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INTERVIEW
Mar. 26, 2019

【FRONT RUNNER】八ヶ岳山麓で35年続く野外映画祭の魅力とは?
~「星空の映画祭」実行委員長・武川寛幸さん~(後編)

本州の真ん中、八ヶ岳山麓に位置する長野県原村は、1970年代から別荘地として開発が進んだ高原の村だ。その原村の八ヶ岳自然文化園を舞台に、毎年夏休みの時期に約3週間にわたって開催されているのが「星空の映画祭」だ。

地元の有志の手で開催されてきた映画祭は4年間の中断を経て2010年に復活。80歳を超える映写技師・柏原昭信さんを実行委員長の武川寛幸さんらが支えて運営している。普段は都内の映画館に勤務する武川さん。映画館を取り巻く状況への問題意識や、映画への愛情は人一倍強い。後半の今回は、武川さんに「星空の映画祭」が大切にしていることを聞いた。

インタビュー前編はこちら

「星空の映画祭」の開催風景 ©星空の映画祭実行委員会

復活を夢見る有志が集まって再開した「星空の映画祭」

2010年の再開第1回目はどういう方々で運営したんですか?

武川
ミクシィで呼びかけをして。

わぁ、ミクシィ懐かしいですね。

武川
地元の人ですよね。会社員とか山岳ガイド、レーシングドライバー、ミュージシャン、警備員、陶芸家、農家、バックパッカー、グラフィックデザイナーとか。10名くらい集まってくれて。ほとんどがもともと映画祭に足を運んでいた人たち。世代は20代から60代くらい。割と幅広い人たちが集まって、復活を夢見る会みたいな形でスタートしました。

映写は柏原さんが続けられたんですね。

武川
もちろん。なので枠組みとしては、柏原さんの企画を我々がボランティアとしてバックアップする。会場は八ヶ岳自然文化園をお借りするという。茅野新星劇場さんの興行のお手伝いをしているという形でした。

昔とまるっきり入れ替わったというよりも、まだ柏原さんも残っていて、支える人たちが加わっているという感じなんですね。その体制で2010年からスタートして、2018年まで同じ形で続いていらっしゃるんですか?

武川
そうですね。

2018年開催時のポスター

開催期間が約3週間と長いところも特徴かと思うのですが、その点はどういうお考えなんですか?

武川
昔は2カ月くらいやっていたんですよ(笑)。当然ですけれど暗くならないと映写できないので1日1回しか上映できない。だから日数で幅を持たせるっていうことがひとつ。それから、夏休み期間中にやっていたので、夏休みの観光宿泊客誘致という側面もありました。

泊まって観られていく方も多いんですか?

武川
多いですね。原村には八ヶ岳ペンションビレッジっていうのがあって、宿泊施設が非常に多いんです。バブルの頃にペンションブームっていうのがあったんですよね。それと映画祭がうまくマッチして、夏の間は小さな産業を築いていたんです。

そうしたら来られる方はファミリー層が多いのでしょうか?

武川
客層は本当に幅広いですね。地元の人もいるし、北は北海道から、南は沖縄までたくさんの方が来ます。子どもからおじいちゃんおばあちゃんまでいます。

武川寛幸さん

映画に多数決は向いていない


上映作品の選定というところだと、先ほどやっぱり場所とマッチしているものを、とお話されていましたが、そうした観点で選んでいらっしゃるのでしょうか?

武川
そうですね。かつて自分があの場所で体験した、ロマンとダイナミズムとでもいいましょうか。「観るだけじゃなくて体験する」、そういう感動を与えてくれる映画を上映したい。あとは、ファミリー向けのものだけじゃなくて幅を広げたいなと思ったので、娯楽映画だけでなくマニアックな映画ファンも楽しめるような作品を選んでいます。

そのように思ったきっかけは?

武川
娯楽映画だけだと一時的に盛り上がっても衰退するので、コアに応援してくれるファンを作らなきゃ持続性がないなと思ったんですよね。夏休みに娯楽映画を観に来る層って、ワーッと来てワーッと去っていく人たちだと思うので、そうじゃなくてずっと応援してくれる人。そこでどういう作品をやったらいいかなということを考えると、おのずとアメリカ以外の映画とか、ヨーロッパの映画をやってみるとか、劇映画だけじゃなくてドキュメンタリーをやってみるとかそういう発想が生まれました。

昨年(2018年)も、フィンランドのアキ・カウリスマキ監督の映画を上映していらっしゃいましたよね。

武川
はい。アキ・カウリスマキがねえ・・・お客さんが入らなかったんですよ、本当に。ニコラス・ローグの『地球に落ちて来た男』も入らなかったんですよね。悔しい。

武川さんとしては愛がある作品?

武川
僕としてはもう、そこがポイントだと思ってますので。実行委員会のメンバーとも意見を交わすんですけれど、「偏りすぎていて誰も来ない」と言われて、「いや、これはやるのだ」みたいな(笑)
僕はアンケートって好きじゃなくて、「何が観たいですか?」って幅広く聞いても、本当に横に広がるだけなんですよ。みんな思い思いの映画を言って。だから「2票入ったのが決定」みたいになっちゃうんですよね。

多数決には向いていない。

武川
そう。それよりは、何か強い意志を持った人が「これこそ観られるべきなのである」って言って決まる方が好きですね。

アキ・カウリスマキ『希望のかなた』 (C)SPUTNIC OY, 2017

野外で観る、偶然がもたらす幻想的な映画体験とは?

場所とマッチしたというところで、「この作品はよかったな」と手ごたえを感じた作品はありますか?

武川
ヴェルナー・ヘルツォーク監督の『世界最古の洞窟壁画 忘れられた夢の記憶』。

どういう映画なんですか?

武川
フランスでこれまで発見されていたものよりはるかに古い洞窟が発見されて、そこに入っていったら三万二千年前に描かれた膨大な数の壁画があったと。そこに初めてカメラが入ってリサーチをしていくっていうドキュメンタリー映画なんです。

旧石器時代っていうことですよね。それが自然の中で観ると違って観えると。

武川
例えば馬の横顔を何頭も重ねて描いた壁画があるんですよ。一頭なのか、複数の馬を描いたのかが謎めいていて。洞窟だから当然真っ暗じゃないですか、だから松明を焚いて入るわけですよ。すると松明をゆらゆら動かすと何頭も描かれている馬の顔が動いているように見える。これこそアニメーション、あるいは映画のもともとのスタート地点。錯覚で動いているように見える、光を使って絵が動いているように見えるってまるで映画の原理ではないかこれはっていう場面があって。

面白いですね。自分が探検しているような気分になるんですか?

武川
そうですね、はるか三万二千年も前の思いを乗せて今自分がこうやって映画を眺めている体験を、三万二千年前の誰かさんも同じようにやっていたんじゃないかっていう、時空を飛び越えるシンクロみたいな神秘体験ができたんじゃないかと思います。

なるほど、いいですね。

武川
霧も出たんですよ。野外上映の天敵は霧なんですよね。雨はなんとかなる、雷も近くに落ちなければ、停電しなければなんとかなるんですけれど、霧が出ちゃうと、光が霧に当たって散ってしまうんですよね。スクリーンに映らなくなる。
だから霧が出ると中止せざるを得ないんですけれど、まあなんともこの神秘的な映画を上映している時に、もやもやと霧が立ち込めてきて、より一層幻想的な空間が生まれたっていう。

天敵がむしろ良い効果になったんですね。

続けるには数字が必要。しかし、数字を求めると保守化してしまう。

次に、武川さんご本人についてのお話を伺います。映画館で長く勤務されてきたそうですが、そもそも映画関連の仕事をするようになったのはどうしてなんでしょう?

武川
映画が好きだったのに加えて、「星空の映画祭」で映画を観るだけじゃなくて体感するみたいなことも知って、より映画の楽しみ方を見つけたいという想いがあって、2001年に映画館の仕事に就きました。

吉祥寺バウスシアターと言えば「爆音映画祭」ですが、そのあたりにも関わっていらっしゃった?

武川
もちろん。立ち上げからずっとやっていました。

企画で勝負というところが今につながっているということですか?

武川
やり方とか観方をちょっと変えればうまくいくこともあるっていうことはバウスで学びましたね。

現在も都内の映画館で勤務されていますが、「星空の映画祭」の現場はほかの人に任せているのでしょうか?

武川
そうです。それができているのは地元に組織づくりができたということでしょうね。ひとりひとりそれぞれ才能を持ったスタッフが集まってくれました。

武川さんのライフワークっていうとどのようなものになるんでしょうか?映画にずっと関わり続けていて、すごくまとめてしまうと「人生をかけてやりたいこと」と言ったらいいんですかね。好きな映画をいろんな人に観てほしいとか。地元を盛り上げたいとか。

武川
難しいですね。結果的に地元を盛り上げるとかそういう話もあるんですけれど、それは全部結果論で。観客目線っていうところがあるかもしれないですね。自分が観たいから続けるっていう。でも、それは結構大事かもしれないですよね。
復活して10年やると数字の話になってくるんですよね、お金と数字の話になってきて、どんどん保守的な傾向になってくるんです。復活したころに比べると初期衝動というか、ゴツゴツしたものというかが失われている。保守的になればなるほど映画の幅、多様性がなくなっていくと思います。

昔の方が自由だったと感じると。数字の話っていうのは、何千人動員したみたいなところですか?

武川
そうです。八ヶ岳自然文化園も最初はトライアルだったんで、いわゆる場所代ということとかは免除してくれたんですけれど、軌道に乗ってからは会場費とかお支払するようになって。あとは、配給会社さんにお支払する額も上がってますし、出ていくお金はどんどん増えていく。だから自分たちでその予算を探してとか。

スタッフの皆さんは手弁当で?

武川
そうです。本当に大変だと思います。だけどみんな映画が好きだから集まってきてくれるんですけれどね。

続けるためには数字を意識しなければならないということですよね。

武川
そうなんですけれど、あんまり意識しすぎると魅力が薄れることは間違いないので、アンバランスさというか、さっき言った洞窟壁画の映画のような作品がぽこっとそこにあるとか、そういう無茶なことが続けられるようにしていきたいです。

映画イベントをやっているけれど、実は罪深さも感じるんです

最後の質問になりますが、「星空の映画祭」で今後挑戦していきたいことはどんなことでしょうか?

武川
復活からもう10年がたつので、そろそろ次の実行委員長を探そうと思っています。なので、書いてください「実行委員長募集!」って(笑)

どんな人に担ってほしいってありますか?

武川
映画が好きなら誰でもなれると思います。

「昔行きました」っていう人じゃなくても?

武川
まあ、あのー1回くらいは来てほしい(笑)。

まず2019年開催に来てくださいということなんですかね。まだ季節的に先の話かもしれませんが。

武川
準備はもう始まっています。年明けがキックオフで、スタッフ募集がそろそろはじまるのかな。あとは、「星空の映画祭」は基本的に名画座で新作はできないので、すでに興行が終わった映画から選んでいくことになります。そうすると例えば2月とか3月とか春にかけて公開される作品の中から選ぶことが多くなったりするので、今は選定の季節ですね。

スタッフになると作品選定にも関われる?

武川
もちろん。ただ私がダメって言って結構もめたりしますよね(笑)。どうしてもこれがやりたいんだっていう気持ちは分かるんだけど、総合的に判断してやめようってなるとか。ハリウッド以外の映画でも人気のある映画ってあって、いろんなところで上映される映画ってあるんですよ。だいたい型が決まっていて、そういうのをやりたいって言われるとそれは役目じゃないなと思うから、やる必要はないって言いますね。

他と重ならないように?

武川
そうですね。例えば『バーフバリ』がすごくヒットしたじゃないですか、応援上映とかで。「星空の映画祭」でも去年やったんですよ。でもまったくお客さんが来なかった。他の人たちが頑張って盛り上げて成功したものを、あとからとってつけたようにはめてもうまくいかないんだなっていうことを痛感しましたね。わーって盛り上がってると、ついつい手を伸ばしたくなっちゃうんですけれど。

分かる話です。

武川
やっぱり「星空の映画祭」で観たい映画ってなんだろうなあ、「体感できる映画」ってなんだろうなあって考えつつ、他の映画祭はやってないもの。そんなことを考えながらやっていますね。

他にビジョンはありますか?

武川
ビジョンというか課題なんですが、これは言っておかなければいけないと思うのは、「イベントだけでなく映画館に行ってもらいたい」ということです。茅野新星劇場さんって結局2013年10月に閉館してしまったんですよ。「星空の映画祭」という非日常的な空間で映画の面白さをまずは知ってもらって、その先ですよね。「日常戻った時に映画館で映画観てね」っていうのが本当の願いなんだけれど、うまくいってない。これでいいのだろうかって、時々罪深さを感じています。答えはまだないのですが、イベントで終わらない、日常的に映画を観るライフスタイルを作っていかなければならないと思っています。

取材:大竹 悠介
撮影:吉田 耕一郎

武川 寛幸(むかわ・ひろゆき)

「星空の映画祭」実行委員長。長野県岡谷市出身。2001年から14年の閉館まで「吉祥寺バウスシアター」に勤務。番組編成や宣伝業務を務めた。共著として『あたらしい「路上」のつくり方』(DU BOOKS)がある。現在は都内映画館に勤務。

Writer:大竹 悠介(おおたけ・ゆうすけ)

「ブリリア ショートショートシアター オンライン」編集長。大学院でジャーナリズムを専攻した後、広告代理店勤務を経て現職。「映画体験の現代的な価値」をテーマに全国の取り組みを継続取材中。ショートショートではWEBマネージャーやクリエイターコミュニティの運営を兼務。
Twitter:@otake_works

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