映像クリエイターとショートフィルムの繋がりを様々な角度から深掘りする「クリエイターズファイル」。
今回ご紹介するのは、国内外の映画祭で数々の賞を受賞し、『レンタル・ファミリー』『BEEF/ビーフ』など世界を舞台に目覚ましい活躍を続けるHIKARI監督です。
監督のアイデンティティを形作ったユニークなバックグラウンド、映画業界における女性監督のあり方、撮影現場での独自の演出術、そして未来のクリエイターに向けた熱いメッセージまで、余すところなく語っていただきました。
–HIKARI監督は、映画監督になる前にダンサーや俳優、フォトグラファーなど、非常に多彩なキャリアを経験されていますよね。その豊かな表現力の原点はどこにあるのでしょうか?
振り返ってみると、母は私の「やりたいこと」を何でも自由にやらせてくれたな、と思います。
幼い頃から型にはめられるのが嫌いで、自分の直感に従って動く子供だったのですが、親はそれを否定することなく、「自分の意思を尊重してもらえる環境」があったなと。あとで後悔するのは嫌、だからやりたい、と思ったことはやってきたし、やるべきだ、と考えてきました。
–その後、単身カリフォルニアへ留学し、30歳というタイミングで大学院へ。周囲と比べたり、年齢的な焦りを感じたりすることはなかったですか?
全くなかったですね(笑)。むしろ、それまでに経験したすべての活動が、映画監督という仕事において強力な武器になると確信していました。
例えば、私は昔ダンサーや俳優をやっていたバックグラウンドがあるので、現場でカメラの動きや登場人物の動線を考えるときに「ダンスのブロッキング(振り付け)」のような感覚で切り替えて捉える癖があります。また、フォトグラファーとしての経験があるため、画角(フレーミング)や光の捉え方についても、最初から明確なビジョンを持ってスタッフに伝えることができました。
映画というのは、あらゆる芸術が融合した総合芸術です。30歳までの遠回りに見えるキャリアがあったからこそ、他の人には真似できない独自の視点で映像を切り取ることができる。何歳からスタートするかは関係なく、それまでの人生の深みそのものが、監督としての表現力に直結しているのだと思います。

–近年、ハリウッドをはじめ世界中で映画業界におけるジェンダーギャップや、女性クリエイターのエンパワーメントが注目されています。HIKARI監督ご自身は、「女性監督」としてのあり方や業界の現状についてどう感じられていますか?
映画業界、特にトップ層や現場のメインスタッフは、歴史的にもまだまだ男性中心の社会であることは間違いありません。ですが、私は「女性監督だから」という枠組みに自分を閉じ込める必要はないと思っています。
大切なのは、性別に関係なく「一人のクリエイター」として、自分のビジョンをどれだけ強く持っているか。高度な技術や知識を誇示するのではなく、自分が語るべきストーリーに対して誠実であり続けることが、結果として周囲のリスペクトを勝ち取り、道を切り拓くのだと信じています。
–男性の多い撮影現場を率いる上で、監督が意識されている「指示の出し方」やコミュニケーションの秘訣はありますか?
私の現場でのアプローチは、トップダウンで「俺の言う通りに動け」と命令するスタイルとは真逆です。特にアメリカでの映画はチームで作るもの。だからこそ、スタッフやキャストの「自主性」を引き出す指示の出し方を意識しています。
具体的には、単に「ここに動いて、こう喋って」と言うのではなく、「このキャラクターは今、こういう感情で、こういう背景を抱えている。だからこの空間でどう動くと思う?」というように、相手に問いかけ、一緒に解釈を深めていくアプローチをとっています。
特に俳優に対しては、彼らが役としてその場で生きて、自然な感情が湧き出てくるような環境を整えることが監督の仕事だと思っています。頭ごなしに指示を出すのではなく、一人ひとりの感性をリスペクトし、対話を重ねる。そうすることで、現場全体に「みんなでこの作品を最高のものにするんだ」という強い連帯感とポジティブなエネルギーが生まれます。
短編映画『TSUYAKO』より
–初期の傑作ショートフィルム『TSUYAKO』について伺わせてください。戦後日本を舞台にした普遍的な愛と繋がりを描いた作品ですが、誕生のきっかけは何だったのでしょうか。
『TSUYAKO』は、祖母とある女性が一緒に写っていた古い写真を見た瞬間に、インスピレーションが「降りてきた」感覚でした。直感的に「これはラブストーリーだ!」とピンときて、そこから一気にストーリーが湧き上がってきたんです。
自分の人生を犠牲にしてでも、時代の中で葛藤したおばあちゃん世代の物語ですが、何より描きたかったのは「人間の繋がり」です。私たちが生きる中で経験すること、選択することは、決して無駄にはならず、巡り巡っていつか誰かの人生へと繋がっていく。そういうサークルのような普遍的なテーマを描きたいと思って作りました。
–本作は世界中で100以上の映画祭に招待され、50以上の賞を獲得されました。海外の観客のリアクションで、特に印象的だったエピソードはありますか?
イタリアのトリノにある小さな映画祭での出来事です。上映後、50代くらいの男性がボロボロと号泣しながら私のところにやってきて、「こんなに感動したのは初めてだ。実は僕はゲイなんだけれど、まだ母親にカミングアウトできていない。今から家に帰って、母に本当のことを話すよ」と言ってくれたんです。
その瞬間、国境も文化も超えて、自分の伝えたかったメッセージがしっかりと届いたんだと確信できました。
実は当時、「カメラマンとして生きるか、映画監督として生きるか」をプロフェッショナルな道として迷っていた時期でもありました。でも、彼のその言葉を聴いた瞬間に、「私は映画監督として歩んでいかなければならない。映画には人の人生を動かす力があるんだ」と覚悟が決まりました。私自身の人生にとっても、大きな転機となった忘れられない瞬間です。
短編映画『Where We Begin』より
–もう一つの短編『Where We Begin』、そして初の長編映画『37 Seconds』へと続く流れの中で、HIKARI監督の作品には常に「身体性」や「人間の強さ」、「ステレオタイプの打破」という共通のテーマが流れています。
『37 Seconds』の着想のきっかけは、あるとき「女性がペンネームでアダルト漫画を描いている」という短いドキュメンタリーを観て、男性優位のジャンルで戦う女性の強さに惹かれたことでした。当初は事故で車椅子女子となったの女性のピュアな恋愛劇を想定していたのですが、オーディションで主演の脳性麻痺の女の子を発掘し、彼女の日常に寄り添い、実際に入浴介助なども体験させてもらう中で、脚本をすべて書き直しました。
世間的な「障害者の映画=暗くて可哀想」というステレオタイプを壊したかった。一人の人間として、性的な欲求も、夢も、わがままもすべて持っている。そんな「一人の女性としての解放と強さ」を描き切りたかったんです。
–昨今、映画界でも生成AIの活用について様々な議論がなされていますが、監督はAIと映画制作の未来についてどうお考えですか?
技術としてのAIは進化していくと思いますが、私は映画における「人間の感情」や「生身の手触り」をとても大切にしています。だからこそ、AIの活用にはとても慎重な姿勢を持っています。人間が不器用にもがきながら生み出す感情や、撮影現場で生身の人間同士がぶつかり合うことで生まれる奇跡のような瞬間は、AIには決して代替できないものだと信じているからです。
一方で、自分の思い描いていることを具体的に説明できるようなプレゼンテーションを作ったり、伝えるために例となるビジュアルを作成したり、そういう場面ではAIの活用は非常に画期的だと思います。

*LIFE LOG BOXとは、ショートショート フィルムフェスティバル & アジア、そして株式会社ビジュアルボイスがローンチした、永続的に保存可能なデータストレージやポートフォリオの機能を備えたクリエイターのためのプラットフォーム。コンテンツやクリエイターの価値を最大化するサービスです。
–クリエイター向けの「LIFE LOG BOX」について伺います。最初にこの構想を聞いたときの印象はいかがでしたか?
すごく素晴らしい取り組みだと思います。私自身、今はロサンゼルスを拠点にしていますが、日本はまだクリエイターへ個人投資する文化や仕組みが少ないと感じています。LIFE LOG BOXのように、ファンやプロデューサーと直接繋がれる場があるのは、若い作り手にとっても大きな希望になりますよね。
ショートフィルムを単なる長編への「実験台」やステップアップの道具として捉えるのではなく、一つの「完成された独立した作品」として魂を込めて制作することが重要です。その姿勢こそが実績となり、次の長編制作や世界進出への切符になります。
–「こんな機能があれば、もっとクリエイターの日常や制作環境が豊かになる」という具体的な提案があれば、ぜひ教えてください。
実務的な面でいうと、制作会社だけでなく「監督自身」に直接収益が適切に還元されるシステムが日本にもいつかやってくる日が来ることを望みます。
それから、日本の多くの企業は決算期などで税金対策(経費の使い道)を検討していますよね。そういった資金力のある企業に対してプラットフォーム側が「ショートフィルムやコマーシャルを制作して税金対策をしませんか」というスキームを提案し、クリエイターとマッチングさせる機能があれば、制作資金の調達モデルとして非常に強力だと思います。地方自治体との「ふるさと納税」を絡めた制作モデルも含めて、クリエイターが自立して資金を得られる窓口になっていくことを期待しています。
–今後の展望、そして世界を舞台に戦いたいと考えている未来のクリエイターへアドバイスをお願いします。
今後のプロジェクトとしては、Appleのクリスマス映画『ファスト・スノーマン(原題:Fast Snowman)』の監督を務めることが決まっています 。来年12月からニューヨークでの撮影に向けて、今まさにビジュアルデックを作り込んでいるところです 。
アメリカでの監督業というものは、常にプロジェクトを抱えているので、現時点で映画制作5作品、オリジナルテレビシリーズを同時に進行させています。
日本の若いクリエイターの皆さんへ伝えたいのは、日本特有の「周囲に合わせる圧力」に負けないでほしい、ということです 。自分が「これをやりたい!」と直感した瞬間というのは、ユニバースからメッセージが降りてきているようなもの 。他人の意見に左右されて自分の意思を止めてしまうと、後で必ず後悔します 。迷ったときは、自分が本当に信頼できる人の意見だけを聞けばいい 。自分の責任で決断して進むことが大切です 。
そして、世界を目指すなら絶対に「英語」を習得してください 。言葉が話せなければ、戦いの土俵にすら立てません 。その上で、他の誰でもない「自分らしさ」をストーリーやビジュアルに打ち出し、自分というブランドを確立すること 。
目の前のプロジェクトをゴールとせず、その中継地点の先にある人生の大きなビジョンを常に想像し続けてください 。何があっても、全ての経験には学びがあり、無駄なことは一つもありません 。「何があっても絶対に大丈夫!」という強い確信を持って、自分の意思を尊重し、前を向いて突き進んでいってほしいと思います 。
