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COLUMN
Sep. 17, 2019

【映画にみるファッション】『インヒアレント・ヴァイス』
—ヒッピーファッションに込められたメッセージー

シネマチックなライフスタイルのヒントを様々な視点から紹介するコラム「Cinema for Life」。
今回は、唯一無二の一風変わった探偵サスペンス映画『インヒアレント・ヴァイス』を、ファッションの切り口でイベントクリエイターの菅原敬太氏に語って頂きます。
本作は、先日ヴェネチア国際映画祭で最高賞の金獅子賞をアメコミ映画史上初めて受賞した『ジョーカー』も話題のホアキン・フェニックスが主演をつとめた作品です。彼の怪演の予習に、ぜひご覧になってはいかがでしょうか。

ヒッピーとしても異端なファッション、存在?

©2014 Warner Bros. Entertainment Inc., Interactivecorp Films, LLC and RatPac-Dune Entertainment LLC.

物語の舞台は1970年代のアメリカ・ロサンゼルス。
主人公は、マリファナ中毒のヒッピー探偵ドック(ホアキン・フェニックス)。
60年代をヒッピーとして過ごし現在も自由気ままな探偵を生業にしているドックは、ボサボサの長髪に髭面などヒッピーテイストは残しつつも、ベトナム戦争でUS ARMYが着用した「Jungle Fatigue Jacket」を着用しているのが印象的です。
ヒッピーカルチャーの一つの側面として、ベトナム戦争へのカウンターカルチャーがあり、ヒッピーがミリタリーウェアを取り入れるなどはほとんど見受けられないことから、ドックはヒッピーとしても異端な存在であったことを表現しているのではないでしょうか?

既成の価値観に囚われないで着用するということ

©2014 Warner Bros. Entertainment Inc., Interactivecorp Films, LLC and RatPac-Dune Entertainment LLC.

ミリタリーウェアを取り入れつつも、ドックはヒッピーファッションをしっかりと表現しています。
花柄の刺繍が入ったフォークロア調のプルオーバーシャツ、インド南東部のマドラス地方で織られるチェック柄であるマドラスチェックのシャツ、アメリカ西部のカウボーイたちが着ていたワークシャツが一般化したウエスタンシャツなど、一つの固定概念に囚われないで、まさしく何でもありの自由なヒッピーファッションがちゃんと感じられるのです。
既成の社会や価値観に縛られないのがヒッピーであるなら、ファッションとしてミリタリーウェアも上手に取り入れるのは間違いではないのではないかと思います。
それは反対しているのは戦争行為であって、ファッションではないからです。
さらに、単なるミリタリーウェアではなく、純粋に多様なファッションアイテムの中から「Jungle Fatigue Jacket」を取り入れることは現代でも多く見受けられます。
何故なら、そのデザイン性・機能性を評価されて、現代では名品として扱われるファッションアイテムにまでなっているからです。
過去のミリタリーウェアが現代のファッションアイテムに、埋れず多大なる影響を与えているのは、ドックのように既成の価値観に囚われないで、純粋なファッションアイテムとしてミリタリーウェアを評価してカッコよく着用した人たちの功績が大きいのではないでしょうか?

既成の価値観に縛られないから縛られたファッションアイテムにゲームチェンジ

©2014 Warner Bros. Entertainment Inc., Interactivecorp Films, LLC and RatPac-Dune Entertainment LLC.

ヒッピー探偵ドックの元に訪ねてくる、ドックの元彼女で依頼者のシャスタ(キャサリン・ウォーターストン)は、綺麗なスレートロングヘアに、オレンジ色のミニスカートニットワンピースで登場するなど元ヒッピーをあまり感じさせません。
60年代に生まれ爆発的に流行したミニスカートは、オートクチュールのコレクションとして発表されるも受け入れられず、当初は失敗したと思われていましたが、その後アメリカやイギリスのティーンに受け入れられました。
ここには既成の社会や価値観に縛られないというヒッピー文化の価値観の影響を感じられます。
しかし、ミニスカートをはじめとする個性的なファッションスタイルをポップシンガーなど時代の寵児が取り入れたことで、またたく間に爆発的なヒットになりミニスカートは市民権を得ることになります。
既成の価値観に縛られないファッションアイテムであったミニスカートは、市民権を得たことで、いつの間にか既成の価値観に合う・縛られたファッションアイテムになってしまいました。
そこが、ミニスカートからヒッピーを感じさせなくさせてしまった要因ではないでしょうか。
爆発的なヒットとは、既成の価値観に縛られないファッションアイテムを、既成の価値観に縛られたファッションアイテムとしてしまう程の変化をもたらすパワーをも秘めているのです。

ファッションに込められた意味とは?

©2014 Warner Bros. Entertainment Inc., Interactivecorp Films, LLC and RatPac-Dune Entertainment LLC.

他の出演者のファッションにも見るべきポイントが多々見受けられます。
警部補ビッグフット(ジョシュ・ブローリン)は、ドッグの対比として既成の社会の枠組みのような短髪角刈りヘアにスーツスタイルで、スーツのカラーも単色ですがノスタルジックなライトネイビーやカーキ色をセレクト。ネクタイ柄も色味のコントラストが強くないものをセレクトしており、そのセレクトは目立たない中にも拘りや個性を感じさせてくれていて、規制社会の枠組みの中では、表面的には悪目立ちしないように内に個性を潜めているビッグフットの人間性そのもののようです。
潜入調査をしているコーイ(オーウェン・ウィルソン)は、迷彩柄のパーカーを着用していますが、その迷彩柄が、栄えある米軍初採用であるも誤射が相次いだため早々に回収されたという曰く付きのダックハンターカモ。こちらも人に利用されて潜入調査を始めてそこから抜けたくてもぬけられない曰く付きのコーイを表現するような柄をセレクトしたのではないのでしょうか?

©2014 Warner Bros. Entertainment Inc., Interactivecorp Films, LLC and RatPac-Dune Entertainment LLC.

その他、ドックが頼りにする弁護士ソンチョ(ベニチオ・デル・トロ)は、英国生まれの真赤なバラクーダのG9ジャケットが印象的ですが、それ以上にインパクトを感じるのがマリンハット。海事専門の弁護士という設定をわかりやすく表現するアイテムとしても一役かっていますが、マリンハットはモッズハットという別名もあるモッズ・英国テイストのファッションアイテムです。なんでもない役を、さり気なく名優ベニチオ・デル・トロが演じていますが、そのファッションでも一見バラバラなアイテムを見えない部分でまとめているのです。

©2014 Warner Bros. Entertainment Inc., Interactivecorp Films, LLC and RatPac-Dune Entertainment LLC.

『インヒアレント・ヴァイス』

ブルーレイ ¥2,381+税/DVD ¥1,429 +税

ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント

Writer:菅原敬太(イベントクリエイター)

新製品発表会を中心とするPRイベントのプロデューサー。
キャリア20年を誇り現在も週1本ペースでPRイベントに携わり多忙を極めるも空き時間には「服」と「甘味」を求める「ファッショニスタ」であり「カンミニスタ」でもある。 「PR演出」「ファッショナブル プロモーション」を提唱し講演や講師としても活躍中。 文化服装学院 非常勤講師 Instagram: @sgwrkta
www.synchronicity.jp

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