国際短編映画祭ショートショートフィルムフェスティバル & アジア(SSFF & ASIA)と連携して、国内外のショートフィルムを紹介しているBrillia SHORTSHORTS THEATER ONLINE。本連載では、一人ずつショートフィルム作家をご紹介しています。
今回は、2022年12月17日よりBunkamuraル・シネマ他で全国公開される短編集『偶然と想像』の濱口竜介監督をご紹介します。長編『ハッピーアワー』(2015)がロカルノ国際映画祭等で受賞、『ドライブ・マイ・カー』(2021)でカンヌ国際映画祭脚本賞を受賞するなどし、日本映画の旗手として注目を集める濱口監督ですが、短編と長編を交互に制作する撮影スタイルを持っていらっしゃいます。本作が監督の制作キャリアの中でどんな役割を果たしているのか伺いました。
「偶然と想像」
<出演>
古川琴音 中島歩 玄理
渋川清彦 森郁月 甲斐翔真
占部房子 河井青葉
<監督・脚本>
濱口竜介
<イントロダクション>
2021年のカンヌ映画祭では『ドライブ・マイ・カー』が脚本賞など4冠に輝き、2020年のベネチア国際映画祭では、共同脚本を手がけた『スパイの妻』が銀獅子賞(監督賞)、そして本作が第71回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員グランプリ)受賞するなど世界が最も注目する監督のひとりとなり、また日本映画の新しい時代をリードする存在となった濱口竜介。
待望の新作は、「偶然」をテーマに3つの物語が織りなされる初の、そして自身が「このスタイルをライフワークとしたい」と語る「短編集」となった。
<劇場公開>2022年12月17日よりBunkamuraル・シネマ他で全国公開
<映画公式サイト>
https://guzen-sozo.incline.life/
「偶然と想像」トレーラー
濱口竜介監督
1. ショートフィルムをはじめて作ったのは何歳の時でしょうか?処女作の作品名と内容を教えてください。
大学の映画研究会でつくったので19歳のときですね。タイトルや内容は恥ずかしいので封印します。(笑)
2. 長編にはないショートフィルムの魅力はどんな点にあるとお考えですか?
短いことです。これがすべてですね。基本的には同密度(とは何かという問題はありますが)の長編をつくるよりは絶対にかかるコストや労力は少なくて済む。そのことで、とりかかりやすく、仮に出来上がりがまずくても、受けるダメージが少ない。しかも、この失敗は次の糧になります。そして絶対的に短い、ということは、観客が想像する度合いがより大きいということとも感じています。そのことで観客と映画がより深く結びつくこともあると感じています。こう書くといいことしかないような気がしますが、実際に絶対的にそれが短く、小さくなるということをマイナスに取らなければいいことしかないと思います。
『偶然と想像』第1話「魔法(よりもっと不確か)」
3. 一昨年のトークイベントで“短編とは「やってきたことの確認」と「やりたいことへのチャレンジ」”と語られていますが、『偶然と想像』については「やってきたことの確認」と「やりたいことへのチャレンジ」はそれぞれどんなことが当てはまりますか?
1つはそれまでもやってきた「本読み」という手法を徹底的にやってみる、ということです。試行錯誤をして、この方法の精度を上げていくということが確認であり、チャレンジでもありました。
物語面では「偶然」を取り扱うということが1つのチャレンジでしたね。物語のなかに偶然を入れ込むことは、物語世界を崩壊させることになりかねないのだけれど、実生活では偶然に出会わない、ということのほうがあり得ないことです(私達はすべてを想定できるほど賢くないので)。ある現実をつくりあげることを目指すなら、「偶然」を物語内で取り扱う方法もまた模索する必要があると思っています。そういう3編になりました。
『偶然と想像』第2話「扉は開けたままで」
4. 海外の作家との交流もあるかと存じますが、ショートフィルムについて日本と海外とを比較して感じる違いはありますか?それはどんな点でしょうか?
どうもかかっている予算が短編といえども全然違う(日本のほうが遥かに低予算)らしい、ということですかね。随分ちゃんと美術も撮影機材も揃っているような印象のものが多い。私も詳しくないので、どこからこのような予算を引っ張ってくることができるのかは定かではないですが、海外では短編の作品としての価値が確立しているように思えます。
5. コロナ禍で制作活動にはどんな影響がありますか?また、コロナ禍で生じる制約に対してどのように取り組んでいらっしゃいますか?
『偶然と想像』の第3話はまさにコロナ禍のもとで撮りました。そのときに感じたのは、少人数のチームはコロナ禍においても十分に機動的だということです。ソーシャルディスタンスの問題に悩まされることも少なく、感染者が出るリスク(撮影が止まるリスク)も抑えやすくなると思います。もちろん、少人数でつくれるようにそもそも企画の時点で考える必要・制約は出てくるのですが、それでも面白いものがつくれそうな企画が考案できれば、スモールスケールの制作(少人数または短編)は必ずしも不利には働かないように思いました。
『偶然と想像』第3話「もう一度」
6.『偶然と想像』を経て、次作への展望などございましたら教えてください。
現時点では特にありません。ただ、「偶然と想像」はそもそも7話シリーズで考えているので、残り4話を他の長編企画などが決まってきた時に、その時すべきチャレンジや実験の場として活用していけたらと思っています。
海外の10~20分ほどのショートフィルムを見慣れた立場からすると、短編とはいえ長い作品だ。第1話が35分、第2話が44分、第3話が39分。各話3~4つのシークエンスで構成されているが、例えば「魔法(よりもっと不確か)」では、前半のタクシーのシーンだけ抜き出してもワンシュチュエーションドラマになりそうだ。
「もしかしたら、本当に短い短編は作れないのかもしれません。もちろん、そういう短編も作ったことがあるし、作れないこともないと思いますが、ある程度、自分にとって面白いものを作ろうとすると、今は必然的に長さ、持続性が必要になる。やっぱり、(脚本を)書いているときの感覚が大きいですね。僕は“何かが起きる”まで書きます。それが起きたら次のシーンに行く。そういう作業を繰り返します。それがだいたい40分くらい(の尺)になる。そういう切り口から自分の長編を見直すこともできるかもしれませんね」(濱口)
そう監督自身が言うように、脚本を出発点にストーリーを描き切るのが濱口スタイル。
長編映画に対する概念として短編映画という言葉を使っているが、長さと言うよりも構成の点で「中編映画」という区分けがあっても良いように思った。「監督は長編を見直すこともできる」というが、本作は「短編とはなんぞや」と考える素材にもなるだろう。
さて、濱口監督が「やってきたことの確認」として位置づけた「本読み」。リハーサルの段階で1話につき1週間から10日ほどをかけて、俳優たちとひたすら脚本を読み合わせることを指す。感情を込めずに台詞を読み、俳優から「自動的に言葉が出てくる」まで繰り返すそうだ。
出来上がった映画を観ると、演劇の舞台を見ているような印象を受ける。現実世界の会話と比べると不自然に感じる、言葉がしっかりと立った書き言葉のような台詞。その結果、テキストに対して自然と注意が向く。倍速で映画を観るファスト鑑賞のようなスタイルが生まれたことは、世の中の映像作品の多くがストーリーを楽しむエンターテイメント性に比重を置いていることと無関係ではないだろう。対する濱口作品は「ながら観」を許さない。そこに言葉に対するリスペクト感じる。
たとえば、第2話「扉は開けたままで」で、大学教授・瀬川が大学生・村山に語る言葉が印象的だ。
「もし周囲から自分のことが無価値だと思い込まされたなら抵抗してください。社会の物差しで自分を測らせることを拒んでください。村山さんは自分だけが知っている自分の価値を抱き締めなくてはなりません。それを1人でするのは辛いことです。それでもそれをしなくてはなりません。そうして守られたものだけが、思いもよらず誰かと繋がり励ますことがあるからです」
濱口監督自身の実体験が投じられているようで興味深い。
良い脚本はメモを取りたくなるものだ。
濱口竜介
1978年神奈川県生まれ。2008年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』がサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され話題を呼ぶ。その後は日韓共同制作『THE DEPTHS』(10)、東日本大震災の被害を受けた人々の「語り」をとらえた『なみのおと』、『なみのこえ』、東北地方の民話の記録『うたうひと』(11 ~ 13 /共同監督:酒井耕)、4時間を超える虚構と現実が交錯する意欲作『親密さ』(12)などを監督。15年、映像ワークショップに参加した演技経験のない4人の女性を主演に起用した5時間17分の長編『ハッピーアワー』が、ロカルノ、ナント、シンガポールほか国際映画祭で主要賞を受賞。商業映画デビュー作『寝ても覚めても』(18)がカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出され、共同脚本を手掛けた黒沢清監督作『スパイの妻〈劇場版〉』(20)ではヴェネチア国際映画祭銀獅子賞に輝く。本作『偶然と想像』は第71回ベルリン国際映画祭にて銀熊賞(審査員グランプリ)受賞。一足先に劇場公開された『ドライブ・マイ・カー』(21)では、第74回カンヌ国際映画祭にて脚本賞に加え、国際映画批評家連盟賞、AFCAE賞、エキュメニカル審査員賞も同時受賞。今、世界から最も注目される映画作家の一人として躍進を続けている。
Writer:BSSTO編集部
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