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COLUMN
Apr. 16, 2019

【シネコヤが薦める映画と本】〔第11回〕初恋の浮遊感〜『君の名前で僕を呼んで』

海水浴客で賑わう江ノ島から電車で一駅。閑静な住宅街に囲まれた鵠沼海岸商店街の一角に「映画と本とパンの店・シネコヤ」がある。こだわりの映画と本を用意して街の人たちを温かく迎える竹中翔子さんが、オススメの1本と1冊をつづる連載コラム。今回は映画『君の名前で僕を呼んで』から”初恋”についてつづります。

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初恋は一目惚れだった。15歳のこと。ひとより少し遅いのかもしれない。
それまで月並みに「◯◯くんが好き」とかはあった気がするけれど、「好き」という大した実感もなく、なんとなく友達同士の付き合いの中で好きな人を発表していた。そんなんだから、一目惚れなんて考えられないし、性格がわからないうちに好きになるなんてことはあり得ないことだった。
それが一変、誰にも言えないほどの「初恋」をすることになる。

初めて好きになった人のこと…

『君の名前で僕を呼んで』は昨年4月に公開された後、徐々に上映館を増やし、まるで観客を感染させるように魅了していった。
美しい少年と、少し年上の大人の男性…止められないほど、苦しいほど、惹かれ合ってしまう。こうした同性愛は映画の中ではずいぶんと前から、同じように描かれている。1987年ヒュー・グラントの『モーリス』、1996年レオナルド・ディカプリオの『太陽と月に背いて』…代表的な作品としてこの2つが思い出される。
「LGBT」という言葉が今ほど世間に浸透する以前のこと、静かにその時代の名作としてファンを持ち続ける作品だ。
そして昨年、この作品が公開され、超ロングランの大ヒットとなった。

©Frenesy,La Cinefacture

1983年夏、北イタリアの避暑地。17歳のエリオは、アメリカからやって来た24歳の大学院生オリヴァーと出会う。彼は大学教授の父の助手で、夏の間をエリオたち家族と暮らす。はじめは自信に満ちたオリヴァーの態度に反発を感じるエリオだったが、まるで不思議な磁石があるように、ふたりは引きつけあったり反発したり、いつしか近づいていく。やがて激しく恋に落ちるふたり。しかし夏の終わりとともにオリヴァーが去る日が近づく……。

はじめは、思春期真っ只中の少年の日常かと思いきや、次第にオリヴァーの存在が疎ましくも気になっていくエリオ。自分がゲイであることに気がつく場面や、近づくことを止められないこと、今までに体験したことのないほどの感情が溢れ出してしまうこと…
エリオの心の内は直接的な言葉では説明されないまでも、美しい映像と詩的な台詞のやり取りで、丁寧に描かれている。

©Frenesy,La Cinefacture

そんなエリオの姿を見ていたら、ふと、初めて好きになった人のことを思い出した。エリオと同じ年頃のこと。本当に「好き」だと初めて実感したのは、少し年上の人だった。

『君の名前で僕を呼んで』の時代のように、社会的な背景の中で人には話せない恋愛ではなかったが、友だちには話しにくい事情があった私の「初恋」は、エリオのそれと少し重なった。手の届かない存在は苦しい。知られてはいけない気持ちは押し殺すしかなかった。
知られてはいけないけれど言わずにはいられない、言葉の選び方が難しすぎて、まだ子どもだった自分は伝えきれずに終わってしまった気がする。

初恋の浮遊感「ぼくはきみで きみはぼく」

今思えば、単純に下手くそだったなと思う。
気持ちを言葉に変えて伝える作業が、あまりにも拙かったのだろうと、「初恋」を思い出すともどかしい。

ルース・クラウス著 モーリス・センダック絵『ぼくはきみで きみはぼく』。
本をひらくと、センダックの軽やかなイラストと共に、詩のような、言葉遊びのような、他愛のない会話のような言葉たちが散らばっている。
大好きなもの、こと、ひとに関する「愛」や「友情」についての言葉たち。
「好き」ということについて、とってもシンプルにまとめた説明書のような絵本だ。
その中の一説にこんな言葉があった。

あいしてるは すきと だいたい おなじだけど
ただ ちょっと ちがう いいかたを するの―
でも おなじより ちょっと ええと もっと―
あいには もっとが いっぱい あるの!

こんな風に、下手くそだった。一生懸命「好き」ということを伝えようとしているのに上手く伝わらない。「好き」が「愛」という少し大きなものに変化していくころに出会う、「初恋」という体験。
うまく言葉にできない歯がゆさが、浮遊感となって感情がつかめなくなる。上手に好きになれなかったというか、この絵本のように、好きすぎてもうどう言葉にしたらいいかわからない!ということだったんだと思う。
とても単純なことのようで、とらえどころのないもの。
初恋の浮遊感は、そんな風に未だに記憶の中に漂っている。

エリオのような、激しく瑞々しい初恋は羨ましいと思う。そんなに素直な心で「好き」を受け止められなかったなぁ、なんて自分を振り返る。

この映画を「LGBT」「同性愛」モノ、として紹介されている記事も少なからず見かけるが、そんなものは越えて、人を好きになるという「初恋」という体験は、誰もが通るそれと同じなんじゃないかと思う。
一目みた瞬間に、好きになることを確信した感覚は今でも鮮明に覚えている。笑っちゃうのは、その人を見た瞬間「この人に看取られたい」と思ったことだ。たった15歳の子どもだったのに。後にも先にも、一目惚れはその時かぎりだった。
こうだから好き、とか、理屈じゃないところで強く人に惹かれること…
それが正に「初恋」だ。

私のように、この映画と「初恋」を重ねた人は、多かったんじゃないだろうか。
感染的に広がる理由はそこにある気がする。一度しか体験できない特別な出来事を蘇らせてくれる、その至福の時間を与えてくれるのだから。

『ぼくはきみで きみはぼく』

2014年| 偕成社
ルース・クラウス(著)
モーリス・センダック(絵)
江國香織(訳)

『君の名前で僕を呼んで』

2017年/イタリア・フランス・ブラジル・アメリカ合作/132分/PG12
監督:ルカ・グァダニーノ
出演:アーミー・ハマー/ティモシー・シャラメ/マイケル・スタールバーグ
©Frenesy,La Cinefacture
■上映期間:4月8日(月)〜4月28日(日)までシネコヤで上映

Writer:竹中翔子(たけなか・しょうこ)

株式会社シネコヤ代表取締役
学生時代に映画館のアルバイトスタッフを経験し、映画の魅力にハマる。地元映画館の閉館を受け「もう映画館はダメだ!」と思い、映画だけではない+αの空間づくりを目指し、「シネコヤ」として本格的に活動をはじめる。鵠沼海岸のレンタルスペースで毎月2回、フードや会場演出をこらした映画イベントを主宰。2017年4月鵠沼海岸商店街の一角についに「シネコヤ」をオープン。貸本屋を主体とした「映画と本とパンの店」というコンセプトで新たなスタイルの空間づくりを行っている。

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