ログイン
MAGAZINE
Aug. 21, 2021

【シネコヤが薦める映画と本】〔第37回〕『犬は歌わない』〜寄り添うドキュメンタリー〜

海水浴客で賑わう江ノ島から電車で一駅。閑静な住宅街に囲まれた鵠沼海岸商店街の一角に佇む「映画と本とパンの店・シネコヤ」。こだわりの映画と本を用意して街の人たちを温かく迎える竹中翔子さんが、オススメの1本と1冊をつづる連載コラム。
今回は、「ドキュメンタリー」における創造の可能性と真価について。

*******

ドキュメンタリーを観ていると《寄り添う》という言葉が、ときどきフッと思い起こされる。被写体に、あるいはそこで語られている物事やテーマに、《寄り添う》という言葉がぴったりくる。そういう類のドキュメンタリーがいくつかある。ここでいう《寄り添う》とは、とある主張を弁護するようなものではなく、横に座るというようなニュアンスのものだ。

映画『犬は歌わない』を観ている時に、この言葉が降りてきた。

原題“SPACE DOG”。その名の通り、旧ソ連の宇宙開発で実験台となったスペース・ドッグ…当時の実験映像と併せて、宇宙に放たれた野良犬たちの末裔かもしれない現在のロシア・モスクワの街で生きる野良犬たちの物語。

(C)Raumzeitfilm

(あらすじ)
1950年代、東西冷戦の時代。ソビエト連邦は宇宙開発に向けて様々な実験を繰り返していた。その中の一つがスペース・ドッグ計画。世界初の“宇宙飛行犬”として飛び立ったライカは、かつてモスクワの街角を縄張りにする野良犬だった。宇宙開発に借り出された彼女は宇宙空間に出た初の生物であり、初の犠牲者となった。時は過ぎ、モスクワの犬たちは今日も苛酷な現実を生き抜いている。そして街にはこんな都市伝説が生まれていた―ライカは霊として地球に戻り、彼女の子孫たちと共に街角をさまよっている…。
宇宙開発、エゴ、理不尽な暴力、犬を取り巻くこの社会を宇宙開発計画のアーカイブと地上の犬目線で撮影された映像によって描き出す、モスクワの街角と宇宙が犬たちを通して交差する新感覚のドキュメンタリー映画。

映画は、現代のモスクワの“野生の犬”を捉え、私たちの知っている“犬”の姿とは異なる様相を映し出している。宇宙開発に翻弄され犠牲となった“野良犬”たちの記録映像も衝撃的だ。
野良犬の目線の高さで、彼らと共になめらかに移動するカメラ。野良犬たちは、駐車場の車や街に置かれたゴミ箱、雨上がりの水たまり、街路樹の木の実…街のいたるところを生活の基盤にしている。街を行き交いながら、時折、激しく唸りを上げたり、吠えること以外は、まるでテレパシーのように視線で、しっぽで、静かに会話している。その中の一員になったかのように、カメラは共存していた。犬の感情などを説明するようなナレーションもなく、ただ、静かに野良犬たちに《寄り添う》ように。

(C)Raumzeitfilm

“ドキュメンタリー映画”と“テレビ・ドキュメンタリー”

近年は、“ドキュメンタリー映画”が豊作の時代。そこには機器のデジタル化ということだけではなく、過去に撮られたテレビや記録映像を用いて再編された映画も少なくはない。更には、東海テレビやチューリップテレビ(富山県)など、地方テレビ局が作ったドキュメンタリー映画も昨今高く注目されている。

その背景として、“テレビ・ドキュメンタリー”の存在は無視できない。「日本のテレビ・ドキュメンタリー」(丹羽美之(著))では、地域の放送局が記録してきたテレビ番組は歴史的なアーカイブとしてもとても貴重になりうると考えられる、と説いている。

本書の中で注目すべきは、1950年代〜現在(2019年)までの《民放ドキュメンタリー番組の系譜》と題した、テレビ・ドキュメンタリーの年表があり、これがとても面白い。現在でも放送されているフジテレビの『ザ・ノンフィクション』、テレビ東京の『ガイアの夜明け』、TBSの『世界遺産』など誰もが知っているドキュメンタリー番組の名前が並び、どの時代にどういったテレビ番組を、どのテレビ局が作っていたか、が事細かにわかる。

そこで見えてきたのは、《ドキュメンタリー》におけるテレビと映画の相関性だ。1960〜70年代、大島渚監督や新藤兼人監督などテレビには多くの映画人がテレビ・ドキュメンタリー制作に携わった。テレビ・ドキュメンタリーの中にそれまで無かった作家性が織り込まれ、創造性を与えた。その後1980〜90年代に入ると、ドキュメンタリー番組の制作は独立系プロダクションと呼ばれる番組制作会社が実質の中心となり、2000年代には是枝裕和氏や森達也氏など、テレビ・ドキュメンタリー出身の映画監督が誕生することになる。

《ドキュメンタリー》幸福な時代と、一つの疑問

1895年、映画の誕生からフィルムの持つ本質的な意義は「記録」と言える。映画やテレビでその表現方法は大いなる発展を遂げた。そうしてメッセージを他者や社会へ媒介する媒体として、尊厳を与えられた映像表現こそが《ドキュメンタリー》ではないかと思う。映画・テレビ・ネット配信へと、時代と共に《ドキュメンタリー》は創造の場を拡げていった。そのことは《ドキュメンタリー》の分野における幸福かもしれない。

(C)Raumzeitfilm

しかしここで、一つの疑問を持つ。創造の場が拡がった幸福時代の到来を喜ぶ一方で、少々エンターテイメント的で誘導的な、ある種のフィクションとも呼べる単なる“映像”の混在を見逃すわけにはいかない。映像に慣らされてしまった時代に、情報の真価を見極める視聴者の嗅覚も必要かと思う。

では、嗅覚を取り戻すために何をすべきか…これまでの《ドキュメンタリー》の歴史を振り返るのも良し、あるいはモスクワの“野良犬”たちに寄り添ってみるのも、ひとつではないか。
そういった《ドキュメンタリー》を届けていくのもシネコヤの役割かと感じている。

【おすすめの映画】『犬は歌わない』

■原題:Space Dogs
■製作:2019年
■監督:エルザ・クレムザー、レビン・ペーター
■シネコヤでの上映期間:〜9月5日(日)

【おすすめの本】「日本のテレビ・ドキュメンタリー」

2020年|丹羽美之 (著)

「映画とパンの店・シネコヤ」

【営業時間】
9:00〜18:00ごろ
※月火水、休業。HPでご確認ください。
【アクセス】
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6(鵠沼海岸商店街 旧カンダスタジオ)
小田急江ノ島線「鵠沼海岸」駅から徒歩3分くらいです。
【問い合わせ】
TEL:0466-33-5393(代表)
WEB:http://cinekoya.com/

Writer:竹中翔子(たけなか・しょうこ)

株式会社シネコヤ代表取締役
学生時代に映画館のアルバイトスタッフを経験し、映画の魅力にハマる。地元映画館の閉館を受け「もう映画館はダメだ!」と思い、映画だけではない+αの空間づくりを目指し、「シネコヤ」として本格的に活動をはじめる。鵠沼海岸のレンタルスペースで毎月2回、フードや会場演出をこらした映画イベントを主宰。2017年4月鵠沼海岸商店街の一角についに「シネコヤ」をオープン。貸本屋を主体とした「映画と本とパンの店」というコンセプトで新たなスタイルの空間づくりを行っている。

Share

この記事をシェアする

Related

0 0
記事一覧へ