海水浴客で賑わう江ノ島から電車で一駅。閑静な住宅街に囲まれた鵠沼海岸商店街の一角に佇む「映画と本とパンの店・シネコヤ」。こだわりの映画と本を用意して街の人たちを温かく迎える竹中翔子さんが、オススメの1本と1冊をつづる連載コラム。
新型コロナウイルスの流行を受けて、2020年4月下旬現在、シネコヤはお休み中。お店を整えて来るべき再開に備える竹中さんに、今の想いをお寄せいただきました。
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ここは、昭和に建てられた元写真館。この場所は、鵠沼海岸で暮らす地元の人たちにとって、七五三、成人式、結婚記念の写真など、家族の記念日に訪れる特別な場所でした。地元の人に愛された元写真館の「空間」を受け継いで、鵠沼海岸の町の中で物語をつなげていきたい…そんな願いを込めて。
2020年4月8日で「シネコヤ」は、3周年を迎えました。
「シネコヤ」は、神奈川県藤沢市の鵠沼海岸商店街(マリンロード)の一角にあります。
文化的で地元の人たちが集う小さなお店を作りたいと思い、大好きな映画と「小屋」という小さなイメージをつなぎ合わせ「シネコヤ」と名付けました。
貸本屋(ブックカフェ)を主体とした、映画をコンセプトに選書した本やアートブック、映画雑誌、昔のパンフレットなどに囲まれたお部屋で映画も楽しめる…「映画と本とパンの店」というちょっと不思議なスタイルのお店です。1階にはパン屋さんがあり、珈琲を飲みながら、本を読んだり、映画を楽しんだり。それぞれが自分の時間を過ごせるような空間づくりをしています。
シネコヤは、街の中に「本」や「映画」の文化的な空間を残していくことを目指しています。
生活の身近なところに、「本」「映画」が与えてくれる豊かな時間を、これからもお届けできたらと思っています。
そんな中、3周年となるその日を、休業で迎えることになりました。
3月28日、最初の外出自粛要請から、シネコヤでは早期に休業という判断しました。ミニシアターなどでは感染対策に配慮しながら営業を続けているところも、休業を決めたところもありました。シネコヤは休業を選択しましたが、運営において厳しい状況が続くことになるため、経営的な観点からも、営業継続か休業かどちらを選択しても苦しい判断だと感じていました。
こうなってみて、日々の中でお話したり、映画の感想を伝え合ったり、オススメの本を紹介してもらったり…店内で当たり前に過ごしていた時間がいかに大切であるか、ということを切実に感じています。
休業が長く続く中で、不安も多いですが、励まされることも同時にたくさんありました。
多くの方から心配してメッセージをいただいたり、応援のコメントをいただいたり、あったかい気持ちになる出来事がたくさん。そうして日々を過ごしていく中で、今は、この状況の中で「できること」を一つずつコツコツとやっていこう、という思いに変わってきました。
やりたいと思っていたことや、今だからこそ発想できること、何ができるか、どう楽しむかを、探りながら日々過ごしています。
シネコヤとしても、「本」「映画」の与えてくれる豊かさを何かの形でお届けできるよう、模索している最中です。
その一つとして、イベント時代の2015年からつくりはじめ、ゆっくりじっくり、続けてきたシネコヤオリジナルzine「月刊シネコヤ(小冊子)」をリニューアルすることになりました。「月刊シネコヤ」は、“シネコヤファンクラブ”の会員にお届けしている、手づくりの限定冊子です。
シネコヤのスタッフやボランティアがオススメする、映画・本・音楽・マンガなど、カルチャーへの愛に溢れた読みものが満載。「情報」も「読みもの」も、今はネットにたくさんあふれているけれど、「紙」で届く喜びを、シネコヤは大切にしたいと思っています。
※今回は通常時の会員システムに加え、「小さくできる応援」・「寄付込みプラン」も。
詳細→http://cinekoya.com/event/6873/
いつ、今までのような生活が戻ってくるのか…
そう考えると途方に暮れ、ものすごく遠いことのように感じます。
正直に言うと、これからのことなんて、「わからない」。
それが今言える、正直な答えだと思います。
感染は広がる一方で、良い方向に向かっているとは決して言えない状況です。
今、これから先の希望を書く(描くではなく、「書く」)のはとても難しいことだなと思います。
最前線で従事している方々の安全と、苦しい病の中にいる方々の一日も早い回復を、願っています。
自分には決してわかり得ない、壮絶な状況下であろうことを思うと・・・この章だけで、こうしてパソコンに向かったまま、何時間も書けないでいます。
一つだけ、書けることがあるとするならば、
目の前の、自分のできることをコツコツと進めておくこと。
それしかないと、思うのです。
今はお店でお客さまをお迎えすることができないけれど、こうした媒体を通して、「本」「映画」の与えてくれる時間を、少しでも共有すること。この空間に、またお客さまを迎えられるように、整えておくこと。当たり前の「できること」を、淡々と積み重ねていきたいです。
ここ数週間、心に余裕がない状態が続いていました。そんなときは、ある人の音楽と言葉を聴きたくなります。シーモア・バーンスタイン。
2017年オープンのとき、シネコヤは、この人の「映画と本」でスタートしました。
©2015 Risk Love LLC
『シーモアさんと、大人のための人生入門』
シーモア・バーンスタインは、50歳でコンサート・ピアニストとしての活動に終止符を打ち、以後の人生を「教える」ことに捧げてきました。ピアニストとしての成功、朝鮮戦争従軍中のつらい記憶、そして、演奏会にまつわる不安や恐怖の思い出。決して平坦ではなかった人生を、シーモア・バーンスタインは美しいピアノの調べとともに語ります。俳優イーサン・ホークが監督を務めた、ピアニストの半生を追ったドキュメンタリー。
「セイモアのピアノの本」
シーモア・バーンスタインの著書、まるで絵本のようにピアノの演奏や音楽について、優しく教えてくれます。詩を読むように、ゆったりと包み込むような言葉が並び、シーモアさんの声が聴こえてくるようです。音の表現を「子ネコのなで方」や「パンケーキ」、「聖堂のドーム」など、ファンタジーな世界観で、音楽が奏でる宇宙を旅しているかのような気持ちになります。
このふたつは、今でも私にとって特別な「映画と本」です。シネコヤが大切にしたいと思っていること、それを「映画や本」で伝えられたらどんなに素敵だろう。そう思い、このふたつをオープニングに選びました。
自分は何をしたいのか、本当の心はどこにあるのか…そんな風に心が迷子になっているとき、シーモアさんの語る言葉は静かに寄り添ってくれます。鍵盤を静かに叩く音、ペダルを踏む音、その一音一音が心に沁みわたり、そのうちに自分の声が聴こえてくるような気がします。
オープンを迎えた、初めての日の気持ちを思い出します。
営業再開の日が来るまで、店内を少しでもピカピカに磨き上げておこう。
それ以外に、自分のできることはないように思います。
【映画】 『シーモアさんと、大人のための人生入門』
2014年/アメリカ/72分
©2015 Risk Love LLC
■監督:イーサン・ホーク
■出演:シーモア・バーンスタイン、イーサン・ホーク、マイケル・キンメルマン
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【本】 「セイモアのピアノの本」
1992年|ハンナ|シーモア・バーンスタイン