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COLUMN
Jan. 18, 2024

【てくてくシネマ散歩】映画館へ来ていく服を探しに@恵比寿

恵比寿駅から徒歩で十数分の住宅街の一角、以前は米屋だったという建物を利用して、一風変わった古着屋が店を構えている。

ヴィム・ヴェンダースの『パリ、テキサス』の登場人物に由来する店の名は「TRAVIS」。「映画館へ着て行くための服」というコンセプトをもとに、店内にはヨーロッパで買い付けた古着に加え、店主のハラダユウキさんのお気に入りの映画のエッセンスを取り入れた演出や、原田さん自らデザインを考えた服が並ぶ。

今度見に行くあの映画にはどんな服が良いだろう?ふと心がワクワクし始める、シネマ散歩をお届けします。

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名画座をやりたい店主ハラダユウキさんの世界

インスタの投稿を見て、駅近とは言えないこの店に都内・関東近辺はおろか、名古屋や札幌、福岡などからわざわざ足を運ぶ人もいる。客の多くは古着好きというより、映画好きの人々だ。歩いて10分ほどのところにある恵比寿ガーデンシネマで映画を観て、帰りに寄る人も多いという。

ハラダさんがこの店を通じて発信したい思いとは? あふれんばかりの映画愛、そして映画館への愛が、TRAVISには詰まっている。

ハラダさんの世界を訪れるべく、話を聞いた。

 

――「TRAVIS」は20233月にオープンしたそうですが、それ以前は何をされていたんですか?

 

前職では12年ほどアパレル関係の仕事をしていました。学生時代から映画は好きでしたが、よく観る時期とそうでもない時期の波があって、45年前から再び映画館によく通うようになったんです。

 

ある時、『パリ、テキサス』を観て、ロゴを腕にタトゥーで入れるほど気に入ったんですけど、Tシャツを探してもなかなか自分で「ほしい」と思えるものがなくて、自分で勝手にTシャツを作ってみたんです。もちろん、売るわけにはいかないので、映画好きの知り合いと物々交換をしたりしたんですけど、そこで「本当に映画が好きなんだね」と言ってもらえて、映画業界の方たちともつながりが生まれたりしました。そうしたことを通じて、より映画が好きになって、漠然と「いつか名画座を自分でやりたい」と思うようになったんです。

 

――古着屋ではなく、もともとは映画館をやりたいと?

 

そうなんです。だから直接、映画館で働くというのもひとつの選択肢だなと思ったんですけど「海外に行きたい」とも思っていまして。それから、いずれ映画館を自分でやるなら、自営業の経験を積んだほうがいいなとも思って、そこで自分に何ができるかと考えた時、服のことしかないなという結論になりました。

 

とはいえ、前職では新作ばかりを扱っていて古着に詳しいわけでもなかったんですけど、新作をセレクトショップで売るとなると、(仕入れが)国内の展示会で足りてしまうんです。海外に行くなら古着の買い付けだなと、いわば消去法で(笑)。海外で現地の映画館にも行きたいという思いもありました。2022年の秋に会社を辞めて、2023年の1月にヨーロッパに買い付けに行き、324日にオープンしました。その後、古着だけでなくオリジナルの服も少しずつ始めています。

『ナイト・オン・ザ・プラネット』でウィノナ・ライダー演じるコーキーが着ているTシャツ

――店名の「TRAVIS」は『パリ、テキサス』が由来だそうですが、『タクシードライバー』(※ロバート・デ・ニーロが演じる主人公の名もトラヴィス)からだと思われることも多いのでは?

 

7~8割の方が「『タクシードライバー』が好きなんですね?」と言いますね(笑)。店名に関しては、すごく運命を感じる出来事があって、6月にヨーロッパに買い付けに行く時点で、「TRAVIS」と決めていたんですけど、最初に訪れたのはヴェンダース監督が住んでいるというベルリンで、名画座で『ベルリン・天使の詩』を観ることができました。その後、フランスのパリとリヨン、さらにイギリスに渡ってロンドンに行ったんですが、パリでは『ナイト・オン・ザ・プラネット』、ロンドンで『タクシードライバー』を観たんです。

 

帰国後に、古着だけでなく「映画の中であの子が着てるもの」というコンセプトでオリジナルの服も売り始めたんですが、その第1弾が『ナイト・オン・ザ・プラネット』でウィノナ・ライダーが着てるTシャツだったんです。いま振り返るとなんですが、この店にとってすごく縁のある作品を観ることができたんだなと思います。

 

ちなみに『ナイト・オン・ザ・プラネット』でウィノナ・ライダーが着ているのは、コロンビア・レコードのアーティストの誰かのTシャツなんです。でも字が小さすぎて読めないので、うちでオリジナルのTシャツを作るにあたって、映画の中のコーキー(ウィノナ)とヴィクトリア(ジーナ・ローランズ)が架空のレーベルからレコードを出したという設定にしました。もちろん(権利上の問題で)「Night on Earth」とは書けないので、“映画館へ着て行ってほしい服”ということで「Night on Cinema」としています。他の字の部分はコーキーのタクシーの車番を入れています。

 

こういう細かいコンセプトや説明は普段インスタグラムには載せてないんです。というのも、「サブスクリプションよりも映画館に」という思いと同じで、ネットに載せるんじゃなく、お店に来てくれた方に直接、伝えたいと思っているので。

 

他のオリジナルのシャツ(※第2弾『恋する惑星』、第3弾『マイ・ブルーベリー・ナイツ』)に関しても、僕なりのいろんな解釈や“こじつけ”を施しているので、店に来ていただければ、細かいいろんな仕掛けをお伝えします(笑)。

「ウディ・アレンを観に行くならツイードやボタンダウン」

――そもそも「映画館へ着て行ってほしい服」というコンセプトはどのように生まれたのでしょうか?

 

デートでオシャレして映画館に行くというのはよくあると思うけど、「この映画っぽいコーディネートで行く」というのはあまりないですよね。僕自身は「ウディ・アレンを観に行くならツイードやボタンダウン」とか「ウォン・カーウァイなら赤みのある服で」、「高校生が主人公の青春映画ならデニムにコンバースのオールスターとチェックシャツ」とか、わりとよくやっていたんです。

 

なぜかというと、映画を観て、感動して、その余韻に浸って散歩しながら帰りたいんですけど、現実的には一度、どこかのタイミングでトイレに行くことになりますよね? その時、鏡に映る自分が、映画の世界観と全然違うとその瞬間にさめちゃうんですね。映画の余韻を残したくて、自分なりに服を選んでいたので、ぜひみなさんにもそうしていただけたら嬉しいなと思ったんです。

 

――映画のロゴや写真がプリントされているいわゆる映画Tシャツやグッズではなく、映画の世界観に合わせた服というのが新鮮です。映画の中に入り込んだような気持ちを味わえますね。

 

そうなんです。可能な限り、映画の世界に浸ってもらいたいし、もっと言うと日々、自分が映画の主人公になったような気分で過ごしてもらいたいと思っていて、うちの服がそのきっかけになってくれた嬉しいです。

 

――買い付けの時点で「あの映画のあの登場人物の感じ」などとイメージして探すんですか?

 

最初に買い付けに行く時は、いろいろ考えていたんですが、初日の時点で無理だって気づきました(苦笑)。「ウディ・アレンの映画に出てくるダイアン・キートンみたいな…」とか考えていると、他のかわいい服を見逃しちゃうので、ひとまずはかわいい服を連れて帰ってきて、それから服に合わせて、できる限りの“こじつけ”をするようにしています(笑)。

『パンチ・ドランク・ラブ』のグラデーションに『君の名前で僕を呼んで』のポロシャツ

TRAVISのインスタグラムより

――これまでのコーディネートでお気に入りの組み合わせを教えてください。

 

インスタグラムにもいくつか載せていますけど、ポール・トーマス・アンダーソンの『パンチ・ドランク・ラブ』が好きで、特にオープニングでグラデーションで色が変わっていくのがキレイで、その感じをイメージしたものや、『EO イーオー』に出てくるサッカーチームのユニフォームをイメージしたものを紹介しています。

それから、6月にももう一度、ヨーロッパに買い付けに行ったんですが、『君の名前で僕を呼んで』でティモシー・シャラメが着ていたポロシャツが印象的だったので、ラコステのシャツをたくさん仕入れてきたんですが、ご好評いただきました。

売れたのはありがたいんですが、またすぐに買い付けに行くというわけにもいかないので、それもあってオリジナルで作るようにしたんです。

先ほども説明した第1弾の『ナイト・オン・ザ・プラネット』に続いて、『恋する惑星』でフェイ(フェイ・ウォン)が着ている白地に青いハートのTシャツをイメージしたものをつくったんですが、そのシャツの上にチェック柄のネルシャツを羽織るというスタイリングを提案しています。なぜかというと(フェイの恋の相手の)警官633号(トニー・レオン)が非番の日はいつもチェック柄のシャツを着ているんですね。映画の最後で恋が実って、その後、2人であのお店を切り盛りしていく――つまり、あの店の制服というコンセプトで、上にチェックシャツを羽織ることで、633号がフェイを抱きしめているように見えるんです。

もう二度と、好きな映画館がなくなることがないように

――もし「映画祭に映画を観に行くためのコーディネート」というリクエストがあったら、どんな提案をされますか?

 

僕自身、新作映画の試写会や上映会にお伺いする時は、ジャケットを着るようにしています。海外では競馬に行く時は正装していくという習慣がありますよね。もちろん、映画館に行くことのハードルを上げたくないので、そこまでかしこまらなくてもいいんですが、少しピシッとした服装で行ってみると、映画祭の雰囲気を楽しめていいんじゃないかと思います。その日の目当ての作品の色に合わせたスカーフを身に着けるだけでも、ちょっと気分が変わってくると思います。

 

――今後、この店を通じて実現したいことはありますか?

 

映画館を開きたいという気持ちは変わらずあるんですが、それは老後でいいかなと思っています(笑)。この店を通じてという意味では、映画をコンセプトにしたオリジナルの服のアイディアは他にもいくつかあるので、それを形にして、面白がってもらえたらいいなと思います。

 

誰かと何かを一緒にやるという意味では、映画館とコラボレーションで何かやれたらいいですね。新作映画の物販やTシャツをつくったりしたいです。まだオープンしたばかりで、そんなこと言うのはおこがましいので、23年くらいしてお店が軌道に乗って、より多くのみなさんに知ってもらえるようになったらぜひやりたいですね。

 

あとは、この店の存在が人をつなぐハブみたいに機能したらいいなと思っています。ふらっと立ち寄ってくださった映画関係の仕事をしている方たちが、ここで出会って、映画の話で盛り上がって「何か新しいことをしましょう」となったり、ここで新しい“縁”が生まれると嬉しいですね。

 

あとは、何と言っても、ひとりでも多くの人が映画館に足を運ぶようになってほしいということです。このお店、映画館をやりたいけど、それには座席とスクリーンが必要なので、その“手前”という意味で、映画館のロビーをイメージしているんです。映画館に行く前にちょっと寄ってもいいし、映画を観終わった後にのぞいてもいい。服と一緒にポスターを売っているのも、好きな映画をうちに連れて帰って部屋に飾ってもらって、いつでも映画が視界に入るようになれば、「映画を観に行こう」という気分になってもらえるんじゃないかと。もう二度と、好きな映画館がなくなることがないように――この店がそのために少しでも力になったらいいなと思います。

TRAVIS

🎞️映画と服
🎦1/10(Wed)-1/12(Fri)close✈️
1/13(Sat)13:00-21:00
1/14(Sun)13:00-20:00
3-6-12 Ebisu,Shibuya,Tokyo
🎬2023.3/24OPEN
店名は”PARIS,TEXAS”主人公から
tochiko.base.shop

Writer:写真・文章:黒豆 直樹

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