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Feb. 27, 2020

【シネコヤが薦める映画と本】〔第21回〕『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』
〜映画という巨大なキャンパス〜

海水浴客で賑わう江ノ島から電車で一駅。閑静な住宅街に囲まれた鵠沼海岸商店街の一角に佇む「映画と本とパンの店・シネコヤ」。こだわりの映画と本を用意して街の人たちを温かく迎える竹中翔子さんが、オススメの1本と1冊をつづる連載コラム。今回は映画『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』と書籍「テリー・ギリアム―映画作家が自身を語る」から、欧州の奇才・テリー・ギリアムズの芸術性についてつづります。

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「脳みそをちょん切りたい。アイディアがありすぎるのよ」
と、撮影クルーの1人が言った。映画監督テリー・ギリアムは、紛れもなく「芸術家」である。

『未来世紀ブラジル』『12モンキーズ』など、映画史にその名を刻み続ける鬼才が、30年間も挑み続けた作品が公開された。スペインの古典小説「ドン・キホーテ」の映画化プロジェクト。2000年にクランクインするも、自然災害や役者の降板など次々に問題が起こり、資金破綻と9回の頓挫を繰り返した。しかし、ギリアム監督の「最後は夢を諦めない者が勝つのです!」というメッセージと共に、ついに完成を迎えた。
ところが、カンヌ絶賛!北米酷評!全世界賛否両論!と、まだまだ話題は止まらない。

©2017 Tornasol Films, Carisco Producciones AIE, Kinology, Entre Chien et Loup, Ukbar Filmes, El Hombre Que Mato a Don Quijote A.I.E., Tornasol SLU

映画は、現代を舞台にCMの制作現場からはじまる…。
仕事への情熱を失くしたCM監督のトビー(アダム・ドライバー)は、スペインの田舎で撮影中のある日、謎めいた男からDVDを渡される。偶然か運命か、それはトビーが学生時代に監督し、賞に輝いた映画『ドン・キホーテを殺した男』だった。
舞台となった村が程近いと知ったトビーはバイクを飛ばすが、映画のせいで人々は変わり果てていた。ドン・キホーテを演じた靴職人の老人は、10年間自分は本物の騎士だと信じ込み、清楚な少女だったアンジェリカは女優になると村を飛び出したのだ。トビーのことを忠実な従者のサンチョだと思い込んだ老人は、無理やりトビーを引き連れて、大冒険の旅へと出発するのだが─。

©2017 Tornasol Films, Carisco Producciones AIE, Kinology, Entre Chien et Loup, Ukbar Filmes, El Hombre Que Mato a Don Quijote A.I.E., Tornasol SLU

芸術家「テリー・ギリアム」の頭の中

なんだか懐かしいなぁ、と思った。子どもの頃よく見ていた、童話や児童書の世界。それを原作にしたファンタジックな映画ものへのノスタルジー。サン・テグジュペリ原作の『星の王子さま』(1974年)、ミヒャエル・エンデ原作の『ネバーエンディング・ストーリー』(1984年)や『モモ』(1986年)など…。今見るとややチープな美術セットや被りもののキャラクター。アナログ的な質感がたまらない。『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』は、まさにそれだった。慣れ親しんだ昔の居場所に、帰ってきたような感覚。思わず童心に帰ってしまって、中盤まで映画館の椅子の背もたれを使わずに済んでしまうほど、前のめりになっていた気がする。
明らかに合成感丸出し(ノスタルジーを与えるための敢えてなのか?!)の巨人のシーンや、浮いているとしか思えないアダム・ドライバーの現代風オシャレ顔。お姫様か娼婦なのか、交錯する2つの時代を行き来する展開?と思いきや、現実あるいは幻想なのか…一体、私(観客)はどこにいるのか全くわからなくなる。

そう、これぞテリー・ギリアムという新たな世界観に他ならない。

ふと蘇る、あの言葉。

「脳みそをちょん切りたい。アイディアがありすぎるのよ」

©2017 Tornasol Films, Carisco Producciones AIE, Kinology, Entre Chien et Loup, Ukbar Filmes, El Hombre Que Mato a Don Quijote A.I.E., Tornasol SLU

夢や理想は、誰が消していくのか

かねてから「ドン・キホーテ」の映画化をイメージしてきたテリー・ギリアム監督。しかし、この映画化は“呪い”とも言えるほどの不運に見舞われ続けた。事の顛末はドキュメンタリー『ロスト・イン・ラ・マンチャ』(2001年/アメリカ・イギリス合作)にすべて収められている。本来であれば、ヨーロッパ史上最大規模の傑作が生まれる瞬間を収めるためのドキュメンタリーだっただろうに、あろうことか機材がスコールによって流される一部始終が記録されてしまった。不運は続くもので、主演俳優が病気で離脱、更には出資者による見学会が待ち構えていた…。
もうここまでくると、下手な劇映画よりもエンターテイメントである。現場スタッフの混乱ぶりは、当事者たちには申し訳ないが三谷幸喜の映画ばりにコメディだ。どちらが先でも構わないが、『〜ドン・キホーテ』と併せて観ることをオススメしたい。
また、テリー・ギリアム作品の中でも大失敗と言われている『バロン』(1988年)は、本人にとってもその傷は深いようだ。ドキュメンタリー内でも度々「バロンのことが思い出される」と口にしている。『バロン』のトラブルについては、書籍「映画作家が自身を語る―テリー・ギリアム」でも細かく解説され、大失敗と呼ばれるまでの経緯が語られている。その他にも自身の生い立ちやそれぞれの作品について本人の言葉で綴られており、この本を読むと、一筋縄でいかないテリー・ギリアムの性格やこだわりを大いに感じ、ドン・キホーテ映画化への熱量にも納得がいく。
考えてみれば監督にとって、「この映画は完成するのか…」という恐怖は常につきまとっているのかもしれない。企画が始まり、撮影され、編集を経てゼロ号試写を迎えても、映画館で観客の前に流れるまでは“完成”という言葉は使えない。作品を観客に届けることこそ、“完成”と呼ぶのだろう。
どんなにトラブルが重なっても、そこまで諦めないことが映画監督にとって、いや、テリー・ギリアムにとっては勝利なのかもしれない…「最後は夢を諦めない者が勝つ」と言わしめた『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』。“完成”での監督からのメッセージだ。

テリー・ギリアムが「ドン・キホーテ」にこんなにも魅せられたのはなぜだろうか。
騎士道物語を愛し、悪を懲らし困っている者を助け、世間から“妄想”と呼ばれた初老の紳士に、自身を重ねていたのではないか。夢と理想は、効率や時間やお金に囚われた価値観、世間の“普通”に掻き消されていく。それは、映画製作におけるテリー・ギリアム自身の体験でもあるのではないか。
そんなものには屈しないと、“テリー・ギリアムの「ドン・キホーテ」”の登場だ。

©2017 Tornasol Films, Carisco Producciones AIE, Kinology, Entre Chien et Loup, Ukbar Filmes, El Hombre Que Mato a Don Quijote A.I.E., Tornasol SLU

この映画は完成しないのではないかと思っていたそう。それでも30年という時を経て、自らを「ドン・キホーテ」になぞらえて、この映画を完成させた。
「ドン・キホーテ」に対する執念は、映画作りに対する情熱と相まって、テリー・ギリアムの芸術性を余すことなく表現させた。まるで、映画という巨大なキャンパスに。
あたり一面、テリー・ギリアムの世界だ。

【シネコヤが薦める映画と本】過去の記事はこちら

【映画】『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』

2018年/スペイン・ベルギー・フランス・イギリス・ポルトガル/133分
監督:テリー・ギリアム
出演:アダム・ドライバー/ジョナサン・プライス/ステラン・スカルスガルド/オルガ・キュリレンコ
シネコヤでの上映期間:3/2(月)〜3/15(日)

【本】 「テリー・ギリアム―映画作家が自身を語る」

1999年|フィルムアート社

「映画とパンの店・シネコヤ」

【営業時間】
営業時間:9:00〜20:00
毎週木曜日定休
【アクセス】
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6(鵠沼海岸商店街 旧カンダスタジオ)
小田急江ノ島線「鵠沼海岸」駅から徒歩3分くらいです。
【問い合わせ】
TEL:0466-33-5393(代表)
WEB:http://cinekoya.com/

Writer:竹中翔子(たけなか・しょうこ)

株式会社シネコヤ代表取締役
学生時代に映画館のアルバイトスタッフを経験し、映画の魅力にハマる。地元映画館の閉館を受け「もう映画館はダメだ!」と思い、映画だけではない+αの空間づくりを目指し、「シネコヤ」として本格的に活動をはじめる。鵠沼海岸のレンタルスペースで毎月2回、フードや会場演出をこらした映画イベントを主宰。2017年4月鵠沼海岸商店街の一角についに「シネコヤ」をオープン。貸本屋を主体とした「映画と本とパンの店」というコンセプトで新たなスタイルの空間づくりを行っている。

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