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Jun. 23, 2021

【シネコヤが薦める映画と本】〔第35回〕「日本の小さな本屋さん」と映画『ブックセラーズ』で辿る
子どものころの街並み

海水浴客で賑わう江ノ島から電車で一駅。閑静な住宅街に囲まれた鵠沼海岸商店街の一角に佇む「映画と本とパンの店・シネコヤ」。こだわりの映画と本を用意して街の人たちを温かく迎える竹中翔子さんが、オススメの1本と1冊をつづる連載コラム。
今回は、シネコヤの原点となった「本の空間」そして本の未来を問いかける1本の映画について。

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街がおもしろくないな、と思う。主要なターミナル駅は見慣れたチェーン店の看板ばかりが並び、どこの駅も同じような駅で、「あぁ、この街に来た」という感覚は昔ほど無くなってしまった。
“昔”といっても、自分の幼少期の頃だから30年くらい前のことである。幼少期の記憶にある街並みは、今ではほとんどが消えてなくなってしまった。
喫茶店に文房具屋さん、駄菓子屋さんや古本屋さん…。
“営む店”は無くなっていってしまった。

子供の頃に、近所に古本屋が数件あった。休日はお母さんと一緒に近所の古本屋めぐりをして、古びた漫画の匂いを嗅ぎながら、自宅でゴロゴロ過ごしたりした。近所に古本屋さんがあることが当たり前で、お小遣いをもらっては、いつでも出かけていた。活字中毒というほど本の虫ではないけれど、古本屋さんの匂いを嗅ぐとワクワクして、本棚の隙間を通ると、まるで探検をしているかのような気分だった。「古本屋」という存在は自分という人間を構成する要素の一つとして、欠かせないものであった。
近ごろはそんな古本屋さんもほとんど無くなってしまった。

思い出す、古本屋さんの匂い

「日本の小さな本屋さん」(和氣 正幸 (著))には、全国の小さな本屋さんが見開きの大きな写真付きで紹介されている。古本屋だけでなく、店主が厳選した輸入物を取り扱うこだわりの本屋などが紹介され、“本好き”にはたまらない。魅力的な本屋さんが全国にこんなにたくさんあるのか、と見開きページいっぱいの店内の写真を眺めながら昔のワクワクを思い出す。ページをめくる度に、古本屋さんの匂いを思い出す。

思えば、本に囲まれた空間への憧れとノスタルジアが原体験となり、今のシネコヤの空間が出来たのだと思う。あの頃の古本屋さんの匂いは、間違いなく今でも私の中に、そしてシネコヤに色濃く存在しているのだ。

本は生き残っていけるのか…

シネコヤとして、とてもオススメしたい映画がある。ニューヨークのブックフェアに集う本にまつわる人々、“ブックセラーズ”を追ったドキュメンタリーだ。

© Copyright 2019 Blackletter Films LLC All Rights Reserved

(あらすじ)
社会の多様化やデジタル化で、本をめぐる世界は大きく変わってしまった。書店は、本は、未来に生き残るのだろうか…いや、本の魅力は絶対になくならない。本を愛する人たちのそんな思いに応えてくれるのが、本作『ブックセラーズ』だ。世界最大規模のNYブックフェアの裏側から、業界で名を知られたブックディーラー、書店主、コレクターから伝説の人物まで、登場する人々の本への愛情、ユニークなキャラクターには誰もが心惹かれずにはいられない。インタビューに登場するNY派の錚々たる作家たちや、ビル・ゲイツによって史上最高額で競り落とされたダ・ヴィンチのレスター手稿やボルヘスの手稿、「不思議の国のアリス」のオリジナル原稿など希少本が多数紹介されるのもたまらない魅力だ。本を愛するすべての人に届けたい一級品のドキュメンタリーである。

世の中にはこんなに美しい本があるのか、とその美しさに目を奪われてしまった。まるで映画の小道具のような美しい本たち。子供のようにキラキラした目でその本について話す人々は“ブックセラーズ”と呼ばれるコレクターや、書店オーナー。見惚れてしまう様々な書店の風景は、子供の頃に古本屋で感じた本棚の隙間のワクワク感を思い出させた。

© Copyright 2019 Blackletter Films LLC All Rights Reserved

そして映画は、本屋の未来に問いを投げかける。
果たして本屋は、あるいは彼ら“ブックセラーズ”は、更には“本”そのものが、これからの時代に生き残っていけるのか…。

人は“言葉”の生き物だから、それを綴る“本”には特別な存在感がある。言葉の表現の幅は、加減を知らずどこまでも広がっていく。幾通りもの言葉の連なりは、無限の可能性を生み出していく。“本”はまるで、宇宙そのものだ。
“ブックセラーズ”や、“街の小さな本屋”さんは、その存在を私たちに教えてくれる伝道師でもあった。かつて街に存在していた古本屋さんは、皆そうだった。
いつまでも、どこまでも、本棚の隙間の冒険は終わらない…そう願いたい。

© Copyright 2019 Blackletter Films LLC All Rights Reserved

“営む店”があるということ

シネコヤのある「鵠沼海岸商店街」には、生活必需品に伴う商店が揃っている。八百屋、精肉店、酒屋、米屋、花屋、理髪店…と昔ながらのお店もありながら、スペシャルティコーヒーのカフェ、イタリアンやフレンチなどの飲食店、美容室、雑貨屋さん等若い層の出店も多い。
商店街を歩けば、生活に必要なすべてのものが揃っているし、ちょっと友だちとごはんでも…と遊ぶこともできる。各地で衰退していく商店街の中でも珍しく、なんとも充実した商店街なのだ。
そういえば、子供の頃に記憶している街並みと少し似ている気がする。残念ながら古本屋さんはないのだけれど。

そんな商店街の一角にシネコヤを開いた。この街の“営む店”の一員になれたらいいなと思う。
小さな“営む店”が連なり続く道。そういうものが街をつくっているのだと思う。

【おすすめの本】 「日本の小さな本屋さん」

2018年|エクスナレッジ

【おすすめの映画】『ブックセラーズ』

■監督:D・W・ヤング
■シネコヤでの上映期間:6月26日(土)〜

「映画とパンの店・シネコヤ」

【営業時間】
9:00〜18:00ごろ
※不定休(公式ウェブサイトにてご確認ください)
【アクセス】
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6(鵠沼海岸商店街 旧カンダスタジオ)
小田急江ノ島線「鵠沼海岸」駅から徒歩3分くらいです。
【問い合わせ】
TEL:0466-33-5393(代表)
WEB:http://cinekoya.com/

Writer:竹中翔子(たけなか・しょうこ)

株式会社シネコヤ代表取締役
学生時代に映画館のアルバイトスタッフを経験し、映画の魅力にハマる。地元映画館の閉館を受け「もう映画館はダメだ!」と思い、映画だけではない+αの空間づくりを目指し、「シネコヤ」として本格的に活動をはじめる。鵠沼海岸のレンタルスペースで毎月2回、フードや会場演出をこらした映画イベントを主宰。2017年4月鵠沼海岸商店街の一角についに「シネコヤ」をオープン。貸本屋を主体とした「映画と本とパンの店」というコンセプトで新たなスタイルの空間づくりを行っている。

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