海水浴客で賑わう江ノ島から電車で一駅。閑静な住宅街に囲まれた鵠沼海岸商店街の一角に「映画と本とパンの店・シネコヤ」がある。こだわりの映画と本を用意して街の人たちを温かく迎える竹中翔子さんが、オススメの1本と1冊をつづる連載コラム。今回は映画『万引き家族』から”子供の時間”についてつづります。
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映画を観たあとに腰を抜かして動けなくなったことが一度だけある。是枝裕和監督『誰も知らない』(2004年公開)。1988年に実際に起きた事件をベースにしている。母親が新しい恋人と暮らすために、アパートに4人の子供たちを置き去りにした事件だ。映画の中の子供たちの演技が自然で、まるでドキュメンタリーでも見ているかのように迫るものを感じた。親に捨てられ、社会から孤立して生きる子供たちの悲惨な状況を見て、あまりにも自分の無力さに心が痛んで、泣きすぎて立ち上がれなかった。見て見ぬふりをしてしまった映画の中の大人たちと同じように、その映画の一員にされたようだった。
『誰も知らない』を記録した川内倫子さんの写真と、9人の作家たちが“あの頃”を綴った文章で構成された『あの頃のこと―Every day as a child』という本がある。
映画の撮影中の「子供たちの時間」を記録したものだ。ママのマニキュア、おもちゃの指輪、ビニール傘の水滴と、雨上がりの砂場で泥遊び…子供たちが映画の中で過ごした、他愛のない日常が切り取られている。川内倫子さんの写真は、柔らかくて、優しくて、子供の体温を写し出すように微かな甘い匂いがする(ように感じる)。
それにつづき、それぞれの作家が「子供の時間」をテーマに、幼少期の思い出や物語を綴っている。是枝監督は、子供の頃の迷子になった体験を書いている。誰も自分に無関心で、世界に放り出された初めての体験。迷子の疎外感や恐怖心は、母親に守られている「子供」から、社会というものが分かってしまう第一の経験だったりする。
そういえば、私も幼い頃は母がいないと不安で、5つ離れた冒険好きの姉から、「しょうこは勇気がないね」と言われて、強がって大丈夫なふりをしていながらも、迷子にならないように母から視線を離せなかったことを思い出した。
それくらい「母親」という存在は、「安心」に等しいものだったように感じる。
是枝監督は子供たちの描写がとても上手い。子供を通して、観客に問いかけてくる。『誰も知らない』以降の是枝作品はとりわけ子供たちが印象的な作品が多い。昨年、カンヌ映画祭でパルムドールに輝いた『万引き家族』でも同じだ。
高層マンションの谷間にポツンと取り残された今にも壊れそうな平屋に暮らす、5人の家族たち。彼らの目当ては、この家の持ち主である初枝の年金だ。足りない生活品は、万引きで賄っていた。社会という海の底を這うような家族だが、なぜかいつも笑いが絶えず、互いに口は悪いが仲よく暮らしていた。
冬のある日、父と息子は近隣の団地のベランダで震えていた幼い女の子と出会い、見かねて家に連れ帰る。体中傷だらけの彼女の境遇を思いやり、娘として育てることにする。だが、ある事件をきっかけに家族はバラバラに引き裂かれ、それぞれが抱える秘密と切なる願いが次々と明らかになっていく──。
©2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.
万引きに付き合わされる息子、親に虐待されていたところを拾われた女の子…ふたりはただ、周りの大人の社会に巻き込まれてしまった子供そのものだった。
子供たちの強さと純粋さと対象的に、大人たちの弱さやズルさが描かれていて「痛い」と思う。「痛い」のは、傍観者と位置づけられて、何もできない大人になってしまった自分を感じるからだ。是枝作品には、いつも社会における大人という立場の「痛さ」を感じさせられる。
『万引き家族』の暮らしを観て、いくらなんでもこんな生活は…と映画の中の誇張された世界と思っていた。
ところが、貧困問題を取り上げたとあるニュースで、子供の食事はカップラーメン、兄弟はいるがそれぞれで食べる、親は不在のことが多くネグレクト状態で、部屋の中は当然片付けられていなく、ゴミが散乱し子供たちは土足で上がっている…そんな状況下で暮らす子供たちの生活が映し出された。
子供が言った
「ここは、家じゃなく、小屋だ」と。
生活環境というのは、連鎖するというよりも、積み重なっていくものだ。みんなに等しく与えられた「子供の時間」は紛れもなく存在するはずだが、あまりに劣悪な環境が積み重なっていくと「子供の時間」は埋もれていってしまう。本来であれば、「安心」を積み重ねていかなければならない年齢の子供が、どれ一つとして得ることができない状況に置かれている事実を知った。
©2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.
子供は、いつでも安心した環境に包まれていなければならないと思う。それは、「家」でもいいし、「母親」でもいいし、あるいは「家族」でもいいと思う。
『万引き家族』は、その中の「家族」を描こうとしていたのではないか、と思う。映画の中で描かれる家族は、みんな都合良く寂しさを埋めるように、寄りかかって生きる大人たちが作った偽物の家族。けれども、おかしいと思いながらも登場する大人を誰一人憎めないのは、そこに悪意は描かれていないからだ。単純に下手くそな人生を送ってしまった生々しい姿があるからではないか。そして、そんな家族になんの疑問もなく、「安心感」を得ている子供の姿があるからではないか。
そこには確かに、僅かな「安心感」があった。
当たり前に母親の「安心感」を得てきた自分には計り知れないほどの、霞のような「安心感」が。
子供は常に被害者だ。
起きていることは、見て見ぬふりをしている溜池のようなもの。
そんな社会を、私たち「大人の時間」で作ってはいないだろうか。
是枝監督の映画は、ガツンとくる。
『あの頃のこと―Every day as a child』
2004年|ソニーマガジンズ|川内 倫子(写真)川内 倫子・是枝 裕和・中村 航・やまだ ないと・湯本 香樹実・佐藤 さとる(文)
『万引き家族』
2018年/日本/120分/PG12
監督:是枝裕和
出演:リリー・フランキー/安藤サクラ/樹木希林
■上映期間:シネコヤにて5月27日(月)〜6月23日(日)まで上映
「映画とパンの店・シネコヤ」
【営業時間】
営業時間:9:00〜20:00
毎週木曜日定休
【料金】
一般:1,500円(入れ替え制・貸本料)
小・中学生:1,000円(入れ替え制・貸本料)
※平日ユース割:1,000円(22歳以下の方は、平日のE.F.G各タイムを割引料金でご利用いただけます。)
※お得な年間パスポート制度あり
【アクセス】
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6(鵠沼海岸商店街 旧カンダスタジオ)
小田急江ノ島線「鵠沼海岸」駅から徒歩3分くらいです。
【問い合わせ】
TEL:0466-33-5393(代表)
WEB:http://cinekoya.com/