脚本を作る際の壁打ちの相手として話が出来ればということで呼ばれました。はじめはハッピーエンドなのかバッドエンドなのかということをA.T.監督とお話して、良い話なんだけど描き方としてはすごく後味の悪いものを作りたいんだと言われたことを覚えています。
だとしたら、入りをどう見せるかとか。短編なのでひっくり返しは一回しか出来ないとか。ひっくり返った先にある裏の世界をどう見せるかとか話し合いました。この映画は登場人物たちが最後にすごいことになるからね(笑)。選択肢を間違えると大変なことになるというメッセージが込められている。そういった深みと裏表の部分は作品の中にうまく落とし込めていたと思います。そこは話し合っていた時以上に、出来上がった作品を見て強く感じた。現場で深まった部分なのでしょう。
A.T.
そう言ってもらえるとうれしいです。すごく大変な現場でしたので(笑)。
神山
僕は本当に言うだけだったからね(笑)。
神山さんが提案したアイディアにはたとえばどんなものがありましたか?
A.T.
元ネタはほとんど神山さんが提案したものでした。プロットは他に何個かあったんですけど、CGと美術にコストが相当かかるからどれも難しく、紆余曲折した一時がありました。そうしたら、神山さんが「じゃあこんなのはどう?」と案を出してくれた。そこでピンポンみたいなラリーが生まれて、脚本が決まっていった。あの要となる主人公の娘の裏設定は神山さんの提案でした。
神山
結局撮影するのは監督なので、「好きなものにすればいいんじゃないの?」とは言っていましたけどね。あれ、主人公は最初もっとすごくクズな男でしたよね?
A.T.
クズな設定でした(笑)。ただ、もう本当に「くたばれこいつ」っていうような設定で脚本を書いていた時もあれば、「実はすごく明るくて前向きな奴だ」っていう設定の時もあった。だけど、やっぱり誰が演じるかによるよねというところで、主人公が金子さんに決まってからは、クズだけど何か胸の中に熱くくすぶるものがあって、それを表に出さないキャラクターがいいんじゃないかとまとまっていきました。そこは神山さんの手から脚本が離れたあとに決まったことですね。
金子さんは主人公・守屋のことをどう捉えていましたか?
金子
とにかく見え方としては、悪い奴というよりかは本当に情けない奴。エネルギーをどこに向ければいいのか分からないまま社会に搾取されている男ですね。そのことに自分自身も気付いているんだけど何も出来ない。
守屋は元々良いポストで仕事をしていた背景が見え隠れして、プライドがある。だけど社会の流れに飲まれて何も出来ないでいる。体中にガスが充満しているような、少しの火種が触れただけでも爆発するかもしれない内面を抱える。だけど結局爆発する勇気がない自分のことを、道徳や倫理と結びつけて正当化しようとしているところが情けない。走ったり飛んだりアクションもしていますが、その情けなさということはずっと考えながら演じていました。
A.T.
アクションといっても逃げていくことが多かったですよね。
金子
そうなんです。どこまでも逃げ続ける男。娘からも仕事からも国からも自分自身からも逃げる。だけど「俺はまだ本気を出してないだけ」みたいなことを思っている。その情けなさのさじ加減は演じていて面白かったですよね。体中に抜けない毒がまわり続けている感覚でした。
逃げる守屋(金子ノブアキ)
守屋を追う佐渡(世良ゆうき)
守屋を演じていて印象に残ったシーンはありますか?
金子
どうなんでしょう。物理的に尺が短いし、どのシーンが良かったというよりは、全体で一つの塊。その塊が最後にバーンと爆発するイメージなんですよね。やっぱり短編ですし、無酸素運動に近いかたちでキャラクターたちを走り切らせることで、いわゆるバックボーンだとか画面に見えてこないものがウッと響いてくる。勢いのあるシーンの連続だったと思います。
A.T.監督の演出の中で、ここは面白いと感じたところはありますか?
金子
やっぱり設定ですよね。劇中で何が描かれているのかダブルミーニングの部分が重要な心臓部になっている。そこをエンジンにして作っていくところが面白かったです。あとは今のこの日本を生きている中で、ああいったキャラクターに自然と自分がなれたのは、現代を投射したメタファーが効果的に描かれていたからなんじゃないでしょうか。
神山さんは、今の時代状況の中から何か関係づけた要素はありますか? たとえば神山さんが監督された「攻殻機動隊」だとテクノロジーをどう時代が受け入れるのかが一つのテーマになっていましたが。
神山
僕の制作手法としては今の日本が置かれている状況を苗床にアイディアを育てていくやり方が多いです。だけど、僕のやり方はアニメだから出来ることであって、実写でやるとすごく嘘くさくなってしまう。最終的に起きるエフェクトが真逆になってしまうことがよくあります。だからそこは難しい。その点、A.T.監督は実写でSF世界を構築できる数少ない監督で、もし日本で『ブレードランナー』を製作するとしたら僕はA.T.しかいないなと思っているんですよね。
A.T.
おお、ありがとうございます(笑)。
神山さんは実写作品に携わられたご経験は?
神山
ちょこちょこです。ほぼ98%以上はアニメをやっています。ただ、アニメはもちろん好きですけど、実写も好きで、A.T.監督とはよく何時間も映画の話をしているんですよね。映像の「意味性」みたいなことを深く話せる人がなかなかいないので、実写だとそこはどうなんだろうとか、実写が持っている性質がこういうものだとしたら、この表現が向いているんじゃないとか。実写の世界も本当に面白いと思っています。
神山さんは劇中のどのシーンに思い入れがありますか?
神山
僕は金子さんが防波堤のところにいるシーンが印象に残っています。あそこは悪い奴として登場した主人公が、本当は状況的にやむなくそうしているだけなんだと垣間見えるシーンです。その描写が、とても脚本だけでは出せない画になっていた。役者やカメラマンやスタッフのみんながその場の空気をよく捉えていた。ぐっとくるシーンに仕上がっていました。
守屋の娘・恵美(黒崎レイナ)
A.T.監督にとっての思い入れの強いシーンはどこですか?
A.T.
僕も完成した映像で言うと防波堤のシーンが好きですが、撮影中の出来事を含めると、最後に守屋が”狂う”ところですね。実はあと10分後には撤収しなきゃいけないという中で、「ワンテイクで!」みたいな撮影をした現場でした。もちろん立ち稽古はしていたものの、ほぼリハーサルなしで一気にいけみたいな、どう動くか分からないところをカメラマンがうまい具合に撮影してくれた。あのライブ感が良かったですね。役者もいい表情をして、スタッフとキャストの力が結集していた。2カットだけのシーンですが、編集作業中もここが一番良いなとやっぱり思いましたよね。
金子さんはその時のことを覚えていますか?
金子
正直しんどいなあと思いながらやっていました。疲れるシーンだぜって(笑)。だけどあの流れでいけたからこその良さは確かにあった。本番で突然冷蔵庫をぶっ壊したり。テンションのままにやっちゃってくれというところが良かったですよね。
アドリブの演技もしていたんですか?
金子
アドリブというよりは、テンションですよね。二日間の撮影順でいうと最後の最後だったので、それまでに鬱屈したものとかイライラを飼いならしておいてのバーン!という感じ。あとはあそこの娘との絡みが本当に面白かった。めちゃくちゃ首を絞めているのにバタつきもしない。打っても響かないので実際にイライラしてくるんですよね。
その怒りにはどんな意味が込められているのでしょう?
金子
撮影している時は頭に血が上っていたので、ほとんど何も考えていませんでした。ただ、今は守屋はたぶん自分自身について怒っていたんだろうなと思っています。周りからしたら八つ当もいいところですが。僕は実生活で子どもが生まれて、守屋のああいった感情は理解できる。娘をきちんと育てなきゃいけない。自分を善良な一人の男に仕立て上げなきゃいけない。でも現実とは落差がある。理想と現実の自分が交錯するあの気持ち。出来上がった画を観た時にそう思いましたよね。
今回の撮影を経て、長編映画にはない短編映画の魅力について、感じたことをお聞かせください。
A.T.
先程神山さんと金子さんも仰っていましたが、やっぱり結論までが早い。レスポンスの早さが短編の良さだと思います。情報量が少ない分、作り手と受け手がすぐにキャッチボールを出来る面白さがある。映画が終わったあとに、「え、今の何だった?」みたいな余白について想像したり人と語り合うことが出来るのが短編の面白さだと思います。
本作は19分ですが、何か狙いがありましたか?
A.T.
いえ。たまたまです(笑)。はじめは15分くらいを目途に作っていましたが、間や情報の関係から19分の尺になりました。個人的には短編は短ければ短いほど良いと思っていて、25分や30分できっちりとした濃密なドラマを作るんだったらそれは長編でやればいいじゃんという気持ちがある。それよりも、5分とか10分だからこそ出来るワンアイデアの作品が見たい。そしてその本編10分以上の世界観を鑑賞後に想像できる作品というのが、短編ならではの良さを持った作品なんだと思います。
金子さんはいかがですか?
金子
長編映画における伏線回収の責任や義務みたいなものが短編にはないので、観てもらった人に委ねられる。その作品の世界観の広がりみたいなものはやっぱり短編の方が魅力的に生み出せますよね。エンディングの先が開かれたままになっているので、作品の前後を楽しむことができます。ミュージックビデオもそれに近いものがありますよね。
神山さんは?
神山
僕も皆さんと意見は一緒です。フレームの外を楽しんでもらえるのが短編のよさかなと思います。だけどその分、作るのは本当に難しかった。今回はお手伝いレベルでしたが、やっぱり実力が試されるなと思いました。
たとえば神山さんが手がけてきたテレビシリーズは一話完結です。そことの違いはありましたか?
神山
尺的には確かに短編に近いですが、テレビシリーズは結局長編の考え方なんですよね。ここで失敗してしまったことは先の話数でリカバリーできるとか。あとはCMの間がありますし。さらに言うと次の一週間後への間が、それこそ劇場の2時間よりもはるかに長い。長編映画よりも長編的なんです。だからテレビシリーズの19分を作るのとは違って、今回は難しく感じました。
ありがとうございました。それでは最後に『サルベイション』について一言ずつおすすめのポイントをお聞かせください。
A.T.
一言で言うなら金子ノブアキですよ。結局ずっと金子さんが演じる守屋が映っている。その守屋のことを、「お前、間違ってるぞ」と思うのか。「分かる、分かる」といいながら見るのか。そこに尽きる。俺も自分が負け組か、こぼれ落ち組かと思うことがあります。それぐらいしっかりと見てもらえたら、最後のオチで驚いてもらえるはず(笑)。
金子さんはいかがですか?
金子
うれしいことに、僕は今回主人公という大役を務めさせてもらいました。俺みたいなアクの強い奴がやってもいいんだろうかと思いつつ(笑)。とはいえ、今の日本の、世間の雰囲気がよくメタファーとして描かれている作品になったと思います。実質的な尺は短いですが、体感時間はたっぷりと感じてもらえる短編の良さが詰まっているんじゃないでしょうか。この『サルベイション』に共鳴して、楽しんでもらえたらうれしいです。
神山さんはいかがですか?
神山
やっぱり日本の監督にはなかなかこういったクールなSFの画を硬派に撮れる人が少ない中で、A.T. 監督はすごいと思うし、僕の憧れでもあるんです。『サルベイション』はそんなA.T.監督の魅力がいかんなく発揮されています。それは間違いない。プラス、劇中のあらゆる余白からその場に描かれていないものの匂いを感じさせる力がある。金子さんの演技と合わせて、ぜひ沢山のみなさんに楽しんでもらいたいですね。
取材:大竹悠介
撮影:吉田耕一郎
構成:大久保渉
金子ノブアキ-スタイリング:上井大輔(demdem inc.)
金子ノブアキ-ヘア・メイク:高草木剛(VANITES)
A.T.(エーティー)
映像ディレクター。1970年生まれ。独特の世界観と緻密な構成・編集でアーティストからも信頼され、数々のMVを演出。TVアニメ「攻殻機動隊 S.A.C.」「攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG」のオープニング映像も演出。
また、自身が制作したショートフィルムは国内外で数々の賞を受賞し、2016年、初の長編映画『CUTIEHONEY – TEARS-』公開。国外においてもその手腕を高く評価されている。
神山 健治(かみやま・けんじ)
日本のアニメーション監督、脚本家、演出家、経営者。
1966年生まれ。埼玉県秩父市出身。背景美術スタッフとして『AKIRA』や『魔女の宅急便』等に参加。数々の作品で美術監督を務めた後、TVシリーズ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』、『攻殻機動隊 S.A.C.2nd GIG』などを監修する。深い洞察に基づく作品性がネットで広範な議論を巻き起こし、実際の社会にも影響を与えて国内外に熱狂的なファンを獲得した。原作・脚本・監督を務める『東のエデン』では、初の完全オリジナル作品として高視聴率をマーク。2011年『攻殻機動隊 S.A.C. SOLID STATE SOCIETY 3D』は、9スクリーン公開で10万人を超える動員を記録している。2017年12月、「ひるね姫」がアニー賞ノミネート。
金子ノブアキ(かねこ・のぶあき)
ドラマーとして、圧倒的なテクニックをもって全身全霊でリズムを刻む姿は自身のバンド、RIZE のサウンドの要。 2009 年よりソロ活動も始動しこれまでに3 枚のアルバムを発表。音楽、映像、照明を駆使し総合 芸術として表現するライブは高い評価を受ける。俳優としても話題の映画やドラマ、CM に出演し、際立った存在感で魅了。唯一無二のキャリアで時代を牽引。あらゆるジャンルの壁を超えて活躍中。
『サルベイション』(Salvation)
第1回ひかりTVアワード受賞監督作品 第2弾『サルベイション』(Salvation)
18:57 / スリラー /2018年
2019年3月30日 深夜24時30分より「ひかりTV」にて配信開始。
(あらすじ)
病気の娘をもつ守屋は、食料事業の名の下に地域を支配する巨大企業エグザムで清掃員として働いている。彼は同僚とエグザムの備品を盗んでは売りさばき、治療費を貯めていた。しかし、次々と襲いかかる社会の不条理に絶望し、ついに守屋は爆発。全ての責任を娘に押し付けた末、皮肉な運命が彼を待っていた…。
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