海水浴客で賑わう江ノ島から電車で一駅。閑静な住宅街に囲まれた鵠沼海岸商店街の一角に「映画と本とパンの店・シネコヤ」がある。こだわりの映画と本を用意して街の人たちを温かく迎える竹中翔子さんが、オススメの1本と1冊をつづる連載コラム。今回は映画『ドルフィン・マン~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』から、”自分の居場所”についてつづります。
Mayol family archive/Daniele Padovan/Daan Verhoeven/Junji Takasago/Mehgan Heaney-Grier/Bruno Rizzato
ジャック・マイヨールの存在を知ったのは、映画『グラン・ブルー』(1988年)から。実在の人物をモデルにして撮られた映画ということで、当時とても話題となった。
映画の中のジャック(ジャン=マルク・バール)があまりに繊細な表情で、少し恋にも似た気持ちで心を掴まれてしまった。全く泳げない私なのだが、ラストシーンを観て私も連れて行って欲しい…と思った記憶がある。私もそこに行ってみたい、と。
その後、映画のモデルとなったジャック・マイヨール自身は生きていることを知り、安堵したのを覚えている。映画に出てくる人物像とはかなり異なるようだが、海と溶け合うように泳ぐ姿は、とても美しかった。 彼のドキュメンタリー映画『ドルフィン・マン~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』が1月からシネコヤで上映される。
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(あらすじ)
1988年に公開されたリュック・ベッソン監督の映画『グラン・ブルー』は“素潜り”の世界記録に命懸けで挑む青年が主人公の海洋アドベンチャー。この主人公のモデルこそジャック・マイヨールだった。彼は、上海在住の幼少期に、何度か佐賀・唐津を訪問。そこで海女の素潜りを見たことが将来へとつながる。成長した彼は世界を放浪、フロリダでイルカに出会い運命が決定付けられる。素潜りを極めるべく、インドでヨガに出会い、日本の禅寺で精神を鍛え、ついに1976年、49歳の時に人類史上初めて水深100mに達する偉業を達成。それは“人間を超越した感覚”を経験した瞬間だった。その後『グラン・ブルー』の公開で脚光を浴びる。2001年、74歳で自ら生涯を閉じた。
劇中ではマイヨール本人の映像が随所に登場。家族や写真家ら彼と交流のあった人たち、彼に影響を受けた現役のトップ・ダイバーらが証言する。そこから見えてくる知られざる素顔や、人生に落とした影、日本との強い絆を通して、彼が生涯をもって人々に伝えたかったことを“深く”探っていく。
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ジャック・マイヨールが晩年うつ病になり、自ら命を絶ったという事実をこのドキュメンタリーを観て知った。これだけ自分の体や精神をコントロールし、熟知している者が、その異変に気づけなかったのは何故だろう。なんだか信じがたいことだった。
ジャック自身の最期の締めくくり方に、映画『グラン・ブルー』のジャックの姿をやはり重ねてしまった(本人はあまりこの映画を気に入ってなかったようだけど)。
Mayol family archive/Daniele Padovan/Daan Verhoeven/Junji Takasago/Mehgan Heaney-Grier/Bruno Rizzato
フリーダイビングとは、なんと過酷で孤独な競技だろうと思う。潜る前に深く呼吸をしている映像を見ていても、周りに多くの人がいながらも意識は自分という「個」に集中をしていることがよく分かる。あるいは「個」という単位よりもさらに細分化され、体を構成する細胞にまでその意識を行き渡らせていくのだろうか、と未知なる世界を想像する。
10m、50m…と進むにつれて、まさしく孤独との戦いなのである。スポーツに限らず色んな場面で聞くが、他のどんなものよりもこの言葉がしっくりくる。
しかしそれと同時に、深い海の底には“安心感”とも言える不思議な感覚が得られる場所のようだ。静寂と深い闇に包まれて、孤独感と安心感の絶妙なバランスの中で、ジャックは呼吸をしていた(止めていた)のだろう…。
ジャックの最期に、そんなことを思う。
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ジャック・マイヨールとは次元の違う話だから、ちょっとそれてしまうかもしれないが、何かを求めて進んでいくとき(ここでは“夢”“目標”について)の孤独感は、精神的なものとしては近いものを感じる。
何かの極みへ達するほど、あるいは達したいと思い行動することは、孤独感を伴う。それと同時に、自分自身の精神をグランディングさせるために、自分の深いところにつながる作業をしなければならない。超が付くほど安い言葉で言うとすれば「自分を信じる」という言葉が近いだろうか。実はそれが、とても“安心感”を伴う感覚なのだ。
それらがきちんと共存する中に、呼吸できる場所=居場所があるように感じる。
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ジャックにとって、深い海の中”グラン・ブルー”は自分の居場所
そう考えると、自分にとっての“グラン・ブルー”は、“映画”なのではないかと思う。映画を観ていると、時々ドバっと大きな波のように感情が吹き出すことがある。自分でも気づいていない、あるいは見て見ぬふりをしていたことが溢れて、気がつくと本来の自分に立ち戻れていたりする。
そんな居場所を仕事にできていることは、とてつもない幸運なのかもしれない。
とはいえ、自分の“グランブルー”なんてチンケなもので、孤独感は甘いケーキや温かいお風呂で簡単に癒してしまうし、安心感は他人の一言でグラつくのだから、”グラン・ブルー”とは
泳ぎが下手ではあるが、いつか私も自分の”居場所”へ行ってみた
オススメの映画『ドルフィン・マン ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』
2017年/78分/ギリシャ・フランス・日本・カナダ合作
監督:レフトリス・ハリートス
出演:ジャック・マイヨール/ジャン=マルク・バール/ドッティ・マイヨール/ジャン=ジャック・マイヨール
上映期間:1/13(月・祝)〜2/2(日)
合わせて読みたい本『クジラが見る夢―ジャック・マイヨールと海の日々』
1994年|テレコムスタッフ|池澤 夏樹(著)高砂 淳二・垂見健吾(写真)
「映画とパンの店・シネコヤ」
【営業時間】
営業時間:9:00〜20:00
毎週木曜日定休
【アクセス】
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6(鵠沼海岸商店街 旧カンダスタジオ)
小田急江ノ島線「鵠沼海岸」駅から徒歩3分くらいです。
【問い合わせ】
TEL:0466-33-5393(代表)
WEB:http://cinekoya.com/