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Mar. 25, 2020

【シネコヤが薦める映画と本】〔第21回〕『リンドグレーン』〜長くつしたのピッピに憧れた大人たち〜

海水浴客で賑わう江ノ島から電車で一駅。閑静な住宅街に囲まれた鵠沼海岸商店街の一角に佇む「映画と本とパンの店・シネコヤ」。こだわりの映画と本を用意して街の人たちを温かく迎える竹中翔子さんが、オススメの1本と1冊をつづる連載コラム。今回はスウェーデンの児童文学作家アストリッド・リンドグレーンの波乱万丈の人生を描いた映画『リンドグレーン』と、リンドグレーンの代表作「長くつしたのピッピ」から、シングルマザーとして生きる女性の人生についてつづります。

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先日、シネコヤで「大人のほろ酔い読書会」を開催した。昨年11月に初めて企画・開催し、今回は2回目。読書会は二部制となっていて、第一部「大人のための読み聞かせ会」は読み手“マダムさん”による朗読だ。第二部の「大人のほろ酔い読書会」では、テーマに合わせて一人一冊紹介をする。
今回は「子どもの頃なりたかった・憧れていた登場人物」というテーマのもと、様々な本が紹介された。ムーミンシリーズ、ちびくろサンボ、マローンおばさん、ドリトル先生…懐かしい児童書のタイトルに心躍る。読書会は、「懐かしい〜!」「それ、忘れてた〜!わたしも!」など大盛りあがり。

そんな中、私は何を紹介したかというと…「長くつしたのピッピ」だ。
今回このテーマを聞き、すぐに思い出したのが“ピッピ”だった。大人がいなくて、子どもだけで一人暮らしの生活…なんて素敵なんだ!と。強くて、たくましくて、チャーミングなピッピ。動物とも友だちで、力持ちで、大人に負けない知恵を持つ、そんな不思議でたくましい女の子になりたかった。

昨年、その作者であるアストリッド・リンドグレーンの半生を描いた映画が公開された。
ピッピの自由で明るい世界観とは逆に、彼女の半生は意外なほど波乱万丈だった。

© Nordisk Film Production AB / Avanti Film AB. All rights reserved.

映画『リンドグレーン』、彼女の半生

映画が描き出すのは、リンドグレーンの16歳から10年に満たない、だが彼女の人生で最も激動といえる若かりし日々。
スウェーデンの田舎町で、自然の中で伸び伸びと育ったアストリッド。1920年代、信仰に厚い家庭で育ちながら、“率直で自由奔放”な彼女は、保守的なしきたりや男女の扱いの違いに、息苦しさを覚えていた。そんな折、文才を見込まれ新聞社で新しい仕事を任されるようになり、1人の女性としても開花しはじめた頃―19歳の時、アストリッドは未婚の母となった。

「シングルマザー」まだそんな言葉すら、作られる気配もない時代のことだった…。
子どもにとって大切な時間とも思われる0歳〜3歳までの間、アストリッドは息子と暮らすことができなかった。度々息子の元を訪れても、里親がわりのマリーを「ママ」と呼ぶ息子を見つめるアストリッドの瞳がとても寂しそうで、悔しそうで、見てられない。まだ、「大人」に一歩踏み出したばかりの19歳というアストリッドの年齢と、社会の価値観が、息子との距離を作ることになってしまった。

© Nordisk Film Production AB / Avanti Film AB. All rights reserved.

新しい価値観を生み出すということ

悲しいことに、その社会の価値観はあまり変わっていないように思う。多様な社会という理想は表向きのポーズばかりで、半世紀以上経った現在もアストリッドのような「未婚の母」の現状は、身は隠さずとも、心理的にも物理的にも苦しくないとは言い切れない。

新しい価値観や概念を生み出すことは非常に困難だ。それが当たり前になるまでには、とてつもない時間を要する。半世紀以上の時間をもってしてまでも、アストリッドのような女性に親身な社会的価値観は、現実には訪れていないのではないかと思う。それをわかっていても、その厳しい道を選択することは「信念」なんていう生ぬるい言葉ではなく、なにかに突き動かされてしまう「天命」にすら感じる。
ピッピもそうだが、アストリッド・リンドグレーンの描く子どもたちは、大人の都合に振り回されても、知恵と勇気で乗りこえる、生き生きとした子どもたちが多い。彼女の作品が長く「子どもたち」に読みつがれ、かつて子どもだった「大人たち」の中に静かに存在し続けるのは、周囲に押し込められた少女時代のアストリッド自身の苦悩に、気づかぬところで共感を得ているからではないか。社会の価値観に追いやられた、アストリッドの大切な時間を取りもどせるのなら、そうしてあげたいと思う。

© Nordisk Film Production AB / Avanti Film AB. All rights reserved.

「長くつしたのピッピ」に憧れて

映画に描かれた後の時代のこと。
アストリッド・リンドグレーンの小さい娘が、「長くつ下のピッピって女の子のお話を作って」と頼んだことから生れた「長くつしたのピッピ」。自由奔放に生きる、世界一つよい女の子ピッピ。

彼女の半生を知り、子どもの頃「ピッピ」に憧れた気持ちがさらに強くなった。不自由な大人の世界で、強く生きてきたアストリッド。
彼女の生み出す作品たちは、「いつでも自由を求めて、ありのままのあなたでいいんだ」というメッセージをもって、今読み返しても心を打つ。子どもたちや女の子(女性)に向けて「無償の味方である」というアストリッドからのエールのように感じてしまうのだ。

いつまでも自由に、いつまでもチャーミングな「アストリッド」みたいな女の子に、やっぱりなりたいなと思う。

映画『リンドグレーン』予告編

【映画】『リンドグレーン』

2018年/スウェーデン・デンマーク合作/123分
監督:ペアニル・フィシャー・クリステンセン
出演:アルバ・アウグスト マリア・ボネヴィー マグヌス・クレッペル ヘンリク・ラファエルセン トリーネ・ディアホム
シネコヤでの上映期間:4/7(火)〜4/26(日)

【本】「長くつしたのピッピ」

1978年||集英社 |アストリッド リンドグレーン

「映画とパンの店・シネコヤ」

【営業時間】
営業時間:9:00〜20:00
毎週木曜日定休
【アクセス】
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6(鵠沼海岸商店街 旧カンダスタジオ)
小田急江ノ島線「鵠沼海岸」駅から徒歩3分くらいです。
【問い合わせ】
TEL:0466-33-5393(代表)
WEB:http://cinekoya.com/

Writer:竹中翔子(たけなか・しょうこ)

株式会社シネコヤ代表取締役
学生時代に映画館のアルバイトスタッフを経験し、映画の魅力にハマる。地元映画館の閉館を受け「もう映画館はダメだ!」と思い、映画だけではない+αの空間づくりを目指し、「シネコヤ」として本格的に活動をはじめる。鵠沼海岸のレンタルスペースで毎月2回、フードや会場演出をこらした映画イベントを主宰。2017年4月鵠沼海岸商店街の一角についに「シネコヤ」をオープン。貸本屋を主体とした「映画と本とパンの店」というコンセプトで新たなスタイルの空間づくりを行っている。

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