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Jul. 03, 2018

【シネコヤが薦める映画と本】〔第2回〕『この世界の片隅に』の”すず”に寄せて
〜トロ子の中の強い芯〜

海水浴客で賑わう江ノ島から電車で一駅。閑静な住宅街に囲まれた鵠沼海岸商店街の一角に「映画と本とパンの店・シネコヤ」がある。こだわりの映画と本を用意して街の人たちを温かく迎える竹中翔子さんが、オススメの1本と1冊をつづる連載コラム。

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よく、「こんなにほんわかしていて、とてもこんなことをやるような人に見えないね」と言われる。
初めてシネコヤを作ろうと決めてから、10年が経つ。いつか作るぞ、と心に決めて突き進んできた。そんな話をすると、さぞかしバリバリ活気にあふれた女性をイメージされることがある。ところが、実際会ってみると、「あれ…」という反応をたくさん見てきた。喋り方はゆっくりで、活気とは程遠い、のほほんとした印象のようだ。
思い返せば、遠足で歩くときに気がつくといつも一番後ろを歩いていたし、ぼうっとしているだとか、天然だとか、人の話を聞いていないとか、そんなことをよく言われてきた。そういえば、中学生の頃“トロ子”とあだ名を付けられた。しかもそのあだ名も、さして嫌な気持ちになることもなく、むしろ可愛い響きだな、なんて呑気に思っていたのだ。そりゃぁ、やっぱりトロいのである。

圧倒的に出会う人の数が増えたここ数年、この歳になるまで、自分というものをあまり良く知らなかったと思う。こんな風だから、相手が怒ったりしていても、あまり気がついていないこともあって、私の周りの人たちは半ば諦めに近い許容を示してくれている。(と、信じている。)

こうの史代さんが描く主人公

「この世界の片隅に」「夕凪の街 桜の国」で注目のこうの史代さん。彼女の描く漫画に登場する主人公たちは、まさにトロい。ドジで、ぼうっとしている。そんな主人公を見ると、あれ、なんか知っているぞ…と、ちょっと痛い気持ちになった。
どの本を読んでも、なんだか居心地の悪さみたいなものを感じて「そうか、これは私か!」と、読み終わったあとに若干の自己嫌悪に陥っている自分に笑っちゃうのである。けれども、こうの史代さんの漫画には、どこか強い芯のようなものを感じるエピソードがあって、負けてなるものか、みたいな主人公の心の内が垣間見られる場面が素敵だ。
どうにも共感と恥ずかしさがあって「トロい」仲間(勝手に)としては、こんな風に見えていればいいなぁ、というちょっとした憧れもあったりする。

©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

『この世界の片隅に』のすずさん

昨年大ヒットした、こうの史代さん原作の『この世界の片隅に』(2016年/日本)を観たあとに、正直言うと、なんとも言えない後味の悪さがあった。「何故こんな感情に?」と自問自答してみると、なんとも中学生の頃の“トロ子”が蘇ってきた。あぁ、そうか、主人公すずさんの、ちょっとドジでふわふわした印象が、自分と重なるところがあって「嫌だなぁ、まったく」と心の奥で感じていたようだ。

1994(昭和19)年2月。18歳のすずは、突然の縁談で軍港の街・呉へとお嫁に行くことになる。新しい家族には、夫・周作、そして周作の両親や義姉・径子、姪・晴美。配給物資がだんだん減っていく中でも、すずは工夫を凝らして食卓をにぎわせ、衣服を作り直し、時には好きな絵を描き、毎日のくらしを積み重ねていく。
1945(昭和20)年3月。呉は、空を埋め尽くすほどの艦載機による空襲にさらされ、すずが大切にしていたものが失われていく。それでも毎日は続く。
そして昭和20年の夏がやってくる―。

広島の原爆というエピソードが中心にありながらも、そのキーワードを忘れてしまうほど、ほのぼのした空気感の漂う異色な映画だと思う。こうの史代さんの特徴的なタッチと、広島弁が心地よい。なんだかほんわかした気持ちになって、戦争が題材であることをうっかり忘れてしまう。それでもきちんと強いメッセージを込めて、戦争というものを忘れてはならないことを教えてくれる。トロいけれど、どこか強さと芯を感じる「すずさん」の魅力も素敵だな、と思わずにはいられないのだ。

ほのぼのしている中に、強さがある

そんな風に思ってもらえるのなら、私のドジっぷりも、ウッカリも、浮かばれる。実は、この“トロ子”要素に助けられたことがいっぱいある。鈍感精神で「まあいいか」と思えることも多いので、事件が起きてもなんとか乗り越えてきた。やり方が下手なもんだから、周りの人たちが「しょうがないな」と手を貸してくれることも多い。細かいことは考えられないので、時には潔く「エイヤッ!」と大胆な行動に出て、功を奏することがある。
そんなわけで“トロ子”の称号を与えられたからには、自分に与えられたものに感謝して、自分の性質を能力や役割に変えることが必要だ。世のため人のために使っていかなければ、申し訳ないのである。
きっとここからが“トロ子”の本領発揮なのだと思う。

今回読んでほしい【本】

「この世界の片隅に」(2008年|双葉社|こうの 史代 (著))
「夕凪の街 桜の国」(2004年|双葉社|こうの史代 (著))
「長い道」(2005年|双葉社|こうの史代 (著))

『この世界の片隅に』(2016年/日本/126分/)

■ 監督 片渕須直
■出演 のん/細谷佳正/小野大輔
■ スケジュール:7月15日(日)〜7月23日(火)までシネコヤで上映

「映画とパンの店・シネコヤ」

【営業時間】
営業時間:9:00〜19:00(L.O)20:00(CLOSE)
毎週水曜日定休
【料金】
1DAY・1日出入り自由
一般:1,500円(貸本料)
小・中学生:1,000円(貸本料)
※18:00以降は1ドリンクが付きます。
※お得な年間パスポート制度あり
【アクセス】
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6(鵠沼海岸商店街 旧カンダスタジオ)
小田急江ノ島線「鵠沼海岸」駅から徒歩3分くらいです。
【問い合わせ】
TEL:0466-33-5393(代表)
WEB:http://cinekoya.com/

Writer:竹中祥子(たけなか・しょうこ)

株式会社シネコヤ代表取締役
学生時代に映画館のアルバイトスタッフを経験し、映画の魅力にハマる。地元映画館の閉館を受け「もう映画館はダメだ!」と思い、映画だけではない+αの空間づくりを目指し、「シネコヤ」として本格的に活動をはじめる。鵠沼海岸のレンタルスペースで毎月2回、フードや会場演出をこらした映画イベントを主宰。2017年4月鵠沼海岸商店街の一角についに「シネコヤ」をオープン。貸本屋を主体とした「映画と本とパンの店」というコンセプトで新たなスタイルの空間づくりを行っている。

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