ログイン
MAGAZINE
COLUMN
Jul. 12, 2019

【シネコヤが薦める映画と本】〔第14回〕『ウトヤ島、7月22日』
〜この物語を語る、唯一の方法~

海水浴客で賑わう江ノ島から電車で一駅。閑静な住宅街に囲まれた鵠沼海岸商店街の一角に「映画と本とパンの店・シネコヤ」がある。こだわりの映画と本を用意して街の人たちを温かく迎える竹中翔子さんが、オススメの1本と1冊をつづる連載コラム。今回は映画『ウトヤ島、7月22日』から恐怖を描くことについてつづります。

*******

2011年722日。治安が安定した北欧の福祉国家として知られるノルウェー王国が、悪夢のような惨劇に襲われた。午後317分、首都オスロの政府庁舎前で、駐車中の不審な白いワゴン車に積み込まれていた爆弾が爆発。凄まじい威力で周囲のビルのオフィスや店舗を破壊し、8人が死亡した。さらに午後5時過ぎ、オスロから40キロ離れたウトヤ島で銃乱射事件が発生。この第二のテロでは、ノルウェー労働党青年部のサマーキャンプに参加していた十代の若者たちなど69人が殺害された。

この事件を題材にエリック・ポッペ監督が撮り上げた『ウトヤ島、722日』が公開された。
無差別銃乱射事件を72分間ワンカットで映像化。生存者が語ったいくつかのエピソードを、ひとりの女の子・カヤの体験として描いたフィクションだ。
フィクションではあるが、「永遠に感じられた」72分間と、事件で犯人が撃った数と同じ540発の銃声は、事実に基づいている。

恐怖と混乱の中で…

2011年7月というと、日本では311日に東日本大震災があり、その混乱の最中にいた。ノルウェーでの事件を全くと言っていいほど知らなかったのはそのせいだろうか。

この映画を見て、私には東日本大震災の津波での混乱が思い出された。
得体の知れない、これまでの経験を遥かに超える脅威から、逃げなければならない人たちの想像を絶する「恐怖」と「混乱」は共通しているだろう。正確な情報がない中、襲いかかる恐怖からどこへ逃げるべきか、「恐怖」と「混乱」が招く大惨事として2つの出来事を重ねてしまった。
今できる最大限の想像力を持っても辿り着くことはできない恐怖。
人はいかにして「動くことができない」状態になってしまうのか・・・。情報が錯綜することで悲劇を大きくしてしまうことは、あり得たことなのだろうと思う。

映画が伝えたワンカット72分間の緊迫感は、本物だった。犯人が誰なのか、何人いるのか、どこから狙っているのか…。
主人公カヤが感じる恐怖感が、この事件を描くための全てだったように思う。

なぜこのような大量殺人が行われ、襲撃犯のようなテロリストが生まれたのかを、社会的背景の観点から分析している書籍がある。
『大量殺人の“ダークヒーロー――なぜ若者は、銃乱射や自爆テロに走るのか?』(フランコ・ベラルディ(ビフォ) 著)。この中でもノルウェー連続テロ事件に触れられている。
近年のヨーロッパ全域での思想的な風潮も踏まえ、犯人自身がインターネット上で公開した思想に照らし合わせて分析している。特にこの事件の場合は、犯人がヴァーチャルな流れに持続的にさらされた点に注目していた。

この犯人がTwitterで犯行予告を出していたように、過激な投稿は当たり前のように日々、私たちのタイムラインを流れていく。
社会に対する文句、精神的な闇、他者への共感と反発・・・
そうした人間の本質的なエグいところが、ヴァーチャルには溢れかえっていて感覚が麻痺している。その中から本物の怪しい影を見つけることは、ほぼ不可能に感じる。
本来ツールであるはずの端末は、限りなく生活に密接なものとして、あたかもそこに一つの世界を作っているかのようだ。

本音100%をぶつけてくる、誰にでも話しかけるオジサン

私の子ども時代には、近所のオジサンがまわりの人に声をかけていた。
子どもには「おはよう」「こんにちは」と挨拶し、たむろする少年には「早く帰れ」と促し、大人たちとは「あそこはダメだ」「あいつはなってねぇ」とか話しかける。一見ただの文句にも聞こえなくはないが、誰にでも話しかけるオジサンは近隣住民との接触を持っていた。
近所に住んでいる人のほとんどが、「おい、お前」と声を掛けられては言葉を交わしていた。本音100%で話してくるめんどくさいオジサンだから、声をかけられた方もうっかり話をしはじめてしまうこともよくあることだった。
今思えば、そういう存在が地域の大切な治安を守っていたのではないかと思う。
ともすれば無関心に素通りしてしまう道でも、生身の人間との接触とそのきっかけを作るのが、そのオジサンだったのではないか。ちょっとめんどくさいけど、重要な役割を担っていたのだなぁ、とその必要性に頷いてしまう。

日本でも無差別殺人事件は後を絶たない。その多くは、人とのリアルな接触や関係が絶たれてしまったことが、原因のひとつになっているような印象を受ける。
事件が起こる度に、引き金を引かせない何かはなかったか…と考えてしまう。

この物語を語る、唯一の方法

© 2018 Paradox

犯人がどんな思想を持ち、何故そんなことが起きてしまったのか…
犯罪がどのように生み出されてしまったのか…
それを知ることはとても大切に思う。
しかし、『ウトヤ島、722日』ではそこは描かれない。
永遠に感じられた72分感、張り詰めた感情、響き続ける銃声、遠くで聴こえるヘリコプターの音、その事実だけをこの映画は語った。

監督は語る。
「テロ行為に実際にかかった時間をそのまま伝えることは、若者たちが経験したことを描くうえで非常に重要な役割を果たしている。私はこの方法こそ、この物語を語る唯一の方法だと信じている」と。

この事件にあった多くの人に配慮をし、未だ生々しい7年という新しい記憶の事件を伝えることに尽力した全ての人を讃えたい。

『大量殺人の“ダークヒーロー"――なぜ若者は、銃乱射や自爆テロに走るのか?』

2017年|作品社|フランコ・ベラルディ(ビフォ)  ()

『ウトヤ島、7月22日』(Utoya 22. juli)

2018年/ノルウェー/97分/
監督 : エリック・ポッペ
出演 : アンドレア・バーンツェン/エリ・リアノン・ミュラー・オズボーン/ジェニ・スベネビク
上映期間 : 7/1()7/28()

「映画とパンの店・シネコヤ」

【営業時間】
営業時間:9:00〜20:00
毎週木曜日定休
【料金】
一般:1,500円(入れ替え制・貸本料)
小・中学生:1,000円(入れ替え制・貸本料)
※平日ユース割:1,000円(22歳以下の方は、平日のE.F.G各タイムを割引料金でご利用いただけます。)
※お得な年間パスポート制度あり
【アクセス】
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6(鵠沼海岸商店街 旧カンダスタジオ)
小田急江ノ島線「鵠沼海岸」駅から徒歩3分くらいです。
【問い合わせ】
TEL:0466-33-5393(代表)
WEB:http://cinekoya.com/

Writer:竹中翔子(たけなか・しょうこ)

株式会社シネコヤ代表取締役
学生時代に映画館のアルバイトスタッフを経験し、映画の魅力にハマる。地元映画館の閉館を受け「もう映画館はダメだ!」と思い、映画だけではない+αの空間づくりを目指し、「シネコヤ」として本格的に活動をはじめる。鵠沼海岸のレンタルスペースで毎月2回、フードや会場演出をこらした映画イベントを主宰。2017年4月鵠沼海岸商店街の一角についに「シネコヤ」をオープン。貸本屋を主体とした「映画と本とパンの店」というコンセプトで新たなスタイルの空間づくりを行っている。

Share

この記事をシェアする

Related

0 0
記事一覧へ