有坂さんご自身のことを伺いたいのですが、映画は昔から好きだったんでしょうか?
有坂
実は10代のころは好きどころか積極的に嫌いでした。7歳のころ『グーニーズ』に感動してもう一回見たかったのに『E.T』に連れて行かれまして、観たくもない映画だしE.Tちょっと怖いし、2度と映画なんていかないって言った記憶があります。そこから19歳までの12年間は1本も映画を観ていません。
それが当時付き合っていた女性に映画に誘われて『クール・ランニング』を観て面白さに完全にはまったんですね。ジャマイカの陸上選手がボブスレーをやるって話ですが、笑って号泣して。映画が頭から離れなくなるくらい。次の日から一人で映画館に行くようになったんです。
いま、ぼくは誰かが作った映画をみせる仕事をしていますが、作ることではなく観せることをこれだけ信じてやれるのは、この原体験があったからだと思っています。1本の映画で極端に人生が変わるような体験じゃないにしても、観る前よりはプラスになることを心から信じていられるというような。
『クール・ランニング』を観てゾクゾクするというのはなぜでしょう?
有坂
僕はサッカーをやっていて、集団スポーツという点で感情移入がしたかったですし、映画経験のない自分にもわかりやすかったからだと思います。『パルプ・フィクション』みたいに時間軸が入れ替わるような構成じゃついていけなかったと思いますよ。そういう意味では、よくぞこの映画を勧めてくれたと彼女に感謝しています。
静岡県初島での上映風景
サッカーをやっていたのがどういう経緯で現在に?
有坂
高校卒業後は石川県にあるサッカーの専門学校に進学してサッカー漬けの毎日でした。卒業のタイミングでプロテストを受けたのですが、どことも契約できなかったんです。じゃあ、指導者になるかサッカーショップで働こうかとも考えたんですが、全然心が動かなくて。やっぱり選手がやりたかったんだなと。
じゃあ、映画だったらどうだろうと考えたら、すごくワクワクしたんですね。ただ、配給会社とかって言葉も知らなかったので、とりあえず東京に戻って好きなビデオ屋さんでバイトして、いろんないい出会いがあってこういうことをやっていると。
とても珍しいご経歴ですね。
有坂
ビデオ屋さんで働いたのが結果的にはよかったと思います。映画が好きでも映画のどこが好きかっていうことに気づかないと、配給会社に入って辞めちゃう人っていっぱいいるじゃないですか。映画が好きだから映画の仕事をするのはいいのですが、もう一歩踏み込まないと、好きだった映画が嫌いになっちゃう可能性もあります。
僕の場合は作ることにも興味ないし、配給会社に入って映画を宣伝するのもイメージできませんでした。ただ、映画を間において誰かとコミュニケーションをとるのは好きだったので、これが仕事になったら自分の人生最高!と思っていました。仕事を生み出すっていうよりは、仕事よりもっと大きいところ、「こういうふうに生きていけたら自分が幸せだな」っていうのが、ビデオ屋さんで働いた時に見つけられたっていうのは大きかったと思います。
それを仕事にしていく過程は?
有坂
そればっかりは、やってく中で仕事になるんじゃないかなって感じでした。
最初は友達がオープンした小さな映画館で上映して、そのうちイベントのお客さんでカフェをやっている人などから声がかかるようになり、仕事が徐々に増えて独立したという流れです。受け身で流れに乗っかる。そうしたら、無人島で上映する機会をもらえるとか、想像を超えることばっかり起こります。
有坂さんが映画を通して実現したい社会とは?
有坂
自分が当たり前のように自分でいられる社会です。世の中の「社会人」は、大人だからとか、仕事だからとかって言い過ぎていると思うんです。大人だ子供だと言う前に、「自分がどうあるか」っていうことともっと向き合うことが本来当たり前だと思っています。でも、それは急に変えられることじゃないってことも理解はしてるので、楽しく自分と向き合えるきっかけを社会全体で考えていくことが、大事なのかなっていう気がしていて。それを僕の場合は映画でやっています。
たとえば?
有坂
スターバックスさんといろんな取り組みをしていて、その中の一つで、毎月1日の映画サービスデーの日限定で、店舗スタッフが自分の好きな映画を3本書いたバッジを胸につけて働く取り組みを試験的にやりました。
それは僕の方から提案してやったんですが、スタッフひとりひとりの人間性を引き出すことを狙いとしました。
働いている人たちが、もっと楽しく、自分らしくいられるように。
そもそも好きな映画を3本書いたものを貼って働くって恥ずかしいじゃないですか。だけど、その恥ずかしさも含めてその人らしさだし、もう嘘をつけないんですよ。ここに書いてあるから。「お店に寄せた自分」じゃなくて、「いつもの自分」に近い状態で働くことで、働いている人たちも距離感を自分なりに考えるでしょうし、実際、映画を通して店舗内のコミュニケーションもすごく図れたって言ってくれました。
やっぱり肩書を演じて生きているのは、みんなあると思うんですけど、その向こう側で仕事ができないかとずっと考えています。僕は打ち合わせとか呼ばれたら、なるべく相手の肩書を外すようなところから始めて、お互い安心した状態で一緒に楽しいもの作っていくっていう形でやっていきます。
なるほど。響きますね。
有坂
やっぱり個人が抑圧されているっていうのが、僕、駄目なんですよ。自分の中を探っていけば、その人なりの幸せは必ず見つけられるわけで。それを許さない空気を社会や組織から感じています。もっと個人をベースにした組織を目指せばいいのに。僕は映画が好きなので、映画を通して、そういった部分を少しでも変えていけたらなと思っています。
(撮影:杉田 拡彰/構成:大竹 悠介)
『午前7時35分 / 7:35 in the Morning』
ミュージカルシーンの演出が、スパイク・ジョーンズのミュージックビデオみたいで面白いなあと思ってたら、まさかのラストにびっくり!これぞ映画ですね。
『午前7時35分 / 7:35 in the Morning』
午前7時35分。一人の女がいつものカフェに入る・・・が、なにやら様子がおかしい!?
監督:Nacho Vigalondo
制作国:スペイン
ジャンル:ミュージカル
制作年:2003
上映時間:08:00
有坂塁(ありさか・るい)
移動映画館「キノ・イグルー」代表。フィンランド映画界の鬼才アキ・カウリスマキから直々に名付けられた「キノ・イグルー(kino iglu)」、日本語訳で「かまくら映画館」の意。2003年に中学校の同級生である渡辺順也とともに設立。映画館やカフェ、本屋、雑貨屋、学校など様々な空間で、世界各国の映画を上映。映画のイメージにあわせた、コース料理やデザート、ライブ、写真展、イラスト展なども開催し、作品から広がる世界を表現している。
▼Instagram
https://www.instagram.com/kinoiglu/
キノ・イグルー
2003年に中学校時代の同級生、有坂塁と渡辺順也によって設立された移動映画館。東京を拠点に全国各地のカフェ、雑貨屋、書店、パン屋、美術館など様々な空間で、世界各国の映画を上映している。
多彩なアーティストとのコラボレーションを始め、夏の野外上映会、クリスマスパーティー、SHOPのAnniversary Party、こどもえいがかい、全国ツアー。さらには映画祭のディレクションや、ライブラリー向けのDVDセレクトまで、既存の枠にとらわれることなく、自由な発想で映画の楽しさを伝えている。