京都の町屋でインテリアコーディネート業を営むDECO-TE(デコ・テ)と申します。
このコラムでは映画のインテリアに焦点をあて、物語をより深く味わう体験を一緒に楽しんでいきたいと考えています。映画のセット、背景をつくる方々を「美術さん」とよびますが、インテリアコーディネーターが「こうありたい」という理想や未来に向かって部屋を作るのに対して、彼らは過去の蓄積が表出した姿を作り込みます。映画をみるときはおしゃれかどうかは関係なく、住人の人間性がダダ漏れているお部屋にキュンとします。
毎回その映画の空気感を感じられるようなアイテムもご紹介していきますので、お楽しみいただければ幸いです。
今月配信されるニュージーランドの『薬 / Medicine』はショートフィルムならではの作品でおすすめしたい一本です。インドを旅するバックパッカーのカップルが出会ったのは、バスで乗り合わせた老婆、赤ちゃんと幼い女の子を連れています。異国を旅する不安感と日常からまったくかけ離れた文化に接した時のわくわくが入り混じった感覚をひさしぶりに思い出しました。ボロボロすぎるバス、システマティックに荷物を屋根に放り投げる人の意味不明な掛け声など、高揚感と恐怖感といった振れ幅の大きい感情をスピーディーに描いていて引き込まれました。
さて、今月はいろんな意味でそんな”ボロボロ”が味わい深い、とっておきの映画をご紹介したいとおもいます。カナダの小さな港町で生涯を過ごした画家モード・ルイス、「カナダで最も愛されている画家」と言われる実在した女性の物語です。
幼い頃から若年性リウマチを患っていた彼女は叔母の家で同居していますが、常に押さえつけられぞんざいな扱いを受けています。なによりも自由と絵を描くことを愛する彼女は、ある日出会った漁師エベレットの下で、住み込みの家政婦として働くことを決意します。
© 2016 Small Shack Productions Inc./ Painted House Films Inc./Parallel Films (Maudie) Ltd.
たくましさと可愛らしさを併せ持つモード・ルイスを「シェイプオブウォーター」「パディントン2」のサラ・ホーキンス、無骨で不器用な漁師エベレットを「6歳のボクが、大人になるまで。」「ガタカ」のイーサン・ホークが演じています。脚本を読んですぐにサラの名前をメモしたという監督のいうとおり、2人の演技がこの映画の魅力を何倍にも膨らませています。社会的には、彼らの言葉を借りれば「履き古した靴下みたい」な二人ですが、だからこそペアとして初めて成立する彼らの交流が奇跡のように思えて、胸にしみます。
© 2016 Small Shack Productions Inc./ Painted House Films Inc./Parallel Films (Maudie) Ltd.
彼らが暮らすのは4メートル四方のちいさな家です。実際に彼らが住んでいた家を忠実に再現しています。撮影も自然光のもと家の中で撮影され、その小ささが実感できます。モードが初めて足を踏み入れた時は、無骨な男の一人暮らし、装飾などもちろんなく、すべてがボロボロで塗装ははがれ、錆びているようなものばかりといった状態でした。でもこれって実はインテリアスタイルでいうと「シャビースタイル」とか「ブロカントスタイル」とよばれる、今人気のスタイルなんです。そんな家(インテリアと呼ぶのはちょっと違う)の姿を見て、「そうか、私たちはこういう世界をスタイルとして再現しようと試みているんだ」と、ちょっとおかしな気がしました。ちなみにシャビーshabbyは英語で「着古した、みすぼらしい」といった意味、ブロカントbrocantはフランス語で「古道具、古道具市」を意味し、「美しいガラクタ」というようなニュアンスも含まれるそうです。モードが生まれたのが1903年、まさにそのころに使われていた道具が、今の時代ブロカントとして人々を魅了しています。
© 2016 Small Shack Productions Inc./ Painted House Films Inc./Parallel Films (Maudie) Ltd.
無口で人付き合いも苦手、劣等感からか「ボスは俺」と常に優位に立とうとするエベレットは、とにかく力ずくでモードを押さえつけようとします。しかし彼の家以外すでに居場所のないモードはなんとか家に置いてもらおうと縮こまりながらやり過ごします。そんな彼女が家の中で見つけたのが、錆びた缶に入ったグリーンのペンキ。愛おしそうに缶のふたについた塗料に指で触れるモード、彼女の世界はちゃんとそこにあるんだということがわかる、感動的なシーンです。
© 2016 Small Shack Productions Inc./ Painted House Films Inc./Parallel Films (Maudie) Ltd.
エベレットに頬を叩かれ泣きながら描いた一本の木、生活のためにしめた鶏が次の世界で楽しく過ごせるようにと壁に描かれた絵、そんな彼女の絵が家に少しずつ彩りを加えていきます。冬は雪で覆われる厳しい自然の中にたつ粗末な一軒家は、家どころか町からもほとんど出たことのないモードの絵のおかげでとても暖かく、自由で愛に溢れた場所へと生まれ変わっていきます。
© 2016 Small Shack Productions Inc./ Painted House Films Inc./Parallel Films (Maudie) Ltd.
もともとシャビースタイルの魅力は、人が使い続けてきた時間や手の温もりを感じさせるところにあります。かっこつけず自然体で、人々のために働いてきたものが持つ優しさ。不器用に黙々と働く、まさにエベレットのような存在です。そこにプラスされたモードの自由な精神と可愛らしさで2人の家ができている。2人の個性と交流が空間に体現されていく様子が見られる、奇跡のような映画です。
なんか目がハートマークなっちゃってるような、くさい紹介ですが、本当に大好きな映画なんです。人生疲れちゃって家がきたない時にもおすすめの映画です。
家具や食器はもちろん、分銅とか磁石とか「なにに使おう?」と思うようなものもあって、宝探しのような気分が味わえるお店です
『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』
原題:MAUDIE
監督:アシュリング・ウォルシュ
キャスト:サリー・ホーキンス、イーサン・ホーク
製作年:2016
製作国:カナダ,アイルランド
上映時間:116分
© 2016 Small Shack Productions Inc./ Painted House Films Inc./Parallel Films (Maudie) Ltd.