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Oct. 23, 2021

【シネコヤが薦める映画と本】〔第39回〕『僕は猟師になった』〜生きるということ〜

海水浴客で賑わう江ノ島から電車で一駅。閑静な住宅街に囲まれた鵠沼海岸商店街の一角に佇む「映画と本とパンの店・シネコヤ」。こだわりの映画と本を用意して街の人たちを温かく迎える竹中翔子さんが、オススメの1本と1冊をつづる連載コラム。
今回は、映画『僕は猟師になった』から、”生きること””食べること”との向き合い方について。

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“食べるものをとる”とは、なんと尊いことだろう。「採る」「獲る」どちらでもよいのだけど、自分は“食べるものをとる”とは縁遠い生活をしている。食品は当たり前にお金を出してスーパーで買う。パックされた肉や魚だけでなく、野菜までもがカットされていて、原型がどんな形だか知らないものも多い。
なんだか味気ないな、と思う。“食べる”ことはしているものの、本物を食べていないような気がした。映画『僕は猟師になった』を観ると、より一層、そう感じるのだ。

(あらすじ)
2018年にNHKで放送された「ノーナレ けもの道 京都いのちの森」には、再放送希望が異例の1141件も届く…。京都、コンビニもほど近い街の中。わな猟師・千松信也(せんまつしんや)さんは、自分で獲ったイノシシを、薪ストーブで煮込み、スープにした。薬味は、子供たちが畑で摘んだネギ。仕上げに、飼っている鶏の卵を落とした。家のまわりのものだけで食事ができた。「命」を食べ「命」に変えている。直径たった12cmのわなで、広大な山のなか、まだ見ぬ獲物と知恵比べする。捕らえられてもなお、牙を鳴らし、荒い鼻息で抵抗するイノシシを制し、ナイフでつく。「命を奪うことに慣れることはない」と千松さんは語る…。

平日は運送業者で働く千松さんは、生業としての猟師ではない。あくまでも、自分や家族、友人が食べる分だけ。1シーズン10頭ほどあれば十分に足りる。千松さんが行う猟は“人間以外のほとんどの野生動物がやっているような「生きるための食料を自分の力で獲る」という行為”。その考え方がとても好きだな、と思った。果たして自分は「生きるための食料」を本当に食べているだろうか…。
見開く目の玉の奥が、静かに生気を失っていく。イノシシの脇から流れる真っ赤な血。命をいただくということの実感がないまま、ただただ口に運ばれる“食べ物”を本物と呼べるだろうか。

“食べるものをとる”とは、生きること

食べ物を獲ることや、育てることは、“生きる”ことに直結している。そういう生活に憧れがあって、何一つ出来ていない自分は、もはやほぼ“生きていない”のと同じではないか…?と思うことさえあった。イノシシを獲れるようになろうとまでは言わないが、植物でも、虫でも、魚でも、あるいは種から作物を育てることでも、“食べものをとる”ことは“生きる”上で最上位に大切なことのはずなのに、社会では“生きる”ことの最上位に「お金」が挙がってしまう。それは間違いとは言わないが、生き物として不健全であるように感じる。
今の仕事も、自分の人生も贅沢すぎるほど充実しているけれど、千松さんの生き方を見て、自分の生活の一部に“食べものをとる”時間が必要だなと思う。

心のジレンマを取り除く方法

・・・と言いつつも、忙しいことを理由にコンビニ弁当で済ませてしまうことも少なくない。兼ねてから土作りや作物を育てることに興味がありながら、忙しさを理由に後回しにしている中で、こういった映画に出会うと、なんだか居心地が悪くなる。
ときどき、気持ちのバランスが取れないときがある。こういった映画を届けることと、自分の実生活があまりにかけ離れていて、理想とする生き方には程遠く、がっくり肩を落としている。

あるとき、友人に「気持ちの整合性が取れないんだ」と話したことがある。
その翌日に友人からきたメッセージ。

シネコヤで観なければ知らないことがたくさんある。
そういう生き方があることを、映画を通して知って、こんなにも感動してるんだ。
人は食べるだけじゃなくて、感動がないと生きていけない。
その感動を届ける仕事をしているんだから、そんな風に思わなくていいんだよ。

なんとも恥ずかしいというか、恐れ多いのである。
しかし確かに、映画は“生き方”を教えてくれる。
私自身もまた、映画を届ける立場でありながら、
“映画を通して知って、こんなにも感動してる”のだから。

そんな映画の作り手たちに、敬意と感謝を持って、
まずは、少しでも多くの人に届けられるような空間を作りたい。
その日から、改めてそう思うようになった。

そんなわけで、日々シネコヤの仕事に精を出しながら、その友人のススメで庭で土作りをはじめた。土に触れるのは気持ちがいい。日によって土の状態が違う。天気がいい日、湿気の多い日、雨の次の日…土の匂いも変わって面白い。
まだまだ“食べるものをとる”生き方へは程遠いけれど、野菜が植えられる土になったら、来春に向けて何か“食べるもの”を植えてみよう。ただひたすらに土をかき混ぜるだけだけど、とても心地がよくて心のジレンマも溶けていくように感じた。

【おすすめの本】「けもの道の歩き方」

2015年|千松信也(著)
※上映期間中、シネコヤで販売。

【おすすめの映画】『僕は猟師になった』

■監督:川原愛子
■上映期間:10月28日(木)〜10月31日(日)
※月火水、休業。HPでご確認ください。

「映画とパンの店・シネコヤ」

【営業時間】
9:00〜18:00ごろ
※月火水、休業。HPでご確認ください。
【アクセス】
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6(鵠沼海岸商店街 旧カンダスタジオ)
小田急江ノ島線「鵠沼海岸」駅から徒歩3分くらいです。
【問い合わせ】
TEL:0466-33-5393(代表)
WEB:http://cinekoya.com/

Writer:竹中翔子(たけなか・しょうこ)

株式会社シネコヤ代表取締役
学生時代に映画館のアルバイトスタッフを経験し、映画の魅力にハマる。地元映画館の閉館を受け「もう映画館はダメだ!」と思い、映画だけではない+αの空間づくりを目指し、「シネコヤ」として本格的に活動をはじめる。鵠沼海岸のレンタルスペースで毎月2回、フードや会場演出をこらした映画イベントを主宰。2017年4月鵠沼海岸商店街の一角についに「シネコヤ」をオープン。貸本屋を主体とした「映画と本とパンの店」というコンセプトで新たなスタイルの空間づくりを行っている。

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