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COLUMN
Jun. 02, 2020

【シネコヤが薦める映画と本】〔第24回〕年老いてふと気づくころには
〜絵本「おおきな木」と映画『LUCKY』にみる人生〜

海水浴客で賑わう江ノ島から電車で一駅。閑静な住宅街に囲まれた鵠沼海岸商店街の一角に佇む「映画と本とパンの店・シネコヤ」。こだわりの映画と本を用意して街の人たちを温かく迎える竹中翔子さんが、オススメの1本と1冊をつづる連載コラム。
新型コロナウイルスの流行を受けて、2020年6月1日現在、シネコヤはお休み中。今回はお店を整えて来るべき再開に備える竹中さんに、お家で楽しめる映画と本をお勧めいただきました。

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最近家で過ごす時間が長くなったので、ノートを1冊買い、書物をしている。
書物といっても小説やエッセイのような、そんなしっかりしたものでなく、日記のように、思い浮かんだ言葉をつないでいく作業にすぎない。
それがとても癒やされるのだ。

そうして書いているうちに、ふと、ある本のことを思い出した。
シェル・シヴァスタイン作「おおきな木」という絵本だ。

「おおきな木」に流れる言葉と時間

大学生のとき、少し調子が悪かった。夜眠れなくて、夜中に道路を爆走したり(マラソンというレベルでなく何故か猛ダッシュ…)、疲れてひと気のない駐車場で寝そべったり、深夜のコンビニで期限間近のクリスマスケーキを値切ったり(店員に今からでも謝りたい)、何故そんなことをしていたのかと聞かれても当時の感情をあまり覚えていないから、実際本当に病んでいたのだと思う(笑)
自分の内側から湧き上がる何かを表現する、遅く来た思春期だったのだと思う。我ながら、面倒くさいヤツだなと思う。
その頃に出会ったのが、この本だった。

小さな「ぼく」は「木」と、とても仲良しで、小さな頃からよく遊んだ。
木登りをしたり、かくれんぼをしたり、りんごをかじったり。
少しずつ成長する「ぼく」は、新しい友達ができ、恋をして、仕事にも励んだ。
木が持っているものを全てもらった頃には、「ぼく」はもうすっかり年老いていた…。

モノクロームのシンプルな線のイラストに、そんなに多くの文章ではなく、余計な装飾も、難しい言葉もない。ポツリポツリと1ページずつ進む。ただ、年老いていく「ぼく」の物語。
遅く来た思春期を過ごしていた私は、なぜだかそこに癒やされたのだ。
とにかく眠れなくて、「時間」というものにある種の恐怖を感じていた私は、この本を読んで膨大に思えた「時間」にも、限りがあることに安心感を覚えたのかもしれない。

当たり前の時間の経過を、哲学的に、静かに物語る「おおきな木」。
白い紙にたくさんの余白が、時間と時間の間を想像させる。
歳を重ねたことで、欲しい物も、必要なものも無くなり、やっと再び「木」に心を落ち着かせた。
年老いたことでわかったことが、あまりに明白に大切なことであったことに、「ぼく」は気づいただろうか。

「ぼく」のその先の物語…

もう一つ、お家で過ごす時間で行っていたことは、過去に上映した作品を見直すこと。
新しい映画に出会うのもいいが、お気に入りの作品を見直すのもいいかなぁ、と思い立ち、この期間は新たな作品に出会うことではなく、過去の作品からお気に入りを探してみることにした。
アップリンクの運営する「アップリンク・クラウド 映画60本<以上>見放題!パック」からチョイスしたのは『LUCKY ラッキー』だ。

冒頭始まって、「あっ!」と思った。主演のハリー・ディーン・スタントン演じるラッキーが、「おおきな木」の年老いた「ぼく」にソックリなのだ。

映画は、ラッキーの一日からはじまる。
朝起きて、一本のたばこに火をつけて、お気に入りの曲をかけ、体を拭き、ヨガをする…
扉を開けて、家を出るラッキーの毎日はこうしてはじまる。
歩いてカフェへ向かい、いつものコーヒーを飲んでクロスワードをやるのが日々の楽しみだ。時代遅れのウエスタン・ハットとタバコと顔の皺が、素晴らしくお似合いだ。カフェの店主にタバコを心配されることだけが、ちょっと気に入らない。それ以外の現実はパーフェクトで、彼の人生は充実に満ちていた。

絵本「おおきな木」が映画化されるとしたら、ハリー・ディーン・スタントンに演じてもらいたかったな、と叶わぬ夢に思い馳せる。それくらい、ラッキーが年老いた「ぼく」に見えたのは、ハリー・ディーン・スタントンのいい塩梅で表面へ浮き出た、深い皺によるものだけではない。
“ふたりの”底に流れる人間的な「時間」が、同じであったからだ。
ただ歳を重ねていく「ぼく」の日々の先に、年老いたラッキーの日々が重なった。あの、木と仲良しだった少年はラッキーだったのではないか、とも錯覚するほどだった。

言葉を綴ること

この映画では、物語というストーリー性はあまりなく、ただラッキーの生活とそれをとりまく人々の何気ない会話が進む。映画をみるというよりも、言葉に触れる映画だ。ゆったりと余白をとった「おおきな木」の絵本に並べられた言葉のように、とても癒やされるのである。
言葉は多くないけれど、言葉のひとつひとつが哲学的…とも取れるのだ。

ノートに綴る自分の言葉も、見ようによってはそんな風に読めるのかもしれない。
慌ただしい毎日の隙間で、
眠れぬ夜に、
ときには淡々と、
言葉を綴っておくのは面白いと思う。
長く生きてさえいれば、ラッキーのように日々の合間で思い出す、全てがいい思い出に過ぎないのだから。
年老いてからふと気づいたころには、当たり前に大切な「木」のようなところに、再び戻れていることを願う。

近ごろ、雨が降る日が増えてきた。気がつけばもう6月に入った。
雨音を背景に書物をしながら、そんな人生を生きたいと思ったりしている。

映画『ラッキー』予告編

【本】 「おおきな木」

1972年|篠崎書林|シェル・シルヴァスタイン(著)ほんだ きんいちろう(訳)

【映画】 『ラッキー』

2017年/アメリカ/88分
■監督:ジョン・キャロル・リンチ
■出演:ハリー・ディーン・スタントン/デビッド・リンチ/ロン・リビングストン
アップリンク・クラウドで配信中!

「映画とパンの店・シネコヤ」

【営業時間】
営業再開予定: 6月中旬以降
※営業再開が決まり次第、HP・SNS等でご案内いたします。
【アクセス】
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6(鵠沼海岸商店街 旧カンダスタジオ)
小田急江ノ島線「鵠沼海岸」駅から徒歩3分くらいです。
【問い合わせ】
TEL:0466-33-5393(代表)
WEB:http://cinekoya.com/

Writer:竹中翔子(たけなか・しょうこ)

株式会社シネコヤ代表取締役
学生時代に映画館のアルバイトスタッフを経験し、映画の魅力にハマる。地元映画館の閉館を受け「もう映画館はダメだ!」と思い、映画だけではない+αの空間づくりを目指し、「シネコヤ」として本格的に活動をはじめる。鵠沼海岸のレンタルスペースで毎月2回、フードや会場演出をこらした映画イベントを主宰。2017年4月鵠沼海岸商店街の一角についに「シネコヤ」をオープン。貸本屋を主体とした「映画と本とパンの店」というコンセプトで新たなスタイルの空間づくりを行っている。

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