シネマチックなライフスタイルのヒントを様々な視点から紹介するコラム「Cinema for Life」。
今回は、コンピュータの人工知能=AI型オペレーティングシステムに恋をする男を描いた物語『her/世界でひとつの彼女』を、ライフカルチャーの視点からインテリアの総合商社 株式会社 藤栄の松延友記氏に語って頂きます。
© 2015 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved.
本作は、そう遠くない未来のロサンゼルスを舞台に、相手に代わって想いを手紙に書く代筆ライターのセオドア(ホアキン・フェニックス)が、人工知能=AIのサマンサ(声のみ:スカーレット・ヨハンソン)と恋に落ちる物語。
監督のスパイク・ジョーンズは、映画監督という以前に映像作家として有名な人物。
昨年は彼が手掛けた「Apple HomePod」のCM が、「これは実写?それとも CG?」と、話題をさらいましたが、今から20年以上前の1994年には、ヒップホップ×ハードコアパンクの鮮烈なサウンドで音楽シーンのみならず、ストリートカルチャーに多大な影響を与えた音楽ユニット、ビースティ・ボーイズの代表曲『SABOTAGE』のミュージックビデオを監督したことでも知られています。
このビデオには、どこか懐かしいアメリカの刑事ドラマパロディのような内容と、3人の大げさでふざけた演技、映像がスピーディーに切り替わる手法にくぎ付けになりますが、スケートビデオ「Video Days」、ファッションブランドGAPのCM「Pardon Our Dust」、アイルランドを代表するアーティストbjörkのミュージックビデオ「it’s oh so quiet」、そして俳優ジョン・マルコヴィッチを巡る奇想天外な映画『マルコヴィッチの穴』など、変幻自在にトリッキーな映像を撮り続ける彼は、いずれの作品でもカルチャーに影響を与え続けています。
今回ご紹介する『her/世界でひとつの彼女』でも、AIやロボット技術の進化で働き方や生き方の再定義が求められている現在のライフスタイルについて、大きく考えさせられる作品になっています。
© 2015 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved.
スパイク・ジョーンズならではの映像美と、人間がAIと恋に落ちるおとぎ話のようなストーリー展開には誰もが魅了されると思いますが、とりわけ美しいと感じてしまうのが、セオドアが働くオフィスのインテリアです。
セオドアの職業は手紙の“代筆ライター”。
オフィスではセオドアの他にもスタッフが日々、クライアントのために手紙を代筆していますが、手紙を書くコミュニケーション自体が珍しくなった近未来という設定だからこそ、それを代筆する職業が成立するのでしょう。
カラーチャートのようなカラフルな窓ガラスやパーティションは、それぞれ一つずつでも美しいのですが、透過性があり、重なり合うことで色が変化して楽しめるため、人の感情や気持ちを表現するためのオフィスらしいインテリアとして調和されています。
セオドアのような超アナログな職種でなくても、ダイバーシティ(人材の多様性を認める考え方)やインクルージョン(多様な人材それぞれを活かす考え方)が求められる現代において、多くの企業が取り入れるべきオフィスインテリアだと感じました。
© 2015 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved.
この映画のグラフィックデザインを担当したのはグラフィックアーティストのジェフ・マクフェトリッジ。スパイク・ジョーンズと共にストリートカルチャーシーンを牽引してきた2人のタッグもこの映画の魅力のひとつです。
タイトルバックにはじまり、先述したセオドアのオフィスの壁に描かれたイラストもジェフのアートワークですが、一番注目すべきはサマンサ自身と言っても過言ではないコンピューターデバイスやモバイル端末とそのインターフェースです。
© 2015 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved.
特にサマンサのローディング画面はメビウスの輪のようなデザインとなっており、これは「輪廻」や「変化し続けること」、すなわちサマンサ=AIには限りがないことを伝えたかったのではないでしょうか?
これにより、スカーレット・ヨハンソンの演技によるサマンサのセクシーさや美しさの表現だけでなく、ジェフのデザインからも、人間にとって便利で機能的な人工知能は、それ自体も人間と同じように生々しいものとして落とし込まれているように感じることができるようになっています。
© 2015 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved.
But with you my dear
I’m safe and we’re a million miles away
でも あなたと一緒なら
何も心配ない100万マイルかなたでも。
バカンスに出かけた2“人”がステイしたロッジで、セオドアがウクレレを弾きながら即興的につくって歌うシーンは、とてもラブリーかつムーディーで見逃せないシーンです。
この曲を作曲したカレン・Oは、実はスパイク・ジョーンズの元恋人で、歌詞は彼女とスパイクの合作。
実は彼女がスパイクの作品に参加するのは初めてのことではなく、前作『かいじゅうたちのいるところ』(2009年)のサウンドトラックにも彼女の名前がクレジットされています。
一緒にいるときはもちろん、別れてからもこんなクリエイティブをアウトプットする関係性を続けられるって何とも羨ましい関係ですね。
© 2015 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved.
この映画は、AI=人工知能やロボット技術に関するニュースや情報が毎日のように報じられ、それらと共存することが当たり前になった現代社会のイデオロギーを反映しています。
AIが発達し、人間の知性を超える特異点は2045年と言われていますが、監督のスパイク・ジョーンズは、テクノロジーの進化によって人間関係の希薄化、強いては人間性の低下をも危惧しているのではないでしょうか。
そしてそんな未来に、人間はどう生きていくのか…。
“より人間らしく、より心と情を育んで”
ストーリーはもちろんのこと、この映画全編にみられる赤やオレンジなど温かみのあるカラートーンや、ふりそそぐ陽光のライティングも、それを表現して包み込んでくれているように感じました。
『her/世界でひとつの彼女』
DVD ¥1,429 +税
ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
© 2015 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved.