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Jun. 15, 2023

【Special Interview】『虎の洞窟』を監督
 野村萬斎さんにインタビュー

今年25回目を迎えた国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア(SSFF & ASIA)。各部門優秀賞が翌年のアカデミー賞短編部門へと推薦される映画祭で、毎年5,000点以上ものショートフィルムが国内外から応募されます。

そんな映画祭のライブアクション部門/ジャパンカテゴリーには、今年、狂言師、俳優の野村萬斎さんが監督した『虎の洞窟』が入選しました。
(作品は6月22日に表参道ヒルズにて、また、6月26日~映画祭オンライン会場で無料上映・配信されます。)

WOWOWアクターズ・ショート・フィルムのプロジェクト第3弾として制作された本作。
去る6月6日に行われたSSFF & ASIA 2023オープニングセレモニーに登壇した野村さんに、作品について、監督業についてお聞きしました。

2023年6月6日SSFF & ASIA 2023オープニングセレモニーに登壇した
WOWOWアクターズ・ショート・フィルム監督の面々

『虎の洞窟』ポスター

『虎の洞窟』
監督:野村萬斎/主演:窪田正孝/23:50/日本/ファンタジー/2023

シェイクスピア「ハムレット」と中島敦「山月記」をモチーフに孤独な青年の心象風景を描く。社会に居場所を見出せない男(窪田正孝)は、ある日不思議な声に誘われて外に駆け出していく。

Tiger Torment – ショートショート フィルムフェスティバル & アジア2023(SSFF & ASIA 2023) (shortshorts.org)

<Special Interview>

――今回の監督のオファーが届いた際、すぐに受けることを決められたそうですね。狂言師としてこれまで数多くの生の舞台をつくられてきましたが、映像表現に以前から興味があったんでしょうか?

舞台演出はずいぶんやってきましたので、映像の演出もやりたいなという思いはありました。とはいえ、漠然とした思いで、具体的な構想があったわけでもなかったので、そういう意味では(オファーが来て)パクっと食いつきましたね(笑)。

――今回「ハムレット」(シェイクスピア)と「山月記」(中島敦)をモチーフにされていますが、どのようなコンセプトで作り上げていったのでしょうか?

僕自身、舞台で『ハムレット』『敦 -山月記・名人伝-』を手がけてきて、何より人間にとって「生きる」ということがテーマだなというのはありました。コロナ禍があったことも含めて「どうして人は劇場や映画館に足を運ぶのか?」を考えると、やはり“生きること”について考えるために芸術作品を観に行くんじゃないかと思ったりもするんですね。

その根源に最も揺さぶりをかけるのが「ハムレット」の「生きるべきか? 死ぬべきか?(To be or not to be)」という問いだと思います。

また、“生き方”というものに対して「山月記」に出てくる「人生は何事をもなさぬにはあまりに長いが、何事かをなすにはあまりに短い」というセリフ――これが僕の中でなんとなく呼応するんですね。

「山月記」の中でもうひとつ「尊大な羞恥心」と「臆病な自尊心」という言葉が出てきますが、簡単に言うと、臆病なのにプライドが高いということですよね。生きるのは難しいことですから、人間というものはそんなにいつも両手を闊歩して歩けるわけでもなく、一歩を踏み出しにくい時もありますよね。

私自身、WOWOWのプロデューサーさんからお話をいただかなければ、「映画撮りたい」と思っていたとしても、それは延々と何事もなさぬ時間に終わっていたかもしれません。幸運にもお話をいただけたことで、何事かをなす機会を得たわけで、大変ありがたかったです。

でもそういうチャンスをどうものにしていくのか? ということが、生きていく上でのひとつ奇妙な運命と言えるのかもしれません。そういう“生きる”という概念をコンパクトにまとめたのが、今回の作品と言えるのかもしれませんし、それ(=チャンスを活かすこと)がうまくいかないと、この作品で描かれているような不幸なパターンになってしまうのかもしれない。

そんなことを描いたつもりです。

――いまおっしゃったようなコンセプトをプロデューサー陣も交えつつ、具体的な物語に落とし込んでいったということでしょうか?

最初に僕がバーッとプロットを書いて「こんな感じでいけますか?」と聞いたら「いける」という答えだったので、それを形にしていきました。

僕の頭の中に、ある犯罪事件のことがあって、こういう事件はどうして起こるのか? と思い続けていたんですね。もちろん、こういう犯罪は、その人自身が悪いのはその通りなんですが、とはいえ、そうした事件が起こる要因、彼らの葛藤みたいなもの――まさしく「ハムレット」や「山月記」の中で描かているようなものがあるんじゃないか? 哀しいかな虎になってしまった人間が、そうした凶悪事件を起こすのだということはあるんじゃないか? という思いで書きました。

『虎の洞窟』場面写真

――「山月記」では虎になった主人公と向き合うのは、昔からの友人でしたが、今回の映画では、もうひとりの自分自身と向き合います。

そのあたりはいろいろ話し合った部分ですが、「ハムレット」の「To be or not to be」は、自分の内なる葛藤としてあるわけですよね。(向き合うのを)別人にするという案も考えなかったわけではないんですが、現代っぽくないし、やはり「ハムレット」との関係でいうと、自己分裂の中で物語を完結すべきだということで、一人二役にしました。

――「山月記」では、別れの際に虎になった主人公は、自分がこれまで作った詩を吟じ、それを友人に託しますが、今回の映画では自分の存在を「記憶から消してくれ」と頼みます。この結末はどのように生まれたのでしょう?

最終的に殺人におよぶというのは“自己否定”なんですね。他人が自分に見えてきて、自分を殺し続けるという所業に及ぶということで、ニヤリと笑みを浮かべるもうひとりの自分が現われて、それを攻撃するというシーンになっています。そこは打合せをする中で、色々なことを考えました。犯罪心理における自己嫌悪を取り入れたりもしました。例えば、虎のシマとは何か? と考えた時、それはリストカットの痕なんじゃないか? とか。自分にシマをつくっていく――つまり自己否定だと。自己否定が自分の中だけで収まればいいけれど、それが他人におよぶことで被害が大きくなっていくんですね。

――自己否定だからこそ「自分の爪痕を遺したい」ではなく「自分を消したい」という思いにいたるわけですね。

そうですね。それはそれで悲劇だなと思います。人間ってやっぱり生きたいし、種の保存を含め、何らか生きた証を残したいというのが、生きている実感を持っている人間の思いだと思うし、特に成功者はそう思うのかなと思います。

誰もが成功したいけど、そうならない諦めと自己否定が「消してくれ」という思いにいたったのかなと思います。

――その中で、随所に「ボレロ」に合わせた舞踊のシーンが差し込まれます。

異なる目線を入れたいという思いもありましたし、個人的に「ボレロ」に振付を加えたものを出したいという欲望もありまして(笑)、違う軸として入れました。

あれをどう解釈するか? “神”だという人もいますし、能を知らない人が見たら「なんで能役者が出てるんだ?」と思うかもしれません。日本人なら神様のような存在に見えるかもしれませんが、一神教の文化の人が見たら「あれは何なんだ?」と思うかも知れませんし、天使でもなんでも良いんですが、「天」から物事を見ている存在――人間の所業を俯瞰して見ている入口にしたいなと思いました。

『虎の洞窟』場面写真

――実際に映像作品の監督を体験されていかがでしたか? 映像ならではの表現、面白さを感じた部分はありましたか?

面白かったですね。もっとやりたいなと思いました。LiLiCoさんが「最初に台本を見たときにはどんな物語になるのかわかんなかった」と言ってくださったのが、僕の中ではすごく嬉しかったですね。読んで完結するなら読み物にすりゃいいわけであって、この何だかよくわからないシチュエーションがどう繋がっていくのか? というのを、映像のプロであるみなさんが面白がってくださいました。

映像ならではという点で言うと、窪田さんがあれだけ“虎”になってくれたっていうのも嬉しかったですね。「人間が虎になった」というのを映像でどう表すか? はある意味で賭けでしたから。彼の鬼気迫る演技が本当に全てをさらっていったと言えるくらい素晴らしかったし、あるインタビューで窪田さんが「陰キャ同士」――彼が持っている闇と僕が抱えている闇が近いということを言ってくれていたんですけど、2人で人間の“闇”を共有できたのかなと思います。

それから、いままで、映像作家の方たちがやってこなかったことを能楽ならではの手法を使って表現できた部分もあるのかと思います。あんまり予算もないので、大鼓のかけ声を自分で発して虎の疾走感を表したり、虎の目線での歩みを表現するために、GoProカメラを自分で抱えて走ったりしたりもしました。

この“視点”を動かすということ――人間よりも低い虎の視点がある一方で、神のような存在による上からの視点で交差点を俯瞰したりもしていますが、目線を変えることで、ものの見方を変えるというのは、能や狂言の在り方を取り入れた独特の部分と言えるかもしれません。

いつも思い出すのが、チャップリンが言った「クローズアップにすると悲劇だけど、引いたロングショットで見ると喜劇になる」という言葉なんです。まさしく狂言は引きで俯瞰して見るものであり、一方、能はどちらかというとクローズアップすることで人間の感情のマグマみたいなものを表しているような気がします。そうやって引き(狂言)と寄り(能)の視点を組み合わせて作れたのは独特の部分ではないでしょうか。

それから、ローレンス・オリヴィエが「ハムレット」を撮ったときには、とにかく独白は全部カメラ目線でやるんだと言っていて、それは映像のない時代の狂言もそうなんです。独白のときは必ず正面を向いてしゃべって、対話の時は相手と向き合うという法則があるので、正面を向いてしゃべる時はカメラに向いてしゃべってもらうようにしました。

そこで、カメラに対する距離を窪田さんの気持ちに合わせて、寄ったり引いたりしてもらいました。こっちがカメラを動かすのではなく、虎の最初の独白部分はずっと回しっぱなしで、気持ちに合わせて動いてもらったのです。

――様々な条件もあった中で、撮影中、大変だった部分もあったかと思います。

交差点を描くのは大変でしたね(苦笑)。人々が行き交う場所であり、それを俯瞰して見るということで入れたんですが、私はどうしても海外で上映することを意識してしまうところがあって、最初、海外の方々に人気のある渋谷のスクランブル交差点を人々が行き交う中で撮影したいと言ったんですけど「それは予算的に難しいです」と(苦笑)。結局、五反田の交差点で撮影させていただきました。

ロケ地を探すのはなかなか大変でしたね。“虎の洞窟”をどうするか? と考えて、辰巳にあるWOWOWのスタジオの近くの公園で撮影しました。

――最近では珍しくなったタコの大きな滑り台を使って、タコのアタマの中を洞窟に見立てていますね。

洞窟のセットを作りたかったんですけど(笑)、それもなかなか難しいという話になりまして…。よくわからない洞窟の上にぽっかり穴があいているというイメージで、自分の殻に閉じこもり、外界からは月の光だけが差し込んでいるというのを撮りたかったんです。

――先ほど、チャップリンやローレンス・オリヴィエの名前も出ましたが、映画をつくる上で影響を受けた映画監督、映像作品はありますか?

やはり私にとって黒澤明監督の作品(『乱』)に出たというのは誇りですし、黒澤作品は素晴らしいと思っています。

それから特に今回、意識したのは『ジョーカー』ですよね。あれを観て「面白い映画だなぁ。僕もこういう映画撮りたいなぁ」と思いましたね。この作品の発端はそこですね。僕の行動原理はたいがいそういう感じで、他人がやっていることをカッコいいと思ったら、「これを狂言・能の発想で僕が料理するとどうなるかな?」と考えるんです。

余談ですが、舞台で「敦 – 山月記・名人伝 -」をやった時も中島敦が複数人出てくるのですが、あれは明らかに『エージェント・スミス』を観てたからですね。普段から何かを見て、自分のフィールドで「こうしたら面白いんじゃないか?」と考えることはよくあります。インスパイアされやすい人間なんです。

――今回、ショートフィルムに挑戦されて、改めてショートフィルムの魅力はどんなところに感じましたか?

ショートフィルムというのは、クラシックの1曲が第1楽章から始まって、第4楽章まで起承転結で奏でられ、それを楽しむことができるというイメージですね。今回の映画でも「ボレロ」を使っていますが、あの曲はだいたい17分くらいで、最初はずっと「ボレロ」を流し続けようかと思ったのですが、さすがにうるさいのでやめました(笑)。

――次に映像作品で撮りたいテーマなどはありますか?

プロデューサーとも「次は『マクベス』はどうですか?」という話はするんですけどね。舞台でもすでに“ゴミ社会と魔女”というのを描いていいます。ゴミ問題を描くには舞台だとちょっと限界がありますよね。ゴミ袋から魔女が出てくる――社会の吹き溜まりにいる存在が、成功者に対して牙をむくというイメージで、ゴミまみれになりながら悪夢を見るという。それを映像で表現してみたいですね。

――黒澤監督は「マクベス」をモチーフに『蜘蛛巣城』を撮りましたが、萬斎さんは現代社会を「マクベス」で描こうと思っているんですね。

人間が生きてる限りゴミを出すという宿命――それは原発事故の時も考えたことでした。核のゴミを埋めて処理するって本当にそれで大丈夫なのか? と思うし、人間が豊かで便利になるとそのぶん、ゴミが出るという事実にスポットを当てたいなと。人間というのはやはり恐ろしい存在なんだなと思いますし、どうしてもそこに惹かれるんですよね。もちろん個人の苦しみや心情もありますが、もっと広く人間の存在というものを考えてしまうんです。

ショートフィルムとして『マクベス』を作って、いずれロングバージョンでも撮れたらいいなと思いますし、今回の『虎の洞窟』も長いバージョンでも作ってみたいですね。

『虎の洞窟』予告編

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