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Jan. 31, 2021

【シネコヤが薦める映画と本】〔第31回〕『ミッドナイト・ファミリー』〜“攻める”映画選び

海水浴客で賑わう江ノ島から電車で一駅。閑静な住宅街に囲まれた鵠沼海岸商店街の一角に佇む「映画と本とパンの店・シネコヤ」。こだわりの映画と本を用意して街の人たちを温かく迎える竹中翔子さんが、オススメの1本と1冊をつづる連載コラム。
今回は、メキシコシティの民間救急隊を映したドキュメンタリー映画『ミッドナイトファミリーについて。

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「最近のシネコヤのラインナップは攻めているね」なんて思われたい。
そう、この映画はこれまでのシネコヤにしては、“攻めている”のだ。
とにかくこれは“観て”欲しい、ということ以上に、“体験して”欲しい映画なのである。

『ミッドナイトファミリー』の舞台はメキシコ・シティ。深夜を駆け抜ける、民間救急隊の家族を追ったドキュメンタリーだ。人口900万人に対し、行政が運営する救急車は45台にも満たないため、専門訓練もほとんどなく、認可も得ていない営利目的の救急隊という闇ビジネスが生まれている。オチョア家族もその一つだ。 同業者と競い合って、緊急患者を搬送する毎日。

無線を傍受するやいなや、車のエンジンを入れアクセルを踏むまでのスピードときたら、見とれてしまう。一体カメラはどこにいるのか?というほど、まるでフィクションのような客観ショット。かと思えば、大慌てで車に乗り込むカメラの臨場感が興奮を誘う。主観と客観のカット割りがなんとも映画的で引き込まれてしまう。それでいてカットの構図と構成が美しく(美的な美しさではなく、整っているといった感じ)、ドキュメンタリーであることが信じられない。

新たなジャンル“ニュー・ダイレクト・シネマ”

近年はドキュメンタリーが豊作である。昨年シネコヤで上映した中でも半数近くがドキュメンタリーだ。2021年は始まったばかりだが、それでもこの『ミッドナイトファミリー』が今年公開されるドキュメンタリー映画の中でも群を抜いて素晴らしいことは明白だ。
この映画をなんと定義づけようか。

こんなとんでもない映画があるから上映するよ、とお客さんに話したら「それは、“ダイレクト・シネマ”ですか?」と言われた。ナレーション、音楽、字幕(テロップ)などの不在を考えると、確かにフレデリック・ワイズマン監督に代表される“ダイレクト・シネマ”と位置づけても良いだろう。
ワイズマンが 《建物》を主演としたドキュメントであるならば(「ドキュメンタリーマガジンneone―ダイレクト・シネマの現在」の中で、ワイズマン自身が自らの映画におけるスターは《施設・場所》であると語っている)、『ミッドナイトファミリー』はメキシコシティにおける《社会構造》を主演にしたドキュメントと考えられる。出てくるのは環境音とオチョア家族の会話のみ、インタビューすらも存在をしない。そういう手法においては、まさしく“ダイレクト・シネマ”にジャンル分けできるだろう。

ところが、この映画にはフィクション(劇映画)における物語の抑揚が、色濃く感じられる。その点において、他の“ダイレクト・シネマ”と並べるには少しの疑問が生じる。家族と交わす会話、恋人への電話、まるで独り言のように車内で漏らす言葉には、日常を超えた非日常的なドラマ性があり、更には事故現場へ向かう映像にはまるでアクション映画さながらのエンターテイメント性も混在する。一つのジャンルから派生した新たなタイプの表現であり、敢えて定義づけるならば“ニュー・ダイレクト・シネマ”と呼ぶべきではないか。
それほどまでに『ミッドナイトファミリー』からは、これまで出会ったことのない、とんでもない体験を得たのだ。この感覚は、ぜひとも“体験”して欲しい。

2021年は、“攻める”ラインナップ

と、ここまで熱弁してしまうのには理由(ワケ)がある。

映画選びは客層やシネコヤのイメージに合わせてセレクトすることが多いので、むしろ自分の好きな映画とは少し異なることもある。『ミッドナイトファミリー』もこれまでのシネコヤ的作品選びでは、選ばなかったタイプの映画だろう。

2021年、シネコヤも4年目に入る。そろそろ、自分の好きな映画もセレクトしていきたい。
プログラム編成は、映画館という場の「表現」である。ここは店主の腕の見せどころ。
そんな折に出会った自分映画史上、稀にみる良作。こういった度肝を抜かれる映画を見つけたときこそ、映画に携わる仕事に喜びを感じる瞬間なのだ。

今年はこれまでとはひと味違う「お、シネコヤなかなかやるねぇ」と思われるようなラインナップにしていきたい。

【おすすめの本】 「ドキュメンタリーマガジンneoneo」

2019年|neoneo編集室

【おすすめの映画】 『ミッドナイトファミリー』

■監督:ルーク・ローレンツェン
■シネコヤでの上映期間: 2/13(土)~

「映画とパンの店・シネコヤ」

【営業時間】
9:00〜18:00ごろ
※不定休
【アクセス】
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6(鵠沼海岸商店街 旧カンダスタジオ)
小田急江ノ島線「鵠沼海岸」駅から徒歩3分くらいです。
【問い合わせ】
TEL:0466-33-5393(代表)
WEB:http://cinekoya.com/

Writer:竹中翔子(たけなか・しょうこ)

株式会社シネコヤ代表取締役
学生時代に映画館のアルバイトスタッフを経験し、映画の魅力にハマる。地元映画館の閉館を受け「もう映画館はダメだ!」と思い、映画だけではない+αの空間づくりを目指し、「シネコヤ」として本格的に活動をはじめる。鵠沼海岸のレンタルスペースで毎月2回、フードや会場演出をこらした映画イベントを主宰。2017年4月鵠沼海岸商店街の一角についに「シネコヤ」をオープン。貸本屋を主体とした「映画と本とパンの店」というコンセプトで新たなスタイルの空間づくりを行っている。

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