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COLUMN
Jul. 10, 2018

【映画にみるインテリア】『グランド・ブダペスト・ホテル』
―インテリアを通じて映画鑑賞してみよう!!―

シネマチックなライフスタイルのヒントを様々な視点から紹介するコラム「Cinema for Life」。インテリアの切り口で、イタリアの高級ブランド家具の輸入販売を行う株式会社インテリアズの木村新治氏に語って頂きます。

ウェス・アンダーソン作品は、独特の世界観を楽しむ作品

さて、今回取り上げます『グランド・ブダペスト・ホテル』は、2014年に公開された、ウェス・アンダーソン監督・脚本によるミステリーコメディです。

現在、最新作『犬ヶ島』が全国公開している同監督の作品は、俳優や同業の人々からも支援されるその独特の世界観で、世界中に多くのコアファンを持っています。

インテリアのスタイリングは、主人公の状況やキャラクター、時代背景などを表現するのに重要な要素ですが、この映画はフィクションの世界にリアリティを演出するためというより、監督が創造するイメージを具現化するために、スタッフが11枚の絵コンテから、ミニチュアの模型を作り、ロケ地を選定し、セットが製作されているようです。
ということで、本作はインテリアから意味を見出そうとする従来の観方ではなく、それぞれのシーンを映像美として楽しむというのが、正解なのではないでしょうか。

今作のインテリアの肝はシンメトリー!?

ホテルオーナー ゼロ・ムスタファ(左)と、語り手となる作家

物語は、1985年の語り手である作家(トム・ウィルキンソン)によるイントロダクション、1968年の語り手の作家(ジュード・ロウ)と難民のベルボーイから成り上がったホテルオーナー ゼロ・ムスタファ(F・マーリー・エイブラハム)との食事と回想シーン、そして1932年の映画本編と、3部構成になっています。

時代を分かりやすくするために、画面のアスペクト比を3つに分けていますが、これは1932年の本編映像を正方形に近い比率に導くための順番です。
では何故、正方形に近いアスペクト比にしたのでしょうか?
それは、シンメトリー(左右対称)に拘った映像になっていますので、それをより強調するための手法かと思います。
それでは、今回のインテリア・スタイリングは、そのシンメトリーをテーマにして観ていくことにしましょう。

パート1:アールヌーボー様式で彩られたグランド・ブダペスト・ホテル

この真っ赤なエレベーターにも秘められた暗示が…。

ホテルコンシェルジェのグスタヴ・H(レイフ・ファインズ)と、ベルボーイになったばかりのゼロ・ムスタファ(トニー・レヴォロリ)との出会い。ヨーロッパのズブロフカ共和国にあるグランド・ブダペスト・ホテルのサインや置き照明の意匠は、アールヌーボー様式で19世紀初頭の雰囲気が出ています。ドイツのドレスデンの旧百貨店をロケ利用したホテルは、シンメトリー構造の階段を持ち、長い廊下の赤い絨毯模様とそれに合った天井の額縁模様(ヨーロッパの建築様式では、床・天井のデザインが上下対称となっています)。

赤くした狭い四角の空間のエレベーターボックスに、紫の制服を着た従業員の並び配置。ビビットな色で画面を構成しコントロールしていることで、これは架空な世界のおとぎ話に近いことを暗示しています。

パート2:列車のコンパートメント~古城に見られるシンメトリー

劇中様々なシーンで四角い部屋が効果的に登場

コンシェルジェのグスタヴ・Hの顧客のマダムD(ティルダ・スウィントン)の死亡事件から、ストーリーは動き出しますが、移動の場面に使われる列車のコンパートメントは、四角い狭い部屋で、車窓の風景の切り取りを含めて、シンメトリーな画面構成を有効に活かせる空間になっています。マダムが住む古城のキッチンの場面や、ホテルの従業員の部屋は、極端に細い部屋には、まだ時代的に使われてなかったはずの天井の蛍光灯が、遠近感をより強調するために効果的に使われています。

パート3:グスタヴが逮捕された拘留所に見られるシンメトリー

マダムDの長男ドミトリー(左から2人目)の陰謀で逮捕される事になるグスタヴ・H(右)

殺人容疑で捕まってしまったコンシェルジェのグスタヴ・Hは、第19犯罪者拘留所に入れられてしまいます。つまり刑務所ですが、四角い画面にシンメトリーを強調するためには、もっとも適した場所です。縦横が均一な鉄格子、四角い窓、見通しの良い長い廊下、全員ボーダー柄の囚人服、左右対称の三段ベッド、警官対囚人と。ストーリーとは別に、この映画の画面構図の印象付けという点では、ハイライトのパートです。

物語の展開でも、ベルボーイ(後のホテルオーナー)ゼロ・ムスタファが、グスタヴ・Hから「お前は、何故故郷を出てきたと?」非難めいた質問をされて、故郷のアク・サリ・アル・ジャパットの村々は焼かれ、親、家族は皆射殺されて難民になったことを告白します。そして、二人は兄弟の誓いと契約をします。これは、今日のヨーロッパの難民問題を想起させます。

パート4:逃亡先の修道院に見られるシンメトリー

劇中の菓子店「メンドル」の制服を着たグスタヴとゼロ(右)。制服は個性を消す記号でもある。

ホテル・コンシェルジュのネットワーク「鍵の秘密結社」の協力を得て、山上の修道院に逃亡したグスタヴ・Hたち。

修道院の教会建築は、長い回廊、祭壇につながるカーペットに、狭い懺悔部屋とシンメトリーを強調するためにはうってつけの空間です。そして修道服は、囚人服同様に、それぞれの個性を消せ画面上の記号へと昇華させられます。移動手段のケーブルカーのミニチュア模型、逃亡に使われるオリンピックのスキーコース、これらもシンメトリーの構図に有効に使われています。

パート5:悪名高い組織のロゴにもシンメトリー!?

伝説のホテル「グランド・ブダペスト・ホテル」も、ナチスドイツを思わせる団体に兵舎として接収されています。アールヌーボーデザインのホテルカウンターや、柱の上にナチスを連想させるシンメトリー柄の旗が棚引いています。

オレンジ・赤・青・緑・茶色に記号化された秘密結社のメンバーの助けも受けて、グスタヴ・Hの罪も晴れ、マダムDの遺産としてホテル、新聞社、古城、絵画などを受け取りますが、彼は「老人にはなれなかった」と続きます。つまり長生きは出来なかったということです。そしてそれらは兄弟の誓いを交わした、ベルボーイであったゼロ・ムスタファに引き継がれます。

国一番の大富豪となっても、誰よりも深い孤独を味わうゼロ・ムスタファ

物語は、最後のパートだけ白黒フィルムになった列車のコンパートメントで終わります。回想が終わり、アスペクト比が横長ワイドで、ビビットなカラー画面に戻った時に、私たちも、閉じ込められた窮屈な四角い世界から戻ることが出来ます。そして、今度はワイド画面でなくては出来ない、ゆったりとしたシンメトリーの構図が、ホテルロビーに展開され解放感に浸れます。まさに、ウェス・マジックとも言える場面転換の妙を堪能する事が出来ます。

アンダーソン監督がヒロインの頬に秘めたメッセージとは?

最後に、ケーキ職人を目指すヒロインであるアガサ(シアーシャ・ローナン)は、左の頬にメキシコ国型の痣があります。徹底的にシンメトリーに拘りながらも、無償の愛の象徴であるヒロインの片頬に痣を付け、アシンメトリー(左右非対称)にする監督の意図がどこにあるのかは謎です。そこに、この映画で伝えたい、深い意味があるのでしょう。

実は現代を予見していた!?本作から読み取れる国際問題

富裕層が集い、誰もが憧れる華やかなホテルだった、かつてのグランド・ブダペスト・ホテル

『グランド・ブダペスト・ホテル』は、1900年代前半のナチスドイツ、旧東ヨーロッパ、オーストリア帝国などを連想させますが、難民問題を抱える現在のヨーロッパとも重なります。
トランプ大統領登場以前に、メキシコ国型の痣を持つヒロインがいることに、今のアメリカに重なる物語にも読み取れてしまうところにも、この作品の深さと予言性を感じます。
その意味では、シンメトリーに徹底的に拘ったコメディタッチのミステリーにしなくては、メッセージ性が強すぎる重たい内容になってしまったのかもしれませんね。

これはインテリア・スタイリングよりも、構図とイメージが優先された特別な作品だと思いますので、是非、あなたもウェス・ワールドを訪れてみてください。

『グランド・ブダペスト・ホテル』

ブルーレイ発売中
¥1,905+税
20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン
©2015 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

Writer:木村新治(株式会社インテリアズ)

イタリアの最高級キッチンBoffi社、ミラネーゼから支持されているDepadova社の家具などハイエンドなデザインアイテムを輸入販売をしているè interiors で、プロジェクトデザイン・ディレクターを担当している。

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