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Feb. 06, 2024

【てくてくシネマ散歩】懐かしさと新しさが融合する“VHS喫茶”を訪れて
@下北沢 

下北沢駅の南西口から徒歩数分。近年、再開発され、個性的な飲食店やショップが並ぶ「下北線路街」の一角に“VHS喫茶”という聞き慣れないコンセプトを掲げたカフェ「TAN PEN TON」がある。

映画会社「NOTHING NEW」が「ショートフィルムの発信拠点になること」を目的に昨年10月にオープンしたこちらのカフェ。店内には懐かしいブラウン管のテレビが設置され、棚にはショートフィルムがダビングされたVHSテープが並び、カフェを訪れた客はドリンクや食事を楽しみながら、ショートフィルムを鑑賞することができる。

サブスクリプションによる配信サービス全盛の時代――膨大な数のコンテンツを個人がスマホなどのデバイスで直接楽しむことができるいま、なぜ映画会社がわざわざカフェという実店舗を運営するのか? なぜVHSという旧時代の媒体で作品を届けようと考えたのか? 「NOTHING NEW」の代表を務める林健太郎さんとCOOの下條友里さんに話を聞いた。

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――まずはお2人の自己紹介および、この「TAN PEN TON」をオープンすることになった経緯についてお聞きします。

「NOTHING NEW」代表の林健太郎さん(左) 「NOTHING NEW」COOの下條友里さん(右)

林: 「TAN PEN TON」を運営するのは、「NOTHING NEW」という映画会社です。「NOTHING NEW」は新しい世代の作家、クリエイターがどうやったらメジャーシーンや世界の舞台で活躍することができるか? その動線づくりにチャレンジすべく、2022年の4月に設立されました。

もともと、自分は学生時代に自主映画の制作や、海外で小さな映画上映イベントを行い、卒業後は大手の映画会社に就職し、インディーズとメジャーの両方の世界を体験しました。その中で、両方の領域の間に埋まらない溝があることを知ります。何より痛感したのが、インディーズで才能を見出された人がメジャーシーンに行くまでの“橋”の存在がないことでした。その中間部分の溝を埋めるために設立したのが「NOTHING NEW」です。

下條: 私も学生時代は学部は全く関係がないのですが映画にまつわる授業を受けたり、サークルで映像をつくったりしていました。ただ、卒業後は映画とは関係のない業界で働き始め、その後、スタートアップでのキャリアを経て次を考えた時、昔から挑戦してみたいと思っていた映画業界で、これまでの自分のキャリアやスキルを違う形で活かせないかと考えて「NOTHING NEW」に参加しました。

林: 現在のメンバーは、映画業界で実際に働いていた経験があるのは自分のみです。あえて意識した訳ではありませんが、結果として映画業界とは違う視点から新しいことを何か起こせないかと集まったチームというのは、この会社の特徴と言えるかもしれません。

――映画会社ということは、実際に映画の制作をされているということでしょうか?

林: はい。これまで4本のショートフィルムを制作し、2月16日より下北沢K2にて劇場公開されます。

特に同世代やさらに若い世代の作家たちがオリジナル作品を制作したいと考えた時に、そもそも制作に挑戦する環境がなかったり、世に出すルートも限られているなど、構造的な課題が映画業界には存在します。このままでは才能ある作家たちの活動が潰えてしまうと思い、まずは自分たち自身で新鋭作家の方々とショートフィルムを製作・発表する一歩目から始めようと思いました。

会社をつくり、まず一歩目としてショートフィルムに注力するなかで、場を通してできることはないか、構想を始めました。若いクリエイターや監督の抱える課題として、一本目のオリジナル作品を作っても、知ってもらう「場」がないということがあります。いざ製作してもYouTubeなどにアップするくらいで、なかなか広く見てもらえる機会を持てません。新しい作家が作ったショートフィルムをコアな映画ファン以外の人の目にも触れるきっかけを作れたらと思い、「TAN PEN TON」という場所をつくりました。

スタイリッシュなロゴが目を惹く、お昼はカフェ・夜はバーの「TAN PEN TON」

――具体的に「TAN PEN TON」について詳しくお聞きしていきます。VHS鑑賞ができるカフェということですが、コンセプトやこの場を利用しての具体的な活動について教えてください。

下條: “VHS喫茶”という言葉の通り、おいしい飲み物やポップコーンなどを味わいながら、世界中の短編映画を楽しめるというのをコンセプトにしています。

お昼はカフェ、夜はバーとして営業しており、基本的に1ドリンク1フードをオーダーしていただくと、自由にショートフィルムを鑑賞していただけます。昼はドリンクを飲みながらヘッドフォンをして作品を鑑賞するお客様が多いですし、夜はショートフィルムをジュークボックス代わりにして楽しんでいただくこともあります。

ノスタルジックだけではない、新感覚で映画と向き合える

――VHSテープとブラウン管のテレビを使うというのはどういうきっかけで生まれた発想だったのでしょうか?

林: 以前、実家に戻った時、押入れを漁ったら『ベイブ』(1995年)のVHSを見つけ、それが当時の定価で16,000円だったんですね。上の世代の方からしたら、当然なのかもしれませんが、それに衝撃を受けまして…(笑)。その隣にあった『ベイブ』より少し後の時期のジブリ作品のVHSは4,800円でした。

おそらく、当時のVHSテープ自体の価格の移り変わりなどもあるんでしょうけど、時代の流れや当時の映画作品の価値の高さを実感し、新鮮さを感じました。月額で数万作品もの映画を配信で楽しめる現代において、VHSという存在は単なるノスタルジーを超えて、映像の価値を見直すきっかけになるのではないか?と思ったのが、一番の理由です。突然、VHSという物質的な存在や体験と対峙する中で、みなさんが何を感じるのか――問いかけられる場にもなればと思いました。

もう一つの理由は、自分がTSUTAYAなどのレンタル屋でジャケ借りをするのが大好きだったので、そのカルチャーを現代にリブートさせたいからです。ジャケットとタイトルだけで選んで大失敗することもあれば、思わぬジャンルに目覚めることもあったりするんですけど(笑)、いま、配信サービスが自動でレコメンドをしてくれたり、口コミで選ぶのが当たり前になっている中で、そういう偶然の機会は減っている気がします。

「TAN PEN TON」に置いているショートフィルムはパッケージのデザインから全て自分たちで作っているのですが、パッケージのビジュアルやタイトルで直感的に選んでもらい、それが見ていただいた方の大切な一本になるといった体験を提供できないか?という想いを込めています。またその結果、例えば新鋭作家の短編映画のことを初めて知り、鑑賞をきっかけに過去作を深掘りしていく人も出てきたら嬉しいです。

「TAN PEN TON」オリジナルデザインのパッケージ

――いまの子どもたちの世代になると、DVDやブルーレイすらも知らず、TVをつけてリモコンを操作すれば、そのまま配信サービスが見られるわけで、VHSとなるとふた回りくらい前の媒体となりますね。

下條: そうですね。お店に来てくれた高校生が、VHSをセットする様子を見て「テープが飲み込まれた」って表現していました(笑)。まさに林が言ったように、ノスタルジーではなく、新しい楽しみ方を提供できているのかなと思います。

――映画会社を興すというのも簡単な決断ではないですが、さらにカフェというリアルな“場所”を作るということ、その活動を継続していくというのもかなり大変なことだと思います。

林: 自分は、大手商業映画以外の作品にも親しみのある、いわゆる映画ファンと呼ばれる人たちの人口の総量が増えない限りは、どれだけいい作品が増えたとしても文化の広がりには限度があると思っています。そのためには、映画好き以外の人たちにアプローチをしていく必要があります。そう考えた時、下北沢という場所であれば、演劇や音楽、ファッションなど映画に近い文化を深く好んでいる人たちが多く集まるので、そこに“場”をつくることで、次につながるきっかけが生まれるんじゃないかと考えました。

初めは、映画業界の友人や周囲の人から反対されました(苦笑)。VHSもビデオデッキも生産は終了しているので、運営上の課題もありました。

ただ、利便性や効率性がどんどん高まっていく一方で、同時にどんどん上がっていく社会の“速度感”に対して「もうちょっとゆっくり、じっくりと選ばせてくれ」と感じる人、作品を味わいたい、という価値観を抱く人は、今後増えていくんじゃないかと思うんです。その可能性に賭けました。

――VHSが既に生産終了しているという話がありましたが、実際にどのように仕入れているんでしょうか?

下條: いまの時点で世の中に出回っている新品のVHSをかき集めました(笑)。「TAN PEN TON」を始めるにあたって、ソニーさんやケンウッドさんなどVHSを生産していた会社に片っ端から連絡をしてみたんですが、既に工場では生産しておらず、自社にも在庫が残っていないという状態でした。

ただ、いわゆる電気屋さんや家電量販店には在庫が稀にあるんです。個人の自宅で保管されたものだと、どうしても経年劣化してしまうのですが、店舗はきちんと保管されているので品質状態も良く、それらをオンラインで買い集めています。

――値段はいくらくらいになるんでしょうか?

下條: 1本あたりカラーなどにもよりますが500~600円くらいですね。以前、販売されていた当時と比べて安くなっているというわけではなく、むしろ希少価値も上がって高くなっていると思います。

――カフェのメニューについてもご紹介をお願いします。

カフェメニューは映画鑑賞の鉄板 ポップコーン

下條: 飲食経営の経験者が誰もいなかったので、カフェをゼロから立ち上げるのもかなり大変でした(苦笑)。メニューに関しては、飲食経験のある方に監修を務めていただいています。「映画を楽しんでもらう」というコンセプトがあるので、やはりポップコーンは外せないですし、映画を見ながらワンハンドで食べられるものということでパニーニもあります。

――10月にオープンしてここまでやってきて反響や手応えはいかがですか?

下條: 良い意味で予想外だったのが、幅広い年齢の方たちが集まってくださっているということですね。

トラブルは大小つねにありますが、VHSを再生するために設置しているブラウン管テレビやビデオデッキも世の中からほとんどなくなっていて、そうしたハード面でのアナログさには苦しめられています(苦笑)。夏場は暑すぎてブラウン管の画面が変色したりしますし(笑)、VHSを再生するデッキを集めるのにも苦労しています。再生できなくなってしまったら死活問題なので・・・。

――いま、お店ではどういうショートフィルムを提供されているんですか?

林: 現在は、約10作品を置いています。まずは「NOTHING NEW」のメンバーがぜひ見てほしいと思っている作品からキュレーションを始めており、同世代の作家の作品に加えて、「ヨーロッパ企画」の上田誠さんの過去作品など、他では見られないような短編作品も揃えています。

今後は、映画作家の作品は勿論、ミュージックビデオやコント、メディアアートなど、ショートフィルムの形を軸に、ラインナップを拡充したいです。

ヨーロッパ企画、上田誠監督の作品集

――「ヨーロッパ企画」というと演劇のイメージが強いですが、上田誠さんによるショートフィルムがあるんですね

林: 上田さんは実は、かなり多くのショートフィルムを制作されていて、いまでは上田さんの代名詞となっているタイムリープなどのテーマも、初期のショートフィルム作品でしっかり描かれています。4作品を提供いただいていますが、個人的には『タイムマシン』という電卓がタイムスリップするワンシチュエーションの作品が一本目におススメです。

――「NOTHING NEW」製作のオリジナル作品についても詳しくお聞かせください。

林: 「NOTHING NEW」の第1弾作品として、ホラーのショートフィルム4作品を制作しました。『NN4444』というタイトルで、4人の監督が“不条理”や“同調圧力”など現代社会における怖さとは何か? という切り口で描いています。ありがたいことに、そのうちの『VOID』(監督・脚本:岩崎裕介)が第53回ロッテルダム国際映画祭の短編部門(Tiger Competition部門)に選出され、『洗浄』(監督:宮原拓也)という作品はクレルモン=フェラン国際短編映画祭のコンペ部門に選出されています。

岩崎監督は本作が初監督作品でした。こうした結果も含めて、改めて作品を制作する環境、発表する場の大切さを感じていますし、見出されるべき才能はたくさんいるんだなと思います。

――今後、「NOTHING NEW」の活動、および「TAN PEN TON」を通じてどんなことを実現したいですか?

林: 「TAN PEN TON」でいうと、より多くのお客さんに来ていただき、好きになっていただきたいのはもちろんですが、クリエイターや映画関係者の方たちとの出会い・交流の場になっていけたらとも思っています。これまでも、店を訪れていただいたことがきっかけで、ある監督さんと企画開発することになったということがあったので、この場がいろんなきっかけになれば嬉しいです。

「NOTHING NEW」としては昨年1年間、ショートフィルムの制作に注力してきましたが、並行してショートフィルムを“原案”という形で海外に持っていき、長編を共同製作する、その“先”の活動も進行中です。これからも映画製作を軸に、様々楽しく挑戦していきます! NOTHING NEWに興味を持っていただいた方、コラボレーションのアイデアをお持ちの方、どうぞお気軽にDM下さい。

下條: 個人的には、日本の映画業界において、若手がなかなか打席に立つことができない年齢による壁や女性の監督が少ないというジェンダーギャップの問題に対し課題意識を持っているので、会社として、より多くのクリエイターが活躍できる機会を一緒に作っていきたいと思っています。

また、この1年ほど活動してきた中で、やはり国内で閉じず、初めから海外を見据えてクリエイターが活動できる仕組みや企画を考えていくことが大事だと感じているので、2024年はより積極的に挑戦していけたらと思います。

「TAN PEN TON」で作品を観ていただくというのも、そのひとつの手段だと思うので、作品数もより増やして、お店に来ていただくことがクリエイターの応援につながるという環境を整えていきたいです。

TAN PEN TON(タンペントン)

場所:下北沢 BONUS TRACK内(東京都世田谷区代田2-36-13)

営業時間:12:00~23:00

定休日:月曜日

SNS:
X (旧Twitter):@TANPENTON
Instagram:@tanpenton

公式HP:
NOTHING NEW:
https://nothingnew.film/
TAN PEN TON:
https://tanpenton.com/

Writer:写真・文章:黒豆 直樹

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