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MAGAZINE
INTERVIEW
May. 01, 2018

【FRONT RUNNER】お気に入りがつまった夢の箱
「映画と本とパンの店・シネコヤ」に聞く
映画のある暮らし

皆さんはお気に入りの映画はお持ちだろうか?お気に入りの本は?食べ物は?音楽は?-好きなものに囲まれたお気に入りの場所を作りたい。そんな夢を描いたことのある方は多いだろう。
海水浴場や水族館を訪れる観光客で賑わう片瀬江ノ島の一駅隣、鵠沼海岸の商店街に「映画と本とパンの店・シネコヤ」がある。写真館だった建物をリノベーションしてできた場所で、1階には自家製酵母パンの美味しいパン屋、1階奥と2階は20席弱の貸本屋で映画も流れている。1日券を買って映画と本をゆっくりじっくり味わうことのできる夢のような空間だ。
地元藤沢市出身のオーナー・竹中翔子さんは、お気に入りを詰め込んだ夢の箱を自らの手で形にした人物だ。竹中さんが持っていたものは、地域の映画館が閉館してしまった街で、映画のある場所をつくるという夢。そして、子どものころから大好きだった古本に囲まれた空間を作る夢だ。夢の実現に向けてどういった道を歩んできたのか、シネコヤで実現したいことは何か。日差しが暖かくなってきた早春の午前、シネコヤを訪ね話を聞いた。

まず初めに、どういった経緯でシネコヤを始めたのでしょうか?

竹中
もともと映画が好きで、大学は芸術学部の映像学科で学んでいました。最初のうちは作り手になりたくて16mmで映画制作などもしていたのですが、地元の映画館がなくなったことを機に、作っても流す方法がないことに問題意識を感じるようになったんです。
藤沢の街には映画館が2館あったのですが、2007年と2010年に相次いで閉館してしまいました。人口43万人の藤沢でも映画館がなくなっていくことに、「映画館」という業態の限界を感じましたね。

竹中翔子さん

地方の過疎地ならまだしも、藤沢くらい大きな街で映画館が成り立たないのは意外です。

竹中
映画上映会のボランティアをしていたのですが、頑張って宣伝しても数百席のホールを埋めるのは難しいんです。映画だけだと来る層は限られてしまう。多様な映画の楽しみ方や映画以外の目的がある場所づくりが必要だと思うようになりました。そこで考えるようになったのが「飲食店くらいの小さな規模で映画を楽しむ場所を作る」ことでした。「館」ではなく「小屋」だから「シネコヤ」です。
卒業後は、地元のまちづくりNPOに勤めていたのですが、その仕事の傍で、ご縁のあったイベントスペースで2013年8月から2〜3ヶ月に1回のペースで映画上映会を開くようになりました。約3年半、上映会で経験を重ねた上で、2017年4月に満を辞して「シネコヤ」を開店しました

2階の空間。上映時には正面のスクリーンに映画が投影される。

確かにシネコヤさんは映画館というスタイルではないですよね。パン屋でもあり、図書室のようでもあり・・・。

竹中
シネコヤは1日店内で本を楽しめて、映画も流れる「貸本屋」です。2週間おきにかわるプログラムも、本をメインで考えて映画を紹介しているんです。たとえば、茨城のり子さんの詩集が好きで、今(取材当時)は詩をもとにした映画を流しています。

本に対するこだわりは、どんな所から来ているのでしょうか?

竹中
子どもの頃から本に囲まれた環境で育ちました。特に古本屋に家族でよく出かけていて、古本に囲まれた空間が大好きになりました。古本の独特な匂いや、壁一面に本が詰まったディスプレイにワクワクします。個人店だから店によって取り扱う本が違うし、自分にとっての「お気に入り」を持つことが楽しいんです。
そんな古本屋も映画館と同様に街から姿を失くしつつあります。古くて人間味のある場所を残したいという想いが、今のシネコヤの形につながっていますね。

この場所も古い写真館をリノベーションして作られたんですよね。内装やインテリアも温かみがあって素敵です。

竹中
照明のシェード、床や天井のクロスなど元々あったものを生かしています。イベント型で上映会をやりながら、常設の場となる物件を探して商店街を歩いているときに見つけたのがこの場所です。外から見える大きなショーウィンドウが魅力的でした。テナント募集が出ていたので内覧をさせてもらったところ、作りたい世界のイメージが膨らんで、ここで営業することを決めました。

映画や本はどのような基準で選んでいらっしゃるのでしょうか?

竹中
自分が好きな映画、自分が好きな本を選んでいます。ジャンルは雑食で、メジャーな作品もマイナーな作品も企画しています。たとえば「北欧」をテーマに北欧映画とムーミンの童話集を組み合わせるなど、テーマを決めてから個別の作品を決めるのですが、その過程が楽しいです。少女漫画や原作映画も好きなので、いつか少女漫画祭りを開催しようと考えています。

シネコヤのもう1つの要素である「パン」についてはいかがですか?

竹中
自家製酵母のパンの「チコパン×クゲヌマ」が焼いています。元々は家族やお友達のために焼いていた鵠沼のチコさんのパンはとても優しい味で、大好きでした。オープンのときにお声掛けして、シネコヤで焼いてもらうことになりました。カウンター裏のキッチンスペースにオーブンがあって、毎日10種類以上のパンを焼いています。

「プチパン イチジク&ブルーチーズ」をいただきましたが、生地がみっしりとしていて、噛むと自然な甘みがふわっと広がってとても美味しかったです。

竹中
私が上映会をしていたイベントスペースでのマルシェで、初めてチコさんのパンを食べました。それまで自家製酵母のパンって固くて酸っぱいものだと思っていたのですが、食べると疲れた身体にパンが染み渡っていくようで、パンってこんなに美味しいものだったんだと驚きました。

開店されてから1年。シネコヤは藤沢市民のライフスタイルをどのようにかえましたか?

竹中
お客様で多いのは地元の方、徒歩や自転車の範囲の方々が年間パスポート会員になって通ってくださっています。「もともと映画は好きだけれど、都内の映画館まで足を運ぶことはない。近くに映画を楽しめるがあって嬉しい」という声はよくお聞きしますね。
それから、私は映画も本も生活の中に組み込まれる自然なものであって欲しくて、自転車で商店街を訪れて、買い物帰りにお茶をするために寄ってくださるような場所にしています。おしゃべりをしている地元の方々の話題の中に、自然と映画や本の話題があると嬉しく思いますね。

拝見していると、今日いらっしゃっているお客さんも地元の方が多いですね。

竹中
商店街に映画や本に触れられる場所があるのは街にとっても面白いと思います。文化的なものが生活の身近にあることが当たり前になるような。
世の中の流れとしても、郊外化と空洞化の時代を経て、いままたコミュニティが注目されている時代に私たちは生きていると思います。そういう時代の求めに応じて、いろんな街でそれぞれのシネコヤが存在すれば、映画館に変わるスタイルとして映画文化が残って行くんじゃないかと思っています。映画と組み合わせができる要素は場所によって違うと思うので、いろんな形のシネコヤがあると思います。

シネコヤという活動を通して、竹中さんが描く理想のよのなかは?

竹中
鵠沼のいいところは、街を好きな人が多いことだと思います。街のために何かをしようという気持ちは、その街にお気に入りがあって、その街の素敵さをより楽しみたいという気持ちから来るものですよね。
生活のスピード感が上がっても、自分に立ちもどれるような空間が身近にあるといいなと思っています。そして、一人一人の充実度が上がればその街もより面白くなるのではないでしょうか。シネコヤがあることで、その人の生活が心の面でよりよくなっていったらいいですね。

竹中翔子(たけなか・しょうこ)

株式会社シネコヤ代表取締役
学生時代に映画館のアルバイトスタッフを経験し、映画の魅力にハマる。地元映画館の閉館を受け「もう映画館はダメだ!」と思い、映画だけではない+αの空間づくりを目指し、「シネコヤ」として本格的に活動をはじめる。鵠沼海岸のレンタルスペースで毎月2回、フードや会場演出をこらした映画イベントを主宰。2017年4月鵠沼海岸商店街の一角についに「シネコヤ」をオープン。貸本屋を主体とした「映画と本とパンの店」というコンセプトで新たなスタイルの空間づくりを行っている。

「映画と本とパンの店・シネコヤ」

【営業時間】
営業時間:9:00〜19:00(L.O)20:00(CLOSE)
毎週水曜日定休
【料金】
1DAY・1日出入り自由
一般:1,500円(貸本料)
小・中学生:1,000円(貸本料)
※18:00以降は1ドリンクが付きます。
※お得な年間パスポート制度あり
【アクセス】
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6(鵠沼海岸商店街 旧カンダスタジオ)
小田急江ノ島線「鵠沼海岸」駅から徒歩3分くらいです。
【問い合わせ】
TEL:0466-33-5393(代表)
WEB:http://cinekoya.com/

Writer:大竹 悠介

ブリリア ショートショートシアター オンライン編集長/ショートショート フィルムフェスティバル & アジアwebマネージャー

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