海水浴客で賑わう江ノ島から電車で一駅。閑静な住宅街に囲まれた鵠沼海岸商店街の一角に「映画と本とパンの店・シネコヤ」がある。こだわりの映画と本を用意して街の人たちを温かく迎える竹中翔子さんが、オススメの1本と1冊をつづる連載コラム。今回は映画『愛がなんだ』から映画と原作本の楽しみ方についてつづります。
*******
あまりにも話題になっているから、どんなものかと気になっていた。さて、原作から読むか、映画から観るか…これは悩みどころだ。
猫背でひょろひょろのマモちゃんに出会い、恋に落ちた。その時から、テルコの世界はマモちゃん一色に染まり始める。会社の電話はとらないのに、マモちゃんからの着信には秒速で対応、呼び出されると残業もせずにさっさと退社。友達の助言も聞き流し、どこにいようと電話一本で駆け付け(あくまでさりげなく)、平日デートに誘われれば余裕で会社をぶっちぎり、クビ寸前。大好きだし、超幸せ。マモちゃん優しいし。だけど。マモちゃんは、テルコのことが好きじゃない…。
角田光代のみずみずしくも濃密な片思い小説を、“正解のない恋の形”を模索し続ける恋愛映画の旗手、今泉力哉監督が見事に映画化している。
原作モノのときは、どちらから入るか、いつも悩む。
映画を先に観るべきか、本を先に読むべきか…。
映画を先に観ると、結末までのワクワク感や物語への新鮮さを得ることができる。けれども、その後の本は、結末に向けて白けた気持ちになってしまうし、なによりも面白くないなと思うのは、登場人物のキャラクターというものが俳優に依存してしまうということだ。本から膨らむイメージに制限が出てしまい、その俳優以上の人物には決してなり得なくなってしまう。
本を先に読むと、活字からのイメージとはスゴイもので、好き勝手にどこまでも広げることができる。それはとても自由で、活字の至福とでもいえるほど「本を読む」ことの醍醐味といえるだろう。しかしその分、映画の方は全くもって味気なく感じてしまう。膨大な言葉の量を、わずか2時間足らずで終わらせてしまうのだから、致し方ないと思う。
その、どちらを楽しむべきか、いつもとても悩むのである。
ところが、常連のお客さんから教えてもらった方法が一風変わっていて面白かった。
本を先に読み半分くらいまで来たら、映画を見て、そのあと残りの半分を読むのだと。
そうすると最初は本からのイメージが膨らむワクワク感を得ることができて、映画では結末がどうなるかと楽しむこともできる。そして、本に戻るとディテールに目が行き、その物語への理解がより深まるのだと。
なるほど、そんな楽しみ方があるのかと驚いた。
試しに、この『愛がなんだ』でやってみた。
まずは常連さんの手本に沿って、本を開いてみる。
テルちゃんは、はじめからマモちゃんが好きだ。しかも、マモちゃんってやつに、弁当買ってきてと呼び出され、深夜に追い出される、という過酷な状況から始まっている。その「愛」なんだかよくわからない謎の状況は中盤までつづく。「え?これどこまで続くの?」「最後はくっつくんだよね…」とお節介おばさん並みに、テルちゃんのことを心配してしまう。
しかし中盤までくると、自分の心の奥底の方でチクチクと痛みだす記憶があることを、微かに感じ始める。そこでマモちゃんの想い人すみれさんの登場と共に、本を閉じ映画の世界に突入してみた。
テルちゃんは活字から想像する以上にハマリ役であった、岸井ゆきのさん。朝ドラに出ていたときの、無垢な感じとは真逆でダメ男にほだされる女の笑顔を演じきっている。そんなテルちゃんの顔を観てみたら「あぁ、これ知ってるな」となった。
何を知ってるかって、その根拠もない異常なまでの「執着」というものを。
原作を中盤まで読んでいるせいか、映画を観ながらもテルちゃんのバックグラウンドが頭の中で合成され、テルちゃんのエグいとまで言えるマモちゃんへの言動が理解できてしまう。映画がうまいな、と思うのは、本よりもその辺がマイルドに描かれていて、どことなく共感性をももたらせてくれるバランスは見事だった。
その共感は、本を読んでいるときに押し込めていたチクチクと痛む部分を浮き彫りにした。
映画の途中で、私は「とにかく痛い」となってしまった。
大好きだった人のことを思い出す。それはそれは滑稽で、一生懸命でダサかった。
テルちゃんさながら、頭の中が笑ってしまうほどその人一色だった。学校にいてもその人のことを想えば授業中でも泣き出すし(しかも私が泣いたことで授業が潰れ、自習になったこともあるからヒドイ話だ(笑))、勉強そっちのけでその人の顔を眺めていたり…。
それはそれは世にも恐ろしい「恋」だったように思う。
そもそも頑固なたちで、「一度決めたらやり通す!」みたいな、聞こえはいいが傍迷惑な精神をこのころから持っていたため、「一度好きになったのだから、好きになり通す!」みたいな変な自分ルールのアリ地獄に埋もれていってしまったのだろう。
もはやその人そのものではなく、何かに取り憑かれてしまったような「執着」という異常な愛情だったのだ。そんなことを思い出した。
幸いにもテルちゃんほど行動には移さなかったため、単なる片思いの思い出ですんだので、今となってはいい思い出だけれど。
そんな自分とテルちゃんが、ほんの少し重なった。
本に戻り最後まで読み終えると、見事に最後の一文と、映画の中のテルちゃんの最後の表情が重なる。微笑んでいるような、諦めているような、何かを決心しているような、あるいは何も感情がなくなってしまったような、どれとも取れるその顔を。
その絶妙な本と映画の合成が、たまらなく胸をしめつけた。
この体験は、本によるディデールの情報と、映画がもたらした共感によるものに間違いなかった。「本→映画→本」の手順は、テルちゃんの異常な愛情に寄り添うための、最良の手段だったんじゃないかと。
そう思うと、原作モノの新たな楽しみ方をみんなに教えてくなってしまうのだ。
『愛がなんだ』(本)
2006年|KADOKAWA |角田光代(著)
『愛がなんだ』(映画)
2019年/日本/123分/
■監督 今泉力哉
■出演 岸井ゆきの/成田凌/深川麻衣
◆上映期間:8/26(月)〜9/16(月・祝)
「映画とパンの店・シネコヤ」
【営業時間】
営業時間:9:00〜20:00
毎週木曜日定休
【料金】
一般:1,500円(入れ替え制・貸本料)
小・中学生:1,000円(入れ替え制・貸本料)
※平日ユース割:1,000円(22歳以下の方は、平日のE.F.G各タイムを割引料金でご利用いただけます。)
※お得な年間パスポート制度あり
【アクセス】
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6(鵠沼海岸商店街 旧カンダスタジオ)
小田急江ノ島線「鵠沼海岸」駅から徒歩3分くらいです。
【問い合わせ】
TEL:0466-33-5393(代表)
WEB:http://cinekoya.com/