カンボジアの電気の通っていない農村で、子どもたちのための移動映画館を開催している女性。そう聞くと皆さんはどんな人物像を思い浮かべるだろうか?多言語を操る国際派の才女だろうか?虫とか泥とかお構いなしでどんな環境でもどんどん前に出るバイタリティあふれる行動派だろうか?
NPO法人World Theater Project代表の教来石小織さん、お会いしてみると想像とは全く違うおっとりとしたタイプの女性だ。しかも、ボランティア団体のリーダーを務めながら、自身の生活費を得るために平日はごく普通の事務員として働いているという。
俳優・監督で移動映画館「シネマバード」を発案した斎藤工さんらと、『映画の妖精 フィルとムー』という短編クレイアニメーションを製作し、世界の途上国へと活動を広げようとしている教来石さん。プロジェクトの内容と、現在に至る道について話を聞いた。
教来石小織さん(写真左)
まず、World Theater Projectの活動内容についてお聞かせくださいますか?
教来石
途上国の子どもたちに移動映画館で映画を届けるプロジェクトです。「生まれ育った環境に関係なく、子どもたちが夢を持ち人生を切り拓ける世界をつくる」というのが団体の理念です。映画は時に、子どもたちに広い世界を知り新しい夢を描くきっかけを与えてくれる窓になると思っています。
カンボジアの農村部で子どもたちに将来の夢を聞くと、どの村でも「わからない」か「先生」か「お医者さん」がほとんどでした。素晴らしい夢ですが、どの村でも同じ答えだったのです。知らない夢は思い描くことができません。
子どもの可能性は無限大ではなく、「夢」と書いて夢限大だという言葉があります。映画を観た後、さっきまで先生になりたいと言っていた女の子が、「夢が変わりました。私は映画を作る人になりたいです」と言ったことがありました。映画の後のワークショップでミュージシャンに会ったら「夢はミュージシャン」、サッカーの映画を観たら「夢はサッカーチームをつくること」と、新しい選択肢が生まれたのを目の当たりにしました。
移動映画館というと、どんな風に上映をするのでしょうか?
教来石
村の学校や広場、村長さんのお宅の庭などに発電機とプロジェクターなどの上映機材、スクリーンを持ち込んで上映しています。2012年11月にカンボジアで第1回目の上映をして以来、団体として450回を超える上映を行っています。元は日本人メンバーが年に数回渡航して上映していましたが、今は現地でトゥクトゥクドライバーの方が「映画配達人」を副業として毎週上映してくれています。
カンボジアでは「映画配達人」と呼称する現地スタッフが、週に1,2回のペースで上映を行っています。
どんな作品を上映するのですか?
教来石
何を上映するかによっても活動の意味合いが異なってくるかと思います。たとえばカンボジアは1970年代後半に起きた虐殺の時代、農村での強制労働の後に当時の指導者だったポル・ポトを称える映画を観せられていたそうです。
私たちは子ども達の心を良い方向に育むメッセージが込められた作品を選んでいます。将来の選択肢が広がったり、努力する大切さ、親子愛や友情を教えてくれるものです。
日本の作品は全て、現地のプロの声優さんと現地語の吹替え版を制作しています。日本語のままでも映像は楽しめるかもしれないのですが、言葉も理解できた方がストーリーもより楽しめると思います。字幕の方が安価でできるのですが、小さな子はまだ字が読めない子もいます。また親御さんでも内戦の影響で字が読めない方もいるので、吹替え版を作ることにこだわりました。上映後には映画に関連したワークショップや、将来の夢を考えるワークショップなども実施しています。
World Theater Projectは、昨年の東京国際映画祭で短編アニメーション『映画の妖精 フィルとムー』を発表されました。こちらはどういった経緯で製作することになったのでしょうか?
教来石
これまで途上国にワクチンや食糧、本を届ける世界的なNGOはありましたが、映画を届ける世界的な団体はありませんでした。活動を続けていくうちに、映画の権利が壁になっているのだと気付きました。権利は映画や映画業界を守るために絶対に必要なものですが、そのために映画を知らない子ども達もいるのです。また、吹替版を作るのに一作あたり数十万円かかるのですが、国が変わった時に、吹替版を新たに作る資金の余裕がありませんでした。
団体名に「ワールド」と謳いながらカンボジアでしか活動できないでいた時に、移動映画館の活動でご縁をいただいていた斎藤工さんから、「権利フリーの言葉のないクレイアニメを作りませんか」とご提案をいただいたのです。私たちが感じていた壁を解決していただけるようなお話でした。斎藤工さんが、クレイアニメ作家の秦俊子監督に呼びかけてくださり、またWOWOW「映画工房」の応援もいただき、クラウドファンディング(https://motion-gallery.net/projects/fillandmoo)で製作資金を募ったところ、526名の方からあたたかい応援が集まりました。
フィルとムーはもともとは「ウサビッチ」を作られたカナバングラフィックスの宮崎あぐりさんが作ってくださった団体の活動を象徴するマスコットキャラクターです。フィルムの帽子をかぶったフィルと、夢の種をモチーフにしたムーが主人公です。その子たちが、秦監督率いる素晴らしい制作チームの皆様の元、2017年10月にクレイアニメ映画になりました。多くの方の想いが集まりできた作品です。
実施されたクラウドファンディングのページ
今後『映画の妖精 フィルとムー』はどのように展開していくのでしょうか?
教来石
私たちの団体だけでなく、子どもたちに映画を届ける理念に共感してくださる方で、現地につながりのある方に映画配達人になっていただいて広まっていけばと思っています。すでに何カ国かの方に上映をしていただき、まさに世界に広がっていっている最中です。『映画の妖精 フィルとムー』はあくまでもきっかけだと思っています。今後、経済的や地域的な理由で映画を観られる環境にいない子ども達への上映に共感いただき、上映許可をいただける作品が増えればと思っています。
また、ボランティアメンバーが国内外の映画祭にフィルとムーを出品していまして、北米最大の児童映画祭と言われる「ニューヨーク国際児童映画祭(NYICFF)」のコンペティション部門にも選出されました。フィルとムーをきっかけに、海外の映画好きの方にも、映画を知らない子がまだいることを知ってもらえたらいいなと思います。
『映画の妖精 フィルとムー』より
フィルとムーのグッズ展開もされていましたね。
教来石
フィルとムーは、世界中の子ども達に映画を届けるために生まれました。フィルとムーが広まれば子ども達に映画が届く仕組みを作りたいと思っています。フィルとムーのグッズ(http://www.fillandmoo.co/)の利益はすべて途上国の移動映画館活動に使わせていただきます。ご購入いただくことが、間接的に子ども達に映画を届けることにつながっていきます。
教来石さんご自身の子ども時代は映画をよく観ていらっしゃったんですか?
教来石
母が映画が好きで、幼い頃からいつも映画を観ていました。母は、母曰く何もない田舎町で生まれ育ち、唯一の楽しみが映画館に行くことだったそうです。映画を観て外の世界に行きたいと勉強を頑張って夢を叶えました。私も映画を観るたびに将来の選択肢が広がっていきました。小学6年生の時に、こんなに夢をくれる映画はすごいから、私も夢を贈る側になりたいと、映画監督になろうと思いました。大学では映画を勉強したのですが、監督としての才能のなさに気づきました。
20代はずっと派遣の事務員の仕事をしていたそうですが、そこからどうやって今のNPOが立ち上がったのでしょう?
教来石
大学3年生の時、途上国でドキュメンタリーを撮っていた時に、子ども達から出てくる将来の選択肢が少ないことに気づきました。電気のない村だったので、ここに映画館があったら子ども達はどんな夢を見るのだろうと思い、いつか途上国に映画館を作りたいと夢見ました。卒業後はそんな夢も忘れ、映画からも離れて派遣の事務員をして、気づいたら10年近く経っていました。
30歳の時に色々なことがあって、夢も諦めてからは自分を見失ってしまって。癌の検査にも引っかかって、結果的には大丈夫だったのですが、当時は思い込みが激しくて、もう数年しか生きられないのではと思った時に、「私は自分の人生で何がしたっかたんだろう」と考えました。浮かんだのは大学時代に見た途上国の子ども達の顔でした。カンボジアの子ども達に映画を届けたいと思いました。現地にとって迷惑なことであれば一度でやめようと思っていましたが、子ども達が映画を観る顔に救われたんです。私の人生で誰かにこんなに喜んでもらえたのは初めてで、一生この活動を続けて、そして広げていこうとその場で決意しました。
撮影:五百蔵直樹
World Theater Projectの上映では短い作品が多いとのことですが、ショートフィルムだからこそ感じる長編にない魅力について感じていらっしゃることはありますか?
教来石
初めて映画というものに触れる子もいるので、最初は集中して観ていても、長いと飽きて帰ってしまうこともあります。ショートフィルムは短い中に面白さが詰まっていてメッセージがあるのが魅力です。ブリリア ショートショートシアター オンラインでJoseph Oxford監督の『ME+HER(ボクと彼女)』を観たのですが、段ボールでできた街という設定なので国籍関係なく誰が見ても共感できますし、愛する人を失った段ボールの主人公のジャックがどうなっていくのかとハラハラし、最後には心を打つ感動が待っていました。13分の中に映画の全てが詰まっているように感じました。
『ME+HER(ボクと彼女)』
最後に、いろいろな経験をされてきて考える「映画を観ることの価値」とは?
教来石
途上国に詳しい方が「途上国を変えるのは実は映画なのだ」とおっしゃっていました。途上国の虐げられている女性たちが、夫の許可なく買い物に行ってもいい、教育を受けてもいい、そう思えるためには、彼女たちのマインドセットを変えるストーリーが必要である。そして、ストーリーを伝えるツールとして最も有効なものの一つが、映画である。と。1分間の映像には、文字に換算すると、約180万文字分の情報量が詰まっているそうです。そして一度にたくさんの人が観ることができます。映画は心に栄養をあたえてくれますし、映画を観ることが人生を切り拓くきっかけになることもあると思います。何より自分の人生の主役は自分なのだと気付ける価値があるのではと思っています。
また、2017年6月に行われたSSFF&ASIA2017アワードセレモニーで、大林宣彦監督が、黒澤明監督のメッセージを伝えられた一節に、こんな言葉がありました。「映画には必ず世界を戦争から救う、世界を必ず平和に導く、そういう美しさと力があるんだよ」と。素晴らしい映画が生み出され、そして多くの人に届くことが平和にもつながっていくのではと信じています。
構成: 大竹 悠介
撮影: 吉田 耕一郎
教来石 小織(きょうらいせき・さおり)
NPO法人 World Theater Project 代表理事。2012年より途上国の子ども達への移動映画館活動を開始。団体として4万5千人以上の子ども達に映画を届けてきた。日本武道館で行われた夢AWARD2015で優勝。WOWOW「映画工房」のサポートを受けたクラウドファンディングで支援を集め、上映権フリーのクレイアニメ映画『映画の妖精 フィルとムー(秦俊子監督)』を製作。著書に『ゆめの はいたつにん』(センジュ出版)。国内では活動資金を集めるための映画イベントの他、企業や学校での講演活動も行っている。