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COLUMN
Jul. 15, 2020

【シネコヤが薦める映画と本】〔第24回〕“コミュニティ”を作りたい
と初めて思った
~『うたのはじまり』から生まれたもの~

海水浴客で賑わう江ノ島から電車で一駅。閑静な住宅街に囲まれた鵠沼海岸商店街の一角に佇む「映画と本とパンの店・シネコヤ」。こだわりの映画と本を用意して街の人たちを温かく迎える竹中翔子さんが、オススメの1本と1冊をつづる連載コラム。
新型コロナウィルス流行の影響で休業していたシネコヤ。営業再開後1本目のコラムとなる今回は、写真家・齋藤陽道さんの写真集「夢見る風」と、斎藤さんを記録したドキュメンタリー『うたのはじまり』、そして舞台挨拶で感じた「表現」「コミュニケーション」「コミュニティ」について。

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彼の名前をはじめて聞いたのは、昨年の11月のこと。神奈川県藤沢市にある福祉施設「湘南希望の郷」で行われた写真展「夢見る風」で展示された作品の、写真集を知人に見せてもらったときだ。
福祉施設の人々と風景が、1ページに2枚、対にして並べられていた。人の笑顔と虹の絵、こちらをジッと見つめるおじいさんと子どもの影、まるで関係のないもののようで、どこか相関性があり、似ているものでもあれば、対象的なものでもある…なんとも面白い組み合わせで、その一つ一つの写真から、ファインダーを覗く写真家の優しい好奇心が伝わってきた。‬

写真家の名前は、齋藤陽道(さいとう・はるみち)さん。

約半年後、会う機会ができるなんて、夢にも思っていなかった。

映画『うたのはじまり 絵字幕版』がシネコヤにやってくる

齋藤陽道さんは生まれつきの感音性難聴。彼の妻である盛山麻奈美(もりやま・まなみ)さんも“ろう”の写真家だ。その二人のもとへ生まれてきた赤ちゃんは、“聴者”だった。出産そして子どもの成長を経験する夫妻を追ったドキュメンタリー映画『うたのはじまり』が今年2月公開された。

【あらすじ】
20歳で補聴器を捨てカメラを持ち、「聞く」ことよりも「見る」ことを選んだ。彼にとっての写真は、自分の疑問と向き合う為の表現手段でもある。幼少期より対話の難しさや音楽教育への疑問にぶち当たり、「うた」を嫌いになってしまった彼が、自分の口からふとこぼれた子守歌をきっかけに、ある変化が訪れる…。

昨年の写真集との出会いから、一筋の光のような縁を感じ、「これはシネコヤでやりたい!」と、写真集を送ってもらった福祉施設のサワノさんとフジタさんを巻き込み、この映画の上映期間に何かできないかと模索していた。関連書籍の販売や、昨年の写真展の取材記事…それ以外にもシネコヤなりに映画を解釈して、制作者や齋藤さんへ想いが伝わる何かがをしたいと、夜遅くまで打ち合わせをした。

そんな想いも通じてか、‬河合宏樹監督と写真家 齋藤陽道さんの舞台挨拶が決まった。こんな小さなハコにまで来てもらえると聞き、はじめは耳を疑ったが、7月11日、その日に公開がスタートするいくつかの劇場の舞台挨拶ツアーに、恐れ多くもシネコヤも組み込んでもらえたのだ。こんなにありがたいことはない。
共に企画を練ってくれた二人もとても喜んで、当日駆けつけてくれた。

齋藤陽道さん(写真左)と竹中(右)

その日のことは、なんだか夢のように本当に楽しくて、ハッピーだった。‬
サワノさんとフジタさんは、以前から河合監督、陽道さん、手話通訳のゆきのさんと面識があり、久しぶりの再会に和やかな空気が流れた。映画の話だけにとどまらず、近況など会話はとめどなく弾む。その空気に触れて、自分自身はその会話に参加していないのだけど、なんだかとても心が喜んでいる「楽しい」という感覚を味わった。
そこに行き交うコミュニケーションがあまりに心地のいいものだったからだ。

舞台挨拶の準備中、図々しくも陽道さんのカメラを触らせてもらった。「どうぞ、どうぞ」と気さくにカメラを手渡してくれ、おまけに、ファインダーまで覗かせてもらった。
プロの写真家のカメラを触るなんて、とんでもなく緊張する。恐る恐る、本当に恐る恐る。カメラを覗くとぼやけた人影が写りこんだ。レンズの縁を少し回すと徐々にくっきりとしてくる。ファインダーに写るゆきのさんが、こちらに笑顔を向けた…。

その日の夜、不思議なことが起きた。

『うたのはじまり』© 2020 hiroki kawai / SPACE SHOWER FILMS

「表現」は、コミュニケーション

私はあるとき「表現」が必要なくなった。
自分の中から湧き上がるものが、ピタリと無くなった瞬間があった。
自分にとって「表現」とは、その湧き上がるものそのものだったので、「表現」が自分の中から消えてしまったと思った。それを、なんだかわからないままに、もはや湧き上がる必要がなくなったのだと解釈していた。
「表現」とは、多くは悲しみだったり、苦しみだったり、ある種の負のエネルギーを発散するものであって、特別な体験をした人のものであると考えていた。
私は「表現」が必要のない人生だったのだと、半ば安心して、半ば残念に思いながら「表現」は遠ざかっていった。

ところが、舞台挨拶のその日、
深いところに眠っていた「表現」が、久しぶりに揺れ動き、響いた。気がした。

『うたのはじまり』© 2020 hiroki kawai / SPACE SHOWER FILMS

ファインダー越しに交わした笑顔と、湧き出る陽道さんの子守歌と、監督が語る映画への想い、音楽に乗せた5線付の上の絵字幕と…その日に起きた出来事と映画のシーンが走馬灯のように流れ出し、「表現」の蓋が開いて、その日の夜は、とにかく書きまくった。
言葉のような、字のような、絵のような、線のようなものを。悲しみによる負の発散とは異なる「表現」を感じつつ、その日心地よかったコミュニケーションを思い出しながら、ペンを握り続けた。
一通り書き終わって気が済んで、その夜起きた感情をSNSで上げてみたら、友人からこんな言葉をもらった。

「シネコヤはまさに、あなたの表現の最たるもの」

あ、そうか。消えて無くなったと思っていた、深いところに眠っていたと思っていた「表現」は、実は日々積み重ねるように静かに存在していたのだと。
それと同時に、シネコヤが私の「表現」であるとするならば、陽道さんの写真と、河合監督の『うたのはじまり』がシネコヤという「表現」を通して触れ合えたのではないかと…。そう考えると、恥ずかしさ混じりに嬉しさが込み上げてきた。
もしそうなのだとしたら、「シネコヤ」の在り方として、これ以上ない理想の姿ではないか。

シネコヤが辿り着くさき…

シネコヤについて「コミュニティ」という観点から、取材などを受けることがよくある。正直あまりピンと来ず、その話について考えを巡らせていると、もう次の質問に移りたいらしく「コミュニティをつくりたいということですね」と、念押しのように言われることもあった。素早く回答を求められる場面では、ほとんど考えがまとまっていない中で、適当に「そう思います」と回答していた気がする。そうした質問については、答えが置いてきぼりになることが度々あった。

意識して「コミュニティを作りたい」と思ったことは、これまでも一度もない。コミュニティとは「さぁ、作りましょう」と作られるものではないと思っているからだ。枠組みやレールを決めて作られたものだと、偽物のように綻びが出てきてしまう気がして…「自然発生的に生まれる」コミュニティでありたい、と最近は答えるようにしている。将来のシネコヤが自然とそういう場になれたなら、そのコミュニティは本物だと思う。

「表現」とは、ある人にとっては写真であり、またある人にとっては映像であり、言葉であり、声であり、音であり、絵であり、イメージであり、身体であり、身にまとう服であり…それらを介して響き合うことこそ「コミュニケーション」だ。
その日見た光景は、「表現」に溢れていた。そして、表現が響きあい「コミュニケーション」が生まれる様をみていて、その日のシネコヤはまぎれもなく、映画『うたのはじまり』から自然発生的に生まれた「コミュニティ」だと思った。

「コミュニティを作りたい」と私は初めて思った。

こんな素晴らしい体験をさせてもらい、映画の感想や解釈を書くのは野暮だと思った。この映画に関して言えば、まずは映画を観て感じて欲しい。耳の聞こえない陽道さんの子守歌を、言葉の字幕だけではない「絵字幕」という新たな表現を、河合監督の誠実に寄り添う映像を…。どこを拾うかは人それぞれだが、その表現に触れたとき、きっと誰しもが心のどこかで響くのだと思う。

河合監督と陽道さん、手話通訳のゆきのさん、福祉施設のサワノさんとフジタさん、14名のお客さん…そして、たった14名の小さなハコに急遽アテンドしてくれたプロデューサーの高根さん。あの日シネコヤを訪れた全ての方々に、感謝を伝えたい。
シネコヤに「コミュニティ」を生み出してくれたことを。

舞台挨拶を終え、次の劇場へ向かう彼らの背中に名残惜しさすら感じ、しばらくは夢見心地の体験として、じんわりと噛み締めていた。
「こういう空間をつくりたいな」と、後ろ姿を見送りながら静かに自分に語りかけていた事を、いまも思い返している。

◆福祉施設のご協力者:
サワノさん(社会福祉法人 光友会)
フジタさん(特定非営利活動法人 さんわーく かぐや)

【本】 「夢見る風」

2019年|社会福祉法人 光友会|齋藤陽道(写真)

【映画】『うたのはじまり』

2020年/日本/86分/PG12
© 2020 hiroki kawai / SPACE SHOWER FILMS
■監督:河合宏樹
■出演:齋藤陽道/盛山麻奈美/盛山樹/七尾旅人
シネコヤでの上映:7/11(土)8/2()

「映画とパンの店・シネコヤ」

【営業時間】
営業時間:9:00〜20:00
毎週木曜日定休
【アクセス】
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6(鵠沼海岸商店街 旧カンダスタジオ)
小田急江ノ島線「鵠沼海岸」駅から徒歩3分くらいです。
【問い合わせ】
TEL:0466-33-5393(代表)
WEB:http://cinekoya.com/

Writer:竹中翔子(たけなか・しょうこ)

株式会社シネコヤ代表取締役
学生時代に映画館のアルバイトスタッフを経験し、映画の魅力にハマる。地元映画館の閉館を受け「もう映画館はダメだ!」と思い、映画だけではない+αの空間づくりを目指し、「シネコヤ」として本格的に活動をはじめる。鵠沼海岸のレンタルスペースで毎月2回、フードや会場演出をこらした映画イベントを主宰。2017年4月鵠沼海岸商店街の一角についに「シネコヤ」をオープン。貸本屋を主体とした「映画と本とパンの店」というコンセプトで新たなスタイルの空間づくりを行っている。

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