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Jul. 21, 2021

【シネコヤが薦める映画と本】〔第36回〕『ブータン 山の教室』〜今、自分に問いかけること〜

海水浴客で賑わう江ノ島から電車で一駅。閑静な住宅街に囲まれた鵠沼海岸商店街の一角に佇む「映画と本とパンの店・シネコヤ」。こだわりの映画と本を用意して街の人たちを温かく迎える竹中翔子さんが、オススメの1本と1冊をつづる連載コラム。
今回は、映画『ブータン 山の教室』とエッセイ本『ブータン、これでいいのだ』(御手洗 瑞子 著)から、近代化と社会の変化について考えます。

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思ったよりも都会的な風景に、少し戸惑ってしまった。映画『ブータン 山の教室』冒頭シーンに移る、街並みである。この映画が作られたのは、2019年。“世界一幸福な国”と呼ばれるブータンが、想像以上に諸外国の影響を受け、瞬く間に変化を遂げた姿だった。

現代ブータンの変化を描く1本の映画

(C)2019 ALL RIGHTS RESERVED

(あらすじ)
現代のブータン。教師のウゲン(シェラップ・ドルジ)は、歌手になりオーストラリアに行くことを密かに夢見ている。だがある日、上司から呼び出され、標高4,800メートルの地に位置するルナナの学校に赴任するよう告げられる。一週間以上かけ、険しい山道を登り村に到着したウゲンは、電気も通っていない村で、現代的な暮らしから完全に切り離されたことを痛感する。学校には、黒板もなければノートもない。そんな状況でも、村の人々は新しい先生となる彼を温かく迎えてくれた。ある子どもは、「先生は未来に触れることができるから、将来は先生になることが夢」と口にする。すぐにでもルナナを離れ、街の空気に触れたいと考えていたウゲンだったが、キラキラと輝く子どもたちの瞳、そして荘厳な自然とともにたくましく生きる姿を見て、少しずつ自分のなかの“変化”を感じるようになる…。

私たちは、いったいどこへ向かうのか。この社会が向かう先に、どのような変化を選択しなければならないのか。そんな問いが、映画を観たあとに頭の中をよぎった。

社会がバランスを崩しているのか…

ブータンのことがもっと知りたくなり、『ブータン、これでいいのだ』を読んでみた。ブータンで公務員として働くことになった日本人女性が、ブータンでの1年間を綴るエッセイだ。
日本と発展途上国ブータンの文化の違いに戸惑いながらも、ブータン人の寛容であらゆる事柄を受容する精神を、タイトルの通り「これでいいのだ」と肯定的に捉えられていた。そして、ブータン人の恋愛事情、お金の感覚、そこから経済や国策などを掘り下げて描いている。後半では、著者から見たブータンの社会経済への懸念も示されていた。
ブータンでは、1999年に初のテレビ放映が開始され、インターネットが解禁された。2008年、国民から選ばれた初の首相が誕生し、民主化を加速していった。それに伴い、急激に社会経済が変化を遂げる…著者が滞在した2010年のブータンは、ちょうどその過渡期であったように思う。大きな変化を迎えたブータンでは社会全体がバランスを崩していてもおかしくはない。

(C)2019 ALL RIGHTS RESERVED

それから約10年後、映画『ブータン 山の教室』が描く、都会的な風景と大自然の中の伝統的な暮らしの対比は、そのアンバランスが更に広がっていることを示していた。公式ウェブサイトに記載されている、監督インタビューの一節に、このような言葉があった。

「外の世界を受け入れていくようになると、必死に世界に追いつこうとするあまり、独自性が失われつつあるのではないかと、肌で感じるようになりました。」
「これからを生きる世代がブータンの独自性を忘れないでほしい」

自国を愛するブータン人の、監督の言葉である。
そしてその言葉をそっくりそのまま、私たちの暮らす日本に当てはめてみる。
ほんの数十年前までは、日本もそうだったに違いないのだから。

芝居を超える説得力

(C)2019 ALL RIGHTS RESERVED

標高4,800メートルの地にある、ブータン北部の村《ルナナ》。舞台となったこの村で実際に暮らす子どもたちがキャストに起用された。そこにはお芝居を超え、日に焼けた肌の色、目の奥の力強さが、観るものに訴えかける。美しい山々の代わりに、ビルがそびえ立つ街並みを求める若者の姿に、あらゆる人々を、そして自分を重ねてみる。広大な美しい大自然を余所目に、私たちは何を大切にすべきなのか…。しかし、現代社会を激しく批判するでもなく、都会を夢見る若者を咎めるわけでもなく、この映画は静かに、そして美しく、私たちに問いかけるのだ。

我々はいったい、どこへ向かい、何を選択すべきなのか。
もう一度、自分に問うてみる。

【映画】 『ブータン 山の教室』

監督・脚本 パオ・チョニン・ドルジ
製作年:2019年
製作国:ブータン
上映尺:110分
公式ウェブサイト:https://bhutanclassroom.com/
シネコヤでの上映期間:8月12日(木)〜9月5日(日)

【本】 「ブータン、これでいいのだ」

2012年|新潮社|御手洗 瑞子 (著)
クリーニングに出したセーターの袖は千切れているし、給湯器は壊れてお湯が噴出するし、仕事はまったく思い通りに運ばない。「幸せの国」と言われるブータンだけど、現実には社会問題も山積みです。それでも彼らは、「これでいいのだ」と図太くかまえ、胸を張って笑っている――初代首相フェローとしてブータン政府に勤務した著者が、日本人にも伝えたい彼らの“幸せ力”とは。

「映画とパンの店・シネコヤ」

【営業時間】
9:00〜18:00ごろ
※不定休(公式ウェブサイトにてご確認ください)
※7月26日〜8月11日まで休業
【アクセス】
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6(鵠沼海岸商店街 旧カンダスタジオ)
小田急江ノ島線「鵠沼海岸」駅から徒歩3分くらいです。
【問い合わせ】
TEL:0466-33-5393(代表)
WEB:http://cinekoya.com/

Writer:竹中翔子(たけなか・しょうこ)

株式会社シネコヤ代表取締役
学生時代に映画館のアルバイトスタッフを経験し、映画の魅力にハマる。地元映画館の閉館を受け「もう映画館はダメだ!」と思い、映画だけではない+αの空間づくりを目指し、「シネコヤ」として本格的に活動をはじめる。鵠沼海岸のレンタルスペースで毎月2回、フードや会場演出をこらした映画イベントを主宰。2017年4月鵠沼海岸商店街の一角についに「シネコヤ」をオープン。貸本屋を主体とした「映画と本とパンの店」というコンセプトで新たなスタイルの空間づくりを行っている。

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