土地や気候、育て、醸造する人の気持ち。
その味わいの中に感じられる個性的な表情は、ショートフィルムの世界と似ています。
作り手はどんなことを考えていたのか、その年はどんな年だったのか—。
このコラムでは、そんなことを思い浮かべながら、ワインとショートフィルムのペアリングを、ワイン専門店エノテカの広報、佐野昭子さんに紹介いただきます。
ショートフィルムのストーリーと、ワインの香りや味わいが織りなすひと時をお楽しみください。
七夕の月にあわせて、7月のBSSTOでは、星や自然の神秘をはじめ、登場人物のさまざまな願い事までも描く「退屈な世界から宙(ソラ)へーmystery of stars and nature」特集が配信されています。
七夕に願いごとを書いたことはありますが、11時11分に願いごとをする、というのは知らなかった…と思わされたのが、『11時11分の願い事/11:11』(アメリカ・2025年)です。主人公はパキスタン系アメリカ人の女子高生、ノーリ。同じクラスには片思いをしている男の子がいます。ある日、親友との何気ない会話のなかで「彼の理想のタイプになりたい」とふと思うのですが、その時間がちょうど11時11分。思いがけずその願いが即座に叶ってしまい、なんと金髪の白人少女へと姿が変わってしまいます…。
ケイト・ブランシェットがプロデュースした本作品は、軽やかなコメディとして楽しめる一方で、人種や外見、そして社会が無意識のうちに押しつける“理想像”といったテーマをも内包しています。広告や雑誌、SNSを通じて大量の情報にさらされる私たちにとっても、決して他人事とは言えない物語です。
映画『11時11分の願い事/11:11』は、不思議な力によって願いが叶った主人公が、その先で本当に大切なことに気づいていく作品です。もっと違う自分になりたい、もっと自信がほしい――そんな願いから始まる物語ですが(そう切実に願っている彼女自身もそのままで十分にすてきなのですが)、やがて主人公は、誰かの価値観や誰かの常識に合わせるのではなく、自分自身の価値や可能性と向き合うことになります。
この作品を観ながら、ふと思い浮かんだのが、イタリアワインの名門アンティノリが手がける「ティニャネロ」でした。
いまやイタリアワインを代表する一本として知られる「ティニャネロ」ですが、その誕生は決して当時の“正解”を追いかけたものではありませんでした。1970年代のトスカーナでは、伝統的なルールに基づくワイン造りが主流でしたが、アンティノリは畑が持つ個性をより純粋に表現したいという思いから、既存の常識にとらわれない挑戦を始めます。その結果生まれた「ティニャネロ」は、やがて世界中のワイン愛好家から高く評価され、“スーパータスカン*”の先駆けとなりました。
*スーパータスカンとは:イタリアのトスカーナ州で伝統的なワイン法にとらわれず、品質を最優先にして造られる高品質・高価格なワインの総称
映画の主人公が願いを叶えたものの、本当の自分を受け入れていくように、「ティニャネロ」もまた、誰かの基準に合わせるのではなく、自らの個性を信じることで唯一無二の存在になったワインと言えるかもしれません。力強さとエレガンスを兼ね備えたその味わいには、自分自身を信じて歩んできた長い歴史が刻まれているようにも感じられます。
願った未来の先で、本当の自分に出会う――そんな映画の余韻とともに、ぜひ楽しんでいただきたい一本です。
アンティノリは1385年創業、600年以上にわたる伝統と環境を最大限に尊重しながら、革新を追求し続けるイタリア屈指の家族経営のワイナリーです。アンティノリの名を世界的に知らしめた大きな転機となったのが、「ティニャネロ」の誕生でした。

アンティノリファミリー
1971年に生まれ、1974年に初めてリリースされた「ティニャネロ」は、当時のキャンティ・クラシコの規定に縛られない革新的なワインでした。白ブドウ使用の義務を廃し、バリック樽での熟成を取り入れるなど、当時としては画期的な手法を採用。さらに1975年にはカベルネ・ソーヴィニヨンをブレンドに加え、トスカーナワインの新たな可能性を切り拓きました。「ティニャネロ」はイタリアワインにとっての転換点となり、世界に誇る偉大な赤ワインの象徴へと成長していったのです。

ティニャネロのぶどう畑
写真左:バリック樽での熟成/写真右:ぶどう畑に敷き詰められた白い石灰岩(アルベレーゼ)。太陽熱を蓄え、栽培において重要な役割を果たす
ブラックチェリーやプラム、スミレなどが香る妖艶なアロマ。口当たりはなめらかで、豊かな果実味としなやかなタンニンが口いっぱいに広がり、ワインにしっかりとした骨格とフィネスを与えています。世界に名を馳せるイタリアの逸品、ぜひ一度お試しください。