映像クリエイターとショートフィルムの繋がりを様々な角度から深掘りする「クリエイターズファイル」。
今回ご紹介するのは、スーパー銭湯の清掃員が当たり前の景色を保つために奮闘する映画『もう一度生まれる』の堀川湧気監督です。映画祭での受賞を経て、3月25日より全国で劇場公開を控える注目の若手監督にお話を伺いました。
堀川湧気監督
『もう一度生まれる』
■監督・脚本・編集・プロデューサー
堀川湧気
■キャスト
斉藤天鼓/笠松七海/入江崇史/伊澤恵美子/沖田裕樹/小山蓮
【あらすじ】
スーパー銭湯の新人清掃員として働く市川亮太(20)は仕事を通し、“当たり前の景色を保つこと“の難しさを知っていく。髪の毛1本でも気にする仕事の姿勢や、心臓部でもある「ろ過装置」の存在を知ることによって、清掃業の世界にのめり込んでいく。次第に、スーパー銭湯を物として捉えるのではなく、生き物であると捉えるようになる。そんな中、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、スーパー銭湯は休業を余儀なくされる。休業の間、清掃作業からも遠ざかり、客を迎え入れていた“当たり前の景色“は失われていった。休業期間が長引く中、店長から1通のメールが届く。それは営業再開に踏み切ることなく、スーパー銭湯の閉店を知らせるものであった。メールを通し、閉店を知った亮太は、大きな喪失感を露わにしていく。清掃員たちは各々の形で、スーパー銭湯の最期に向き合うことになる。休業期間の浴場施設に足を踏み入れた亮太は、黒カビが生えた浴室を見て、「休業中もこの空間は生きていた」と改めて実感する。閉店を前に、亮太と清掃員たちの最期の清掃作業がはじまっていく…。
自分は日本大学芸術学部映画学科で、映画やドキュメンタリーの制作について学んだのですが、大学1年生に課題で制作したのが初めてでした。高2の時に大学選びでかなり悩みまして、その時にたまたま、『桐島、部活やめるってよ』という映画を鑑賞して、大きな衝撃を受けたんですよね。それぞれ立場が違う高校生の視点で、葛藤が描かれる映画なんですが、ちょうど自分もそういう時期だったので、「映画って、ここまで人間の感情をリアルに描けるものなんだ」と思いました。映像制作に大きな可能性を感じ、死にものぐるいで勉強して、何とか日芸に合格することができました(笑)。ただ、映像の知識も皆無で、映画もそこから見るようになったので、最初に作った課題作品はかなり酷い出来だったと思います。内容も言えないくらいの、、、(笑)。
大学卒業後は、フジテレビの報道番組「Live News α」で働き、今はディレクターとして活動しています。
報道の世界では、その日起きた出来事や流行の裏側を取材することが多かったので、社会に対する意識が一気に強くなりました。その中でも、特に強く意識したのは、〈新型コロナの感染拡大〉ですね。コロナ禍がきっかけで、例えば、飲食店は営業を続けたいのに国からNGが出る。しかし、充分な支援は出ない、、、といった、矛盾している出来事がこの社会にはたくさんあるのだと何となく気付き始めました。今でこそ、コロナ禍前の日常に戻りつつありますが、街中から人が消え、静まり返る景色というのは強く印象に残っています。
社会も、私たちも、多くの矛盾を抱えているからこそ、カメラを通して、普段、目に見えない景色の裏側や、そこに掛ける人々の思いをしっかり切り取れる監督に、映像ディレクターになりたいなと。アフターコロナでまた、社会の形は変化していきますが、そういった変化に常に敏感でありたいなと思っています。
フジテレビ報道番組「Live News α」ディレクターの堀川湧気監督
報道の現場での経験は、非常に大きいです。映画を作る上で、大学時代に先生から言われた課題というのは、「自分の想像の範囲で映画の登場人物や環境を描いている」という事でした。つまり、自分の固定概念で登場人物を描いているため、その人物にリアリティーが欠けることが多々ありました。今思うと、致命的な欠点です(笑)。言わせたい事を登場人物に言わせ、行動にも深みが出ない、、、その致命的な欠点は、自分自身が他者や環境を観察する力が圧倒的に足りないという事を象徴していました。要するに、浅はかな人間だったという事です。ですが、報道の現場を通し、普段なら接点を持たない方々との出会いや、知らない知識との出会いがどんどん増えていったんです。大学生の時は、興味のあるものしか視野が行き届かない傾向がありましたが、この仕事をしていると、自分の知識だけでは相手の良さを引き出す事は出来ません。報道番組のディレクターは、取材対象者の思いと、視聴者が感じる印象、2つの視点を踏まえた上でディレクションしないといけません。そうしないと、作品の世界観がどんどん独りよがりのものになってしまい、共感を生み出せない内容になってしまいます。色々な視点から、「なぜ?」を追求するようになり、リサーチ力や観察力を鍛えることで結果的に、映画制作の能力向上にも結び付いていきました。リサーチ・観察力を鍛える事=リアルな人物や環境を描く事に繋がっていたのです。視野がどんどん広がり、「自分ならどうする?」から、「この人ならどうする?」という思考の変化は大きな成長であると感じています。まだまだ力不足な自分ですが、報道の現場でこれからも多くの人々や知識に触れていきたいです。
『もう一度生まれる』はコロナ禍で閉店してしまうスーパー銭湯が舞台になっています。コロナ禍初期に撮影した作品で、この時期に撮影するからにはやはり無視できない社会性だったんですよね。シャッターを下ろし、営業再開に至らないまま、閉店してしまう店を見る機会が非常に多くなり、、、そこにあるはずの葛藤や、感謝を伝える機会が奪われてしまっている感覚が強くありました。だからこそ、見えない部分にしっかりとカメラを向け、1人でも多くの人にその現実を見て欲しいという感情が芽生え、『もう一度生まれる』の制作に乗り出しました。
スーパー銭湯を舞台にした理由は、建物としての役割が大きな決め手となりました。本来ならば、人々の心と体の健康を守る場所が、コロナ禍で役割を果たせなくなる事で、様変わりした日常をより主張できると考えたからです。
『もう一度生まれる』より
時代性を素早く切り取るという意味で、中編・短編の方が向いているという考えがありました。
現在、新型コロナ感染拡大が徐々に落ち着いてきています。長編になると、撮影・編集期間がもちろん長くなるので、上映される時には、また違う時代背景になると考え、「もう一度生まれる」は38分という尺になりました。ちなみに、この作品は2021年4月〜5月に掛けて撮影され、編集を6月〜9月で行い、10月には映画祭に入選、出品をしています。
時代性を素早く反映させた点や、閉店する店のスタッフの感情を繊細に表現した点が決め手となり、「京都国際映画祭」や「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」などで有難い事に高い評価を受けました。
ショートフィルムにおいては、時間・予算の削減、そして、自分のやりたい事に関しても即座に応用しやすい部分が1つの魅力かなと思います。長編だと、中々コスト面を考え、新しい映像表現やアイデアを反映させる事に勇気がいりますが、ショートフィルムは早く形になる分、観客の反応もすぐに見れるので、色々とトライがしやすいものだと思います。コロナ禍の世界観を素早く切り取ったように、どんどんアップデートが繰り返される社会の中で貴重な存在ですね。また、映像の知識が皆無であった自分もショートフィルムの撮影を積み重ねる事で新たな気付きや、技術を高めたので、初心者の入り口としても最適なものだと感じています。
『もう一度生まれる』は、スーパー銭湯という空間がまるで生きているような演出を施しています。いわば、空間が主人公の映画です。そのため、お湯が出る音や、ろ過装置の稼動音、清掃員達が発する清掃音を繊細に聞き取れるような仕掛けを作るのが大変でした。人間は言葉や表情を切り取ることで感情の変化を描けますが、それを建物に置き換えた時に、どうすれば、この空間が息をしているように見えるか、泣いているように見えるか、生き返ったように見えるかで、音探しは試行錯誤を繰り返しながら、脚本を完成させました。
『もう一度生まれる』撮影風景
この作品では、客だけではなく、スーパー銭湯の裏側を支える清掃員が登場します。客が普段から見ている〈当たり前の景色〉を保つため、清掃員達が働く姿や、彼らならではのこだわり、価値観が描かれているのが特徴です。清掃という仕事は一見、地味な印象を受けるかもしれません。ただ、それは大きな間違いで、閉店後の深夜から早朝の限られた時間内で大きな施設を全て綺麗にするため、常に時間との戦いなんです。また、汚れやゴミを見落とさないように様々な体勢で清掃もするので、体への負担も大きいです。コロナ禍になり、〈当たり前の景色〉を保つハードルも上がる中、普段、目に見えないところで戦う清掃員という存在や、当たり前のように施設が利用できる幸せを発信していきたいです。
自分がそうだったように、映像を通して、新しい気付きや生きる希望が少しでも見出せるような、そんな映画を作り続けていきたいです。最終的には、ショートフィルムで培った経験を活かし、自分でも胸を張れるような長編映画を撮影することが今の大きな目標です。スマホ・一眼レフなどが普及し、誰でも映像が撮れる時代になったからこそ、オリジナルの企画にもこだわっていきたいです。
『もう一度生まれる』予告編
堀川 湧気(ほりかわ ゆうき)
⽇本⼤学藝術学部映画学科で、映画やドキュメンタリーの制作について学ぶ。
卒業後は、テレビ業界に進み、フジテレビの報道番組「Live News α」の制作に携わる。
現在はディレクターとして、現場への取材、原稿執筆、編集までを主に担当する。
学⽣時代、監督作品が NHK E テレ「岩井俊⼆の Movie ラボ シーズン2」にノミネートされ、テレビ出演を果たす。出演時には、岩井俊⼆監督とゲストの堤幸彦監督に作品についての講評を頂く。
また、監督を務めた卒業制作が優秀作品に贈呈される「⽇藝 特別賞」を受賞。
2021年、監督・脚本・編集・プロデュースを務めた映画「もう⼀度⽣まれる」が京都国際映画祭にノミネート。ノミネートを通じて、優秀作品に贈呈される「優秀賞」も受賞する。
2022年には、「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」にもノミネート。
映画と報道制作、あらゆる映像ジャンルで活動の場を増やしている。
Writer:BSSTO編集部
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