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Sep. 24, 2020

【シネコヤが薦める映画と本】〔第27回〕今年注目の一本『はちどり』
〜映画好きのためのマイリスト〜

海水浴客で賑わう江ノ島から電車で一駅。閑静な住宅街に囲まれた鵠沼海岸商店街の一角に佇む「映画と本とパンの店・シネコヤ」。こだわりの映画と本を用意して街の人たちを温かく迎える竹中翔子さんが、オススメの1本と1冊をつづる連載コラム。
今回は、韓国映画『はちどり』と、シネコヤの映画選びについて。

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「映画はどうやって選んでいるのですか?」とよく聞かれる。
シネコヤでの映画のセレクションは常に悩ましい。シネコヤで上映する映画は私自身の好きな映画と思われることもしばしばあるが、そんなことはない。自分の好みはさて置き、集客の見込めるもの、話題になっているもの、リクエストがあったもの、あるいは配給会社から提案のあったもの…など、様々な観点からセレクションしている。楽しい作業でありながら、日々新たな作品が世に放たれる昨今、店主は常に追われる立場なのである。

これまでも、個人的にはあまり好きではないが話題になっているし…と上映してみた映画もあれば、とても素晴らしい作品だけど集客が見込めなそうだ…と泣く泣く見送った作品もある。そういうわけで、一”映画好き”として、この映画は観ておきたいな、と思う「マイリスト」を作ってもいる。

わたしの映画100選

シネコヤに「CINEMA NOTEBOOK」というお客さんが書き込めるノートを用意して、店内にひっそりと置いてある。ノートを開くと、「あなたの好きな映画を書いてください・おひとり1ページ。」の文字。開館当初から、シネコヤにやってきた“映画好き”な人々により、1ページ1ページ手描きで記入されてきた。現在、6冊目(2020年9月)。誰かがじっくり読んだり、こっそり書いたり…。その1ページそれぞれに綴られる「だれかの映画人生」を垣間見ると、その人がどんな人か想像するだけで、とても楽しいのだ。

「みんなの映画100選」
この本は、イラストレーターの長場雄さんが映画のワンシーンを描き、ライターの鍵和田啓介さんがあくまで個人的に好きな台詞を抜き出して解説を書いたものである。「そうそう、それそれ」と思ったり、「こんな映画があるんだ」と新たな発見をしたり、「わたしならあの作品を入れるな!」と想像したり…とにかく他人の「マイリスト」を見るのはある種のコミュニケーション的な要素を含み、読んでいると楽しくてしょうがない。

読み終わった頃には、「わたしの映画100選」でもやってみるか…という気になっていて、頭の中は過去に観た映画でいっぱいになっているのだ。

注目の一本『はちどり』

そして今年、その中の一本に間違いなく入る映画『はちどり』が公開された。『パラサイト』がアカデミー賞を獲るなど、日本でもそれまでの韓国ブームに更に火がついたように韓国映画が盛り上がっている。その中でも注目の一本だ。

© 2018 EPIPHANY FILMS. ALL RIGHTS RESERVED.

●あらすじ
1994年、ソウル。家族と集合団地で暮らす14歳のウニは、学校に馴染めず、 別の学校に通う親友と遊んだり、男子学生や後輩女子とデートをしたりして過ごしていた。 両親は小さな店を必死に切り盛りし、 子供達の心の動きと向き合う余裕がない。ウニは、自分に無関心な大人に囲まれ、孤独な思いを抱えていた。ある日、通っていた漢文塾に女性教師のヨンジがやってくる。ウニは、 自分の話に耳を傾けてくれるヨンジに次第に心を開いていく。ヨンジは、 ウニにとって初めて自分の人生を気にかけてくれる大人だった。 ある朝、ソンス大橋崩落の知らせが入る。それは、いつも姉が乗るバスが橋を通過する時間帯だった。ほどなくして、ウニのもとにヨンジから一通の手紙と小包が届く。

© 2018 EPIPHANY FILMS. ALL RIGHTS RESERVED.

必要最低限の台詞と、主人公の中学生ウニの表情を中心に静かな映像で語られる。社会に起きていることは、わたしたちの生活にじわりと繋がっていて、その繋がりは目には見えないほど非常に微細な粒子で、気づかずに吸い込んでしまい息苦しい想いをしているのではないか…そんな社会の気配を感じる映画だ。
感情が静かに殺されていく…社会はそれほどまでに10代半ばの人間形成に影響しているのだ、ということを改めて感じさせられた。そのなかで藻掻き、小さな声を上げていくウニの元へ、きちんと眼差しを向けてくれる大人がいた事は、幸運でしかない。現実には、そうでないことも多々あるのだから。

映画の役割は、社会を映し出すこと、でもあるように思う。そういう映画は「マイリスト」に入れておきたい。

© 2018 EPIPHANY FILMS. ALL RIGHTS RESERVED.

映画はこう選んでいる

改めて考えてみると、シネコヤで上映される映画は、個人的に好き、あるいはそうでなくも、殆どの場合”観ておくべき”という観点から「マイリスト」に入る映画であることに気づいた。”映画好き”と言うならば、この映画は観ておきたいな、と私が思う映画を取り揃えていたのだ。

近年、映画業界では公開作品がとても多いと言われている。劇場もできるだけ多くの本数をかける傾向になってきている。特に地方では都内のように特色を出すことよりも、多様性を求められることの方が多いため、できるだけ振れ幅の広い作品選びをしている。しかし、そういった映画自体の多様性の流れからすると、地方でこそ、かえってセレクトショップ的な役割として、映画をセレクトしていくことが重要な任務のような気もする。

「あぁ、あそこで上映しているんだから間違いないね」と思ってもらえることは、すべての 映画を選ぶ人たちの目指すところなのかもしれない。

だからこそ、それぞれのハコは血眼になって、映画を選んでいるのだ。これから” 映画好き”な仲間を増やしていくために。

そんなわけでシネコヤでは、 ”映画好き”のための「マイリスト」に入れたい、抑えておきたい映画をセレクトしていきたいなと思っている。

それはそれは、非常に悩ましい幸福な作業なのである。

【おすすめの本】「みんなの映画100選」

2016年|イラスト 長場雄、文 鍵和田啓介|オークラ出版

【おすすめの映画】「はちどり」

(2018年製作/138分/PG12/韓国・アメリカ合作)
■監督・脚本:キム・ボラ
■出演:パク・ジフ、キム・セビョク、イ・スンヨン、チョン・インギ
■シネコヤでの上映:現在上映中〜10/18(日)まで

「映画とパンの店・シネコヤ」

【営業時間】
営業時間:9:00〜20:00
※当面の間、月・火・水曜日 休業〈祝日は営業〉

【アクセス】
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6(鵠沼海岸商店街 旧カンダスタジオ)
小田急江ノ島線「鵠沼海岸」駅から徒歩3分くらいです。
【問い合わせ】
TEL:0466-33-5393(代表)
WEB:http://cinekoya.com/

Writer:竹中翔子(たけなか・しょうこ)

株式会社シネコヤ代表取締役
学生時代に映画館のアルバイトスタッフを経験し、映画の魅力にハマる。地元映画館の閉館を受け「もう映画館はダメだ!」と思い、映画だけではない+αの空間づくりを目指し、「シネコヤ」として本格的に活動をはじめる。鵠沼海岸のレンタルスペースで毎月2回、フードや会場演出をこらした映画イベントを主宰。2017年4月鵠沼海岸商店街の一角についに「シネコヤ」をオープン。貸本屋を主体とした「映画と本とパンの店」というコンセプトで新たなスタイルの空間づくりを行っている。

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