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MAGAZINE
COLUMN
Jan. 25, 2019

【映画にみるファッション】『ファントム・スレッド』
—完璧なファッションは空気を支配する—

シネマチックなライフスタイルのヒントを様々な視点から紹介するコラム「Cinema for Life」。
今回は1950年代英国ファッションの中心的存在であるオートクチュール(オーダーメイド)の仕立て屋をダニエル・デイ=ルイスが演じ、2018年の第90回アカデミー賞で衣装デザイン賞を獲得した『ファントム・スレッド』を、ファッションの切り口でイベントクリエイターの菅原敬太氏に語って頂きます。

完璧主義者のファッション

©2017 Phantom Thread, LLC. All Rights Reserved.

物語の舞台は1950年代のロンドン。英国の高級婦人ファッション界の中心に君臨する仕立屋のレイノルズ(ダニエル・デイ=ルイス)は、完璧主義者。真っ白な白衣を着たクチュリエのスタッフに囲まれて、ホワイトジャケットを着用し唯一無二のデザインと職人技術で創造されたドレスと対峙する様は、まるで高貴な儀式のよう。
一方で、顧客を迎える際は、ダブルブレステッドのダークジャケットに身を包み圧倒的な存在感を演出して、顧客にはレイノルズへの信頼や忠誠心を持たせているかのようです。

©2017 Phantom Thread, LLC. All Rights Reserved.

これら二つのシーンから感じるのは、完璧な空気感を醸し出すためにはファッションが不可欠であるということ。それは周囲に対して以上に、自分自身が醸し出す空気感の切替スイッチの役目を、ファッションが果たしているのだといえます。そして、ネクタイではなくあえてボウタイを着用するのがレイノルズの拘りですが、これは実用的な観点から前かがみの作業時にタイが垂れて作業が中断されることを嫌って、敢えてボウタイをセレクトしているのではないでしょうか?
完璧主義者ゆえの拘りは、実用的な観点からも産まれるものなのです。

人が大化けするとは何か?

©2017 Phantom Thread, LLC. All Rights Reserved.

ウェイトレスのアルマ(ヴィッキー・クリープス)は、レイノルズと惹かれ合い彼の創作に不可欠なインスピレーションと一時の癒しをもたらす存在である新たなミューズとして迎えいれられます。レイノルズが一番惹かれたポイントは、アルマのボディサイズ。理想的なボディサイズはそれぞれのデザイナーによって違うものですが、この物語ではレイノルズのボディサイズへの拘りも物語の伏線になっています。

©2017 Phantom Thread, LLC. All Rights Reserved.

自分自身にとってはコンプレックスでも、見る人によってはとても魅力的な個性に見えることはままあります。そしてその個性を魅力的に見える人がディレクションすることで、人は大化けをするものです。
大化けとは、着用する衣服や美容を変えるだけでは完成しません。それら新しい見え方と共に、心の良い変化が新たに生まれることで、周囲を巻き込んだ空気の変化が起こるのです。そしてそれこそが、大化けの正体なのではないでしょうか?

近代ファッションの転換期

ミューズとしてアルマが着用するオートクチュールドレスには、この時代のトレンドがみてとれます。
特に1950年代の女性ファッションデザインは、本来の身体の線から離れて造形的なデザインが数多く発表され、ポケットや襟ぐりのデザインを際立たせたり、左右がアシンメトリーのデザインがファッションになりました。

また、劇中に登場するミューズが新作を着用して番号札を手に持ち、顧客の前を歩く新作発表会は、現在のファッションショーの原型です。
オートクチュールデザイナーが発表する新作は、大人たちのファッションに大きな影響を与えましたが、それは一部の貴族だけが楽しむオートクチュールだけではなく一般階級でも楽しめるプレタポルテ(既製服)が産業として飛躍的に発展したことも大きく影響しています。

©2017 Phantom Thread, LLC. All Rights Reserved.

オートクチュールからプレタポルテへという近代ファッションの転換期という空気感をレイノルズは感じていたからこそ、彼はオートクチュールの本質を追求するべく自身にとって完璧なミューズ探し求め、巡り合ったアルマにプレタポルテのような画一的な服ではなく、彼女の為に完璧な服を仕立て、着せたかったのではないでしょうか?

完璧なファッションは空気を支配する。

完璧主義者のファッションとは何か?完璧なファッションとは何か?
TPOをわきまえたアイテムのセレクト。拘りのディティールや、完璧なデザイナーによる創作。完璧なサイジング…。
この問いには十人十色多種多様な回答があって、どれもが正解であり、間違いは人それぞれの価値観の違いでしかないと思います。しかしながら『ファントム・スレッド』という世界観の中では、完璧なファッションの回答が用意されているように感じました。

©2017 Phantom Thread, LLC. All Rights Reserved.

完璧なファッションとは、周囲への無言のメッセージ。周囲からの無言の回答。それら無言のコミュニケーションによって生まれた、その場の空気を支配するようなファッション。
それこそが、『ファントム・スレッド』が用意した完璧なファッションへの回答ではないでしょうか?

『ファントム・スレッド』

ブルーレイ+DVDセット
発売元・販売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
発売中
価格:3,990円+税
©2017 Phantom Thread, LLC. All Rights Reserved.

Writer:菅原敬太(イベントクリエイター)

新製品発表会を中心とするPRイベントのプロデューサー。
キャリア20年を誇り現在も週1本ペースでPRイベントに携わり多忙を極めるも空き時間には「服」と「甘味」を求める「ファッショニスタ」であり「カンミニスタ」でもある。 「PR演出」「ファッショナブル プロモーション」を提唱し講演や講師としても活躍中。
文化服装学院 非常勤講師 Instagram: @sgwrkta
www.synchronicity.jp

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