海水浴客で賑わう江ノ島から電車で一駅。閑静な住宅街に囲まれた鵠沼海岸商店街の一角に佇む「映画と本とパンの店・シネコヤ」。こだわりの映画と本を用意して街の人たちを温かく迎える竹中翔子さんが、オススメの1本と1冊をつづる連載コラム。
今回は、漫画原作のアニメーション映画『音楽』に宿る”エネルギー”について。
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なぜ、わたしは泣いているのだろうか…。
エンドロールで声が出そうになるほど泣いている自分に、笑いもこみ上げてきて、泣きたいのか笑いたいのかよくわからない状況に必死で口を抑えた。
アニメーション映画『音楽』の、エンドロールでの出来事だ。
©大橋裕之/ロックンロール・マウンテン/Tip Top
(作品紹介)
アニメーション映画『音楽』の原作は、「シティライツ」(講談社)、「夏の手」(幻冬舎)などで人気を集める漫画家、大橋裕之による「音楽と漫画」(太田出版)。楽器を触ったこともない不良学生たちが、思いつきでバンドを組むことから始まるロック奇譚。
制作期間は約7年超、作画枚数は実に40,000枚超、を全て手描き、クライマックスの野外フェスシーン をダイナミックに再現するため、実際にステージを組みミュージシャンや観客を動員してのライブを敢行。分業制、CG制作が主流のアニメーション制作において、何もかもが前代未聞の長編アニメーションプロジェクトだ。アニメーション化にあたって、監督の岩井澤健治は、実写の動きをトレースする“ロトスコープ”という手法を採用。これにより、登場人物の動きがよりリアルに生々しくなっている。
©大橋裕之/ロックンロール・マウンテン/Tip Top
わたしの中で、映画に限らずクリエイティブなものにおいて最も必要な要素は「エネルギーの高さ」であるように思う。それは一体何なのかと言葉で具体的に表現するのは難しいのだが、敢えて表現するならば“作り手が乗り移っている”感覚である。
いい作品には、必ず作り手のエネルギーが乗り移っている、と思っている。
当たり前に思うけれども、そういった作品は意外と少ない。特に、ここ数年はすっかりその感覚を忘れていた。
映画『音楽』は、それを思い出させる「エネルギーの高い」作品だと思った。
1960年代〜70年代の邦画をよく観ていた時期に、いい映画には「エネルギーがあるんだ」と気づいたことがあった。なぜだろうかと考えたときに、作品の中の緊張感がものすごく高いというか、“気迫”のようなものが感じられる作品が多かった。そういえば、撮影機器がデジタルに移行した後の映画には、「エネルギーの高さ」を感じるものが少ないなという印象だった。60〜70年代の映画に「エネルギーの高さ」を感じるのは、フィルム撮影による物理的な緊張感が今よりも少し高かったからなのかもしれない。その緊張感が映り込むものに宿されていると考えてみると自然なことだ。
『音楽』のエネルギーの高さは、ロトスコープというアナログな手法を使い、鉛筆やペン、絵の具で着色するなど、作画1枚1枚を手描きで書き上げる緊張感から生まれたものではないか、と思った。
緊張感を持った作品は、どうこう説明する前に潜在意識に働きかけてくるから面白い。
©大橋裕之/ロックンロール・マウンテン/Tip Top
原作がヤバい。もう「ヤバい」意外の表現が見当たらないのである。大橋裕之さん原作の漫画「音楽」を読んだときの、何もかもが初めての体験のような不可思議な感覚。宇宙に放り出されたような、なんという世界観。これを「つまらない」と言ってしまったら、「わかってないヤツ」と思われてしまうやつじゃないか。
それでいて読み終えた後のプチ爽やかさが、謎に心地いい。
©大橋裕之/ロックンロール・マウンテン/Tip Top
漫画原作のアニメーション映画化、と聞くと、原作を超えられないのが常であろう。
数多ある昨今の漫画原作の映画化は、アニメーションであろうと、実写であろうと、どうも漫画の世界観を超えられず物足りなさを感じることがしばしばある。
そんな中で、『音楽』に関して言えば、原作漫画を超えるとか、超えないとか、もはやそういった話ではない次元であった。漫画「音楽」も、映画『音楽』も、同じ話でありながら、それぞれの独立性を持った作品であるのだ。
シネコヤでの『音楽』舞台挨拶の日。岩井澤監督がシネコヤにやって来た。
劇場用パンフレットにたくさんの苦労話や、岩井澤監督が追い込まれている様子が書いてあったのを読んでいたので、目の下にものすごいクマとかあったらどうしよう、と思っていたのだが、思ったよりもフクヨカで健康そうに見えて安心してしまった(笑)
舞台挨拶では「ものすごいこだわっているように見えるかもしれませんが、そんなにこだわってません」と言う監督の話とは裏腹に、劇場用パンフレットの制作に関わった作画スタッフによるインタビューで、数ページに渡り「こだわり」の文字がこれでもかと並んでいた。そのパンフレットも監督自身がプロデュースし自費で制作するほど、やはりこだわっているようにしか思えない(監督曰く、「パンフレットは、こだわりました!」とのこと)。更には、Blu-ray化に向けては、作画し直したシーンがあるという…。
温和な話し方だったが、言葉の端々に、熱意とロックな反骨精神を感じた。
現在は、次回作に取り組み始めたそう。「今度は7年もかからない。」と笑って話した監督の、目の奥の芯がピンと立っているように見えた。
きっとまた「エネルギーの高い」作品に出会えるに違いない。
そう期待が膨らんだ。
©大橋裕之/ロックンロール・マウンテン/Tip Top
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「映画とパンの店・シネコヤ」
【営業時間】
9:00〜18:00ごろ
※不定休
【アクセス】
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6(鵠沼海岸商店街 旧カンダスタジオ)
小田急江ノ島線「鵠沼海岸」駅から徒歩3分くらいです。
【問い合わせ】
TEL:0466-33-5393(代表)
WEB:http://cinekoya.com/