映像クリエイターとショートフィルムの繋がりを様々な角度から深掘りする「クリエイターズファル」。
今回ご紹介するのは、BSSTOで配信中の『Gift』の中田雄一郎監督です。

映画祭と連動する、クリエイターのためのプラットフォームLIFE LOG BOX*に作品登録をいただいたことから配信が決定。 作品制作の背景や撮影時のエピソードとともに、クリエイターとしてLIFE LOG BOXをどのように活用できるかをインタビューしました。
*LIFE LOG BOXとは
ショートショート フィムフェスティバル & アジア、そして株式会社ビジュアルボイスが2023年にローンチした、永続的に保存可能なデータストレージや、ポートフォリオの機能を備えたクリエイターのためのプラットフォーム。
新しい仕事やマーケットプレイスでの収益獲得を目指し、コンテンツやクリエイターの価値を最大化するサービス。
LIFE LOG BOXへのエントリーが今回の配信に繋がりましたが、最初にこのプラットフォームを知った時の第一印象をお聞かせください。
短編映画はオンラインなどでも上映の機会が少ないので、このようなプラットフォームで一般のお客様から映画界の方々の目に触れる機会が増えるのは良い機会だと思いました。
作品が「一過性のもの」ではなく、安全に永久保存され、世界中のマーケットと繋がり続ける。この「安心感」と「可能性」は、中田監督の創作活動にどのような変化をもたらすと思いますか?
精神的にも経済的にもよりサステイナブルになり、より創作に集中できるようになっていくかと思います。
「こんな機能があれば、もっとクリエイターの日常が豊かになる」と期待するアイデアがあればぜひ聞かせてください。
プロデューサー、監督、ライターなどが企画を自由にクラウド上にアップし、投資家や応援したい個人のサポーターとマッチングさせて、特に公的助成金の支援が少ない短編の製作の資金サポートし、ファンの形成、新たな企画の実現機会を増やす。なお製作した短編を上映できる物理的な発表の場を増やし、製作者とファン、パトロンを繋げていくようにする。またその場を通じて、分断されている商業とインディー系映画の業界関係者の壁、各グループや個々の組や集団の壁をぶち壊した縦横のつながりと連隊を強めていきたいですね。近年、独立系映画館の閉館が相次ぐ中、このような箱を作ることでコミュニティとしてのローカルなカルチャーサロンのような場から、映画に限らず新しい芸術の場を生み出し、そこから長編化や他の360度展開できる機会にも繋げていけるような機会を生み出せると良いと思います。
本作品を作ろうと思ったきっかけは何でしたか?
世界全体がコロナ禍のパンデミックで各々が分断され閉塞感の充満している中、父の前立腺がん告知から派生した慢性のうつ病と誤嚥性肺炎による長期入院、10年間にわたる100万近くの借金の返済、新たな職場でのプレッシャーや失望感とストレスなど、何度も本気で自殺が頭をよぎるほど強烈なマイナスな感情に私自身が翻弄された非常に辛い年に本作は生まれました。
そんな闇と絶望の渦中でも常に湧き水のように溢れ出す光、辛さを喜びで吹き飛ばすような笑いと共にしたたかに生きる芯の強さのようなものを映画の中で映し出していきたいと考えました。
本作では、故国シリアから着の身着のままで戦火を逃れ、ゼロから新天地の日本で人生を開拓したシリア人難民のヤセルを主人公にし、このパンデミック渦でも、したたかにペダルを漕ぎ続けるUbereatsの配達員として働く姿にスポットライトを当て、彼が宗教も言語も年齢も異なる母子家庭に育つ日本人の少年との交流を通じたドラマを描いていきたいと思いました。
この少年には90年代に両親が共働きで働いていた頃「鍵っ子」として孤独に一人時間を過ごしていた私の小学生の時代の思い出もいくばくか反映されています。毎晩、遅い時間まで働いて離れている両親を思う気持ちや寂しさといった感覚は、あの時期テレワークをしている際、常に一人だけで仕事をしていた感覚ともどこか重なりましたし、その時感じた人恋しさ、大事な人と繋がりたいという強い思いは、時代が変われども万国共通の思いであると思います。
本作ではそのような人が人を思う際に大事な要素である「共感」をキーとして、その分断をつなぎとめ人と人を結びつける絆への軌跡を描くことでコロナ禍に生きる私達への生きるヒントになるようなものも提示していきたいと思いました。映画を見て、あの長く終わりの見えないコロナ禍の中で、少しでも笑いと希望の灯火をお客さんの心に灯していければと思います。
本作はコロナ禍を背景に、元難民の青年と日本の少年という「孤独」を抱えた二人の出会いを描いています。パンデミックという特殊な状況下で生まれた本作ですが、制限がなくなった現在の視点から改めて振り返り、監督がこの物語を通じて今を生きる私たちに伝えたい「普遍的なメッセージ」とは?
コロナ禍ではブラックライブズマターや、ロシアのウクライナ侵攻、トランプ政権による分断や移民排斥、右傾化する欧州など、これまで水面下にあった問題が一気に浮上してきた期間でした。経済活動が制限されたことで唯一、温暖化は抑止され環境にはプラスにはなりましたが、コロナ後は再び温暖化は加速しました。また、イスラエルによるガザ侵攻、イラン戦争、日本においても移民排斥を促進する政策や平和憲法を掲げていた国が武器輸出を認可し核武装に関しても改憲の方向に向かっているという面では、当時よりも問題がより深刻になり世界はより分断と対立そして混迷の未来へと向かっていると思います。2020年代初頭、コロナ禍で、本作を通じて最も伝えたかったのは、「希望」そして人と人との繋がりそして人間の良心的な側面であったかと思います。明日という日は生きている限り誰にも平等に訪れます。だからこそ、今も変わらず続いている戦争や貧困、差別といった負の連鎖が渦巻く現代においても、どんな個人的な逆境や社会的な不条理にあって、かつてのような「希望」や「夢」を持てなくとも、今という不可逆なこの一瞬の時を、ただ懸命に生き続けるということかと思います。
今年はワールドカップイヤーで、街中がサッカーの話題で持ちきりですね!アメリカやドイツなど、サッカーが生活に根付いた国々で過ごされた監督にとって、ワールドカップのように「国を挙げて熱狂する光景」はどのように映っていますか?
また、そうした大きな熱狂と、本作で描かれた「隣にいる誰かとボールを蹴る」という小さな、けれど確かな繋がりには、共通する魅力があると思われますか?
僕はプロサッカー選手でないので、偉そうなことは言えないですが、サッカーに限らずスポーツは音楽のように簡単に国境を超えます。ワールドカップやオリンピックなどの大きな大会では、確かに組織は政治的で選手も国の代表としてプレーすることはありますが、試合においては個と個の切磋琢磨だと思います。そこには純粋な勝ち負けがあり、目標に対してどれだけ頑張ったかが良くも悪くも反映もされますし、努力と才能が常にせめぎ合う世界です。アメリカ留学中は、勉強の合間にサッカーもしましたが、いつもいろんな国籍の人がいてボールを持てばそこにあるのは、年齢も国籍も言葉も性別も関係なく、素直な人と人とのせめぎ合い、そして連携があるのが魅力ではないかと思います。
劇中で、言葉や境遇の壁を越えるスイッチとしてサッカーが使われていますが、数あるスポーツの中で「サッカーでなければならなかった理由」は何でしょうか。
特に「ボール一つあれば、名乗らなくても仲良くなれる」というサッカー独特の空気感を映像にする際、監督がこだわった演出や、特に大切にしたカットがあれば教えてください。
絶対的な理由というのはありませんが、主役のヤセルがプロのサッカー選手であったこともあり、取り入れてみました。演出では、子役の衣装や部屋の内装で本田選手の写真やサッカーのカードを部屋一面に散らかしていたり、サッカーをしている絵なども子役の瑛多君に描いてもらうなどして準備しました。あとは、ボールも見えないですが、ラモス選手のサイン入りの公式のボールを使用していたかと思います。撮影中、ヤセルのボールで練習している間に蹴る力がプロのためか強すぎて、途中爆発して、予備のボールもなく、割れてない面だけで撮影できるとこだけして、その後、日を改めて別の公園で撮影するなどハプニングもありましたが(笑)
元難民の青年と少年という、リアリティが求められるキャスティングだったかと思います。撮影現場で二人の「家族のような絆」を育むために、中田監督が工夫されたことや、俳優陣とのコミュニケーションで特に印象に残っているエピソードはありますか。
一つは各役ごとにそれぞれの家族関係や裏設定的な背景を伝えるノートを用意し、読んでもらったことです。ヤセルさんに関しても本人役ではありますが、当時続いていたシリア内戦でのことや来日したばかりの苦しい時期を思い起こしてもらったりし、その後読み合わせをオンラインでリハーサルを現場で何度もやりました。またヤセルさんにとっては日本語の演技は初めてだったので、助監督にセリフを音声で吹き込んだファイルを聞かせて、日本語としての言葉のニュアンスを絡めたイントネーションや息づかいや間合いなども意識して演技してもらうようにしました。

カリフォルニアやドイツで物理学を修め、国立天文台勤務を経て映像の道へ進まれたという非常にユニークな経歴をお持ちです。一見、対極にある「科学」と「物語(映画)」ですが、物理学的な視点や論理的な思考が、ご自身の監督としてのスタイルや作品づくりにどのような影響を与えていると感じますか。
確かに自分は理系出身ではあるので理屈っぽさはあるかもしれませんが、途中でキャリアを投げ出してもいるので肩書きのような能力はそんなにないのかなとも感じてもいます。生かされているとこと言えば、長編などの企画書を書くときに、いかに現実の世界から本質を抉り出し、フィルターを通して相手に届けるところかとは思います。やや気取った言い方をすれば、科学は自然が生み出した物語であり、宗教は神が生み出した物語であり、映画は人間とカメラ(今後はAIも確実に)との共同作業が生み出す物語と言えるのではないでしょうか?
世界70カ国以上で上映された『Goodbye my son』や本作『Gift』など、短編映画で高く評価されています。限られた時間の中で感情の機微を描き切るショートフィルムという形式の難しさと、監督が感じている一番の醍醐味を教えてください。
短編は気軽に撮影できますし、予算面でも実験的なこともトライできるのでそこは大きなプラスですね。また監督や脚本家にとってはプロデューサーや投資家への名刺がわりにもなります。しかし、題材やフォーマット次第では、0円で撮影可能な短編もあるとはいえ、数百万から数千万以上かかるものも普通にありますし、完成した後長編のように上映する場所は昔よりは増えましたが、未だ限定されており、ライブでは映画祭がメインなので、資金面のリクープは長編と比べ大きければ大きいほど難しくなります。もちろん配信でこのように機会を提供させていただけるのは大変素晴らしいですし、ショートドラマも一過性かもしれませんが、近年盛り上がっているのでショートフィルムも同様に盛り上がって欲しいと思います。やはり目に触れる機会が増えれば、アーティストにもチャンスが回ってくる機会も増えるので。映画史を振り返れば、映画は短編から始まっています。1859年にフランスで映画の父とも言われるリュミエール兄弟が監督した『水をかけられた散水夫』(原題:L’Arroseur Arrosé)という映画は、わずか40秒のコメディーですが、この映像を見て笑っていた当時の観客と現代のSNSで流れてくる数秒の映像を見て笑う観客は、プラットフォームが変われども映し出される映像と観客の関係性にどこか普遍的なものがあるのではないでしょうか?そこに短編の本質もあるのかもしれません。
釜山映画学校での学びや国際的な活動を経て、今後どのようなテーマやジャンルに挑戦したいとお考えでしょうか。もしよろしければ、愛猫たちとの生活が創作のインスピレーション(あるいは癒やし)になっているかといった、パーソナルな一面も併せてお聞かせください。
今、進めている企画は「最後の夏への扉」というファンタジー長編です。本作は、天文学者の娘が祖母の死を機にPTSD症状のある若きシリア人物理学者のノアと偶然出会い、幻想夜行列車に乗り、亡き祖母そしてシリアの戦友の形見から、記憶の奥底に眠る大事な思い出を取り戻すという話です。現在、脚本の初稿を仕上げ、製作パートナーを募集しています。猫たちは、私がボランティアでやっていた保護猫活動の一環で自ら保護した2匹でもう10年以上一緒です。彼女たちは、創作のアイデアを作者の側でねころびながら常時発信してくれています。長編に出てくるシュレディンガーという名の猫もその化身とも言えるでしょう。そのほかAIとホログラフィを使ったカラクリ時代劇や書道教室と認知症を扱った作品。また靴型職人と在日韓国人の仕立て屋を東西ドイツ時代と現代を舞台にした長編企画なども現在構想中です。その他にも、戦後の引揚者と現代に生きる日韓の老人と若者を描いた短編の企画も今年の秋に撮影できるよう現在並行して動かしおります。いずれの企画もプロデューサーから製作パートナーも含め協力パートナーを絶賛募集中ですので、気になる方はぜひご連絡ください。
Writer:BSSTO編集部
「暮らしにシネマチックなひと時を」
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「ブリリア ショートショートシアター オンライン」は、毎日を忙しく生きる社会人の皆さんに、映画のあるライフスタイルをお届けします。
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