大宮の住宅街に突如現れた、シェアハウス・カフェ・映画館が一体となった複合施設「OttO(オット)」。その成り立ちは、一人の「設備屋のおじさん」が、土地の歴史と都市開発の矛盾に向き合い、偶然と必然をたぐり寄せた結果でした。
運営主である今井さんに、既存のミニシアターの枠組みに縛られない「持続可能な場所づくり」の哲学を伺いました。
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始まりは「映画館をやりたかった」わけではない
ーー駅からほど近いこの場所に、映画館とシェアハウス、カフェという非常にユニークな施設がを作られたきっかけを教えてください。

映画館前にとまる1960年シボレー・エルカミーノはロサンゼルスの友人(サーフボードシェイパー)が組み上げてショップトラックとして使っていたものを譲り受けたものだとか。今井さんが整備して今でも現役で走るそう。
今井: 実は、最初から映画館を作りたかったわけではないんです。ここはもともと妻の祖父母が住んでいた場所で、30年以上前から区画整理の計画がありました。義父が建て替えを考えていた際、「次の世代が管理しやすく、地域の人たちが集まれる場所を」と相談されたのが始まりです。
最初は駐車場にするのが一番手堅いかなとも思いました(笑)。でも、図書館でこの土地の歴史を調べると、かつては大宮の鉄道労働者たちの街で、娯楽施設があり、芝居や映画が上映されていたことが分かったんです。新しくなる街に、もう一度そういう「集まれる場所」を戻せたら、と考えたときに、映画館という形がパチっと頭の中でハマりました。
ーーOttOという名前の由来は?
今井: 息子から“おっ父”と呼ばれていまして、「おっとーの映画館だから“おっとー”でいいんじゃない?」と当時5歳の息子が言った事がきっかけで、調べてみるとイタリア語の「8」、横にすると無限大、日本語の「八」は末広がりで縁起がよく“八百万(やおよろず)”みたいな無限のスケール感もある。
ロゴにもしやすく、さらに語源を調べると古代ゲルマン語の「相続財産」でした。次の世代に残るものとするべくOttOとしました
「設備屋」の視点が導いた、持続可能な構造
ーー本業は設備工事をされているとのことですが、未経験からの映画館づくりで苦労された点は?
今井: 僕は今も現場で働く「設備屋のおじさん」ですから、映画館の知識はゼロでした。調べていくうちに、多くのミニシアターがデジタルシネマ(DCP)機器の更新費用や老朽化で苦しんでいる現実を知ったんです。
「映画館をやりたい」という熱い思いだけで作っても、数年で潰れてしまったら意味がない。だから逆のアプローチをしました。「映画館というソフトを残すために、どんなハード(建物)が必要か」という設計です。
スクリーンは壁にペイントすることでコストダウン。結果的にノイズの出ない解像度の高いものとなりました。「機能とコストを優先した結果生まれたものが随所にあります。」
賃貸住宅(シェアハウス)としての収益性を確保し、建物価値が下がらない仕組みを構築する。そして設備屋の知見を活かし、メンテナンスしやすく、更新コストを抑えられる構造を考え抜きました。例えばうちのスクリーンは壁に特殊な塗装を施した「ペイントスクリーン」です。通常は穴の空いた布製ですが、壁に投影することで驚くほど鮮明な映像になり、かつコストも抑えられる。これは世界でも珍しい試みかもしれません。

「シネフィル」のための場所にはしたくない
ーー空間に入った瞬間、非常に居心地の良さを感じました。この「開かれた空気感」はどこから来るのでしょうか?
カフェメニューの一つ、「500℃の高温になるピザ窯で焼くピザはとても美味しいです。」
今井: 僕は、いわゆる「シネフィル(映画通)」の巣にはしたくないと思っているんです。ミニシアターって、どこか知識がないと入りづらい、ハードルの高い場所になりがちですよね。でも、映画の楽しみ方は自由であるべきです。
だから、ここは「通り抜け」ができる構造にしました。トイレを借りに来るだけでもいい、カフェで宿題をする子供がいてもいい。赤ちゃんを抱いたお母さんや、仕事帰りのおじいちゃんがふらっと寄れる。「意味があるから行く」のではなく、「そこにあるから、つい足が向く」、または偶然の映画との出会いを作れる場所を目指しています。
ーー建築家の方とはどのようなお話をされたのですか?

最前列はどうしても見上げる姿勢になり、高額なリクライニングのシートを設置するより市販のクッションサイズに合わせたブースを造作する方が安上がりでした。
一角には小さな子供連れでも映画を一緒に楽しめる小部屋も。
今井: 建築家には「公共空間を一人で設計すべきではない」と言われ、料理家やNPO、キュレーターなど色んな人を集めて3年かけて対話を重ねました。「一緒に暮らすとは何か」という哲学的な議論からです。
「人は必然性のある空間に入ると落ち着く」という言葉が印象的でした。神社仏閣のように、役割から生まれた形。だから、ここは「見せかけのおしゃれ」ではない、必然性から生まれた空間なんです。
地域とつながる「民間個人がやる公益事業」
ーー行政の都市開発に対しても、ご自身で調査をされたりと深く関わっていらっしゃいますね。
今井: 道路計画などを調べていく中で、短期的な収益やタワーマンション建設を優先するような開発のあり方に疑問を持ちました。僕がやりたかったのはその逆で、「地域のために必要なものとしての映画館」です。
地域の人に「映画館を作ってくれてありがとう」と言われた時は驚きました。文句を言われると思っていたので(笑)。今はシェアハウスに住んでいる保育士さんや歯科医の方が、お昼休みに戻ってきたり、住人同士で遊びに行ったり。映画好きばかりではない人たちが、ここに住むことで映画を見るようになる。そういう新陳代謝が生まれているのが嬉しいですね。
これからのOttO
ーー最後に、今後の展望を教えてください。
今井: 僕がいなくなった数十年後も、ここがきちんと回っていて、次の誰かが何かを生み出せる場所であり続けてほしい。作品選びも、LGBTQや戦争、ドキュメンタリー、短編など、境界線をなくして幅広く扱っています。
「こうあるべき」という強い信念があるわけではないんです。ただ、目の前の必然に従って、プロの人たちに力を貸してもらいながら、偶然の出会いを大切にしていきたい。人生、何が起きるか分からないから面白いんですよね。
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インタビューを終えて
「映画館を作りたかったわけではない」と語る今井さんの言葉は、むしろ誰よりも真摯に映画館の未来を見据えているように聞こえました。地域の歴史を掘り起こし、建物の構造から持続可能性を設計する。OttOは、大宮という街に静かに、しかし力強く根を張る「新しい公共の形」でした。
プロフィール
1969年生まれ。
小学校から大学まで水泳選手として過ご、大学の体育会の体質が好きではなく2年で退学。芝居の世界に少々関り、アルバイトだった設備工事業でなりゆきで独立。
2019年初頭、義父から相談を受けていた建て替えに「映画館がここにあったら」と思い付き、情報収集のために色々な人を訪ね歩き実現のアイデアを練る。
着想から工事開始まで4年を費やし、2025年4月29日に「OttO」オープン。
https://otto-extended.com/
Writer:BSSTO編集部
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