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Oct. 12, 2021

【Cinematic Topics】【前編】AIで映画祭を解析して浮かび上がったこととは?
「CINEMA VOICE」座談会

2021年6月に開催された国際短編映画祭 SSFF & ASIA 2021では、最先端のAI技術を駆使して膨大なデータの中から課題解決に役立つ統計的な示唆を抽出する株式会社 Insight Techとコラボレーションし、新しい映画コミュニケーションを創造するプロジェクト「Cinema Voice」が行われました。
なぜプロジェクトを始めたのか?どんな内容で、どんな成果があったのか?映画祭代表で俳優の別所哲也と株式会社 Insight Tech代表の伊藤友博氏が、対談形式で振り返りました。

前半はシネマボイス立ち上げの経緯と、2回に分けて行われたアンケート調査の結果についてです。

左:別所哲也 / 右:伊藤友博氏

「Cinema Voice」の始まりはラジオから

大竹(BSSTO編集部)まずはシネマボイスの立ち上げの経緯と目的について伺っていきます。お二人の出会いと、この話が持ち上がった経緯からお話を伺えますでしょうか。

伊藤私が別所さんのラジオに「WEB上のプラットフォーム“不満買取センター”を運営する人」として出演しました。不満をネガティブなものではなく、イノベーションの種としてプラスに捉えていこうという取り組みに別所さんが関心を持ってくださり、今後何かやれるといいですねとお話ししたことが始まりです。
「不満買取センター」には、「生活者の声が届く世の中を作っていきたい」という想いがありました。別所さんも「ボイス」というキーワードで色々と取り組んでらっしゃる共通点があったので、「声」に基づいて映画や映画祭のあり方を探っていくことになりました。

別所伊藤さんがおっしゃった通り、ご縁があって僕の朝のラジオ番組に出ていただいたことがきっかけでした。生活者の声を形にして、そこから見えてくる景色から新しい価値を提供するという取り組みは、まさにエンターテインメントの基本であると思っています。僕たちも表現者ですが、表現というのは一方通行ではなく呼応するもので、受け止めた方の声や想いとどう繋がっていくかが大切です。ですから伊藤さんの取り組みに興味を持って、僕の方からお声がけしました。
でも実は、いまだに伊藤さんとぼくは直接お会いしたことがないんですよ(笑)。オンラインでコミュニケーションを取って、お互いに手探りではありつつも何か同じ確信を持って取り組もうとしていると感じて、今に至っています。

大竹映画祭で一緒にやりましょうと声をかけたのは別所さんの方からなんですね。

伊藤そうですね。私たちも分析で終わらせたくない、という想いがあったので、実際の活動とのコラボレーションを考えていました。何かご一緒したいなと考えながら別所さんの取り組みを知るうちに、その舞台としては映画祭かなと思いつつ、実際にディスカッションしながら映画祭でのコラボレーションというビジョンが見えてきたというところですね。

別所伊藤さんは映画祭のスタッフも圧倒されるほど熱量の高い方です。常に僕らが勉強させてもらうぐらい色々な準備やリサーチをしてくださります。僕らがやっている映像事業と伊藤さんの事業は、どういった関わりができるのか。他者と自分の距離を測って共通点や差異を見つけ出すという、エンターテインメントの基本的なことを伊藤さんがやってくださって、あっという間でしたね。

Photo by Fringer Cat on Unsplash

映画と自分との関係について1.7万人が回答。その調査内容は?

大竹次に実施内容についてご紹介いただけますか。

伊藤今回は、両者の取り組みの先駆けとして声を集めようと、私たちが運営する「不満買取センター」の60万人以上の会員に対して”Asking”、つまり問いかけをして意見を集めることを2回行いました。
1回目は映画祭の前に実施しました。映画館に行かなくなったなど、コロナ禍で生じた視聴サイドの変化を仮説に立てて、「あなたにとって映画はどんな存在か」「映画祭にどんなことを期待するか」という内容でアンケート調査を実施しました。私たちも驚いたことに1万7千人もの回答が得られました。普段弊社が実施しているキャンペーンではなかなかこの規模の回答数は集まらないので、改めて映画やコロナの中でのカルチャーに対する関心の高さを実感しました。
2回目はより「SSFF & ASIA 2021」に特化した問いかけをしました。映画祭に実際に参加された方の満足度や、もう少しこうなったら良いのではないかといったアイディアを集めました。これらはぜひ来年の映画祭に繋げて、ひきつづき取り組みをご一緒できればという意図で実施したものです。

大竹2回目の参加人数も1万人近かったですね。

伊藤2回目は1回目の調査に参加した方に限定して集めたのですが、それでもこの規模ですので、改めて皆さんの関心の高さが伺えます。

大竹「不満買取センター」の会員にはどういう方がいるのでしょうか。

伊藤「自分の不満を役立てて欲しい」と自然に集まってきている方々です。男女別では女性が多く、買い物や家事といった日常生活の様々なところで意思決定をする機会が多い方は不満がたまりがちという状況もあり、職業別では専業主婦の方が多いかなと。言ってみれば「生活者」ですね。そういった方が60万人ほど集まっています。

大竹60万人の中から1.7万人の方にお答えいただけたと。

伊藤私たちが過去やった調査の中でも最大です。コラボレーションによって皆さんに注目していただけたと思っています。

調査結果から見えた4つのVOICE

大竹次に実施の結果を振り返っていただきます。

伊藤見えてきたことは4つあります。まず1つ目は、「映画祭にどんなことを期待するか」という質問に対しての回答です。「お祭りとして」というより、「刺激をもらいたい」「その後の生き方や考え方を変えるきっかけにしたい」という意見が強くありました。「映画を観たい」というだけではなく、「作品の深いところに触れたい」という要素です。
2つ目は、「同じような考えを持つ人たちとのつながりや語らいの場を得たい」「コミュニティを作っていきたい」という意見も見えてきました。
3つ目に、これが少し面白かったのですが、「映画と同じようなシーンで食事をしたい」「同じ衣装を着てみたい」といった、「映画とリアルな体験を結びつけたい」という意見です。これはコロナが背景にあるのかもしれませんね。
最後に4つ目、これは映画祭の皆さんにとっても意外だったかもしれません。会員の属性が先程申し上げたように「生活者」ということもあり、「家族、特に子どもと映画を観たい」という声がありました。情操教育的な側面や、思い出づくりになる家族で楽しめる場であってほしいという側面が強く出た結果だと思います。このあたりは映画側からも今までの感覚とのギャップや気づきがありましたらお伺いしたいです。

図表〈1〉

別所今回はコロナ禍の中で僕ら生活者一人一人が、ステイホームなど行動制限がされている状況での実施でした。不要不急という言葉が多く使われていますが、自分にとって何が大切で、何が今急ぎで、何が必要ではないことなのか、働き方も含めて見つめている時期での調査だったというのが一つ大きな要素です。それに加えて、もともと映画やエンターテインメントに求めていたものが重なって現れてきた、というのが今回の結果に対する僕の印象です。
ショートフィルムやエンターテインメントの映画という観点からよかったと感じるのは、ご家族で楽しむということも含め、みなさんにとって人間はただ食べて寝て暮らすというだけではなく、そこに生きがいや働きがいや、やりたいことがあって、生活を豊かにする”満足感”のためのハックとエレメンツの中に映画があるということを確信できたことです。

伊藤「映画とあなたの関係」という項目が非常に印象に残っています。作品そのものについて答える人はほとんどおらず、自分の人生の考え方を変えてくれた、視野を広げてくれた、あるいはあの時が家族のスタートになったなど、ライフイベントや思想に深く関与しているというのは、別所さんのいうように映画というものに対する人々の期待が強く出た結果だと思います。
特に、オンラインだからできることに対する期待の高まりがあると思います。一方で、これはリアルでないとダメ、という部分も明確になっていて、コロナ禍の中でリアルな経験に対する欲求も膨らんで二極化しているという印象もあります。

図表〈2〉

図表〈3〉

別所リアルな映画館という場で共同体験をするCX(カスタマーエクスペリエンス)と、オンラインでつながる意味や希少性と、その両方がこの調査で浮かび上がってきましたね。

大竹今のところまでが1回目の調査の内容ですね。他に何か補足などありますか。

平井(Insight Tech)アンケート調査のデータが1万件以上ある中で、色々なライフステージごとに特徴のある想いを読み込ませていただきました。今伊藤が申し上げたようなことに加えて、映画は普段の思い出とは少し違う、ずっと覚えている節目の記憶になりますし、その映画があったから自分の今の人生があるというような、例えば「羅針盤」という表現をされる方もいらっしゃいました。映画は大切なきっかけを与えてくれるものだというのが、調査から見えてきました。

大竹定量化する一般的な調査とは異なり、定性的な声を分析できるのが、インサイトテックさんの調査のユニークな点ですね。

平井そうですね。「不満買取センター」の特徴は、「自分の気持ちを世の中に伝えることで日常生活や世の中を良くしたい」という気持ちにあると思います。また今回は映画、映画祭という、今までのキャンペーンとは少し違い、自分の想いを普段とは違う角度で表現できるテーマだったので、これまでよりも多くの方が参加されたり、今まで表に出していない熱い気持ちが表現されていたりということが、全体的な傾向として見られました。

大竹他に1回目の調査についてまだお話ししていないことがあればいただけますか?

伊藤イベントとして捉えるというよりは、「映画祭自体が人、あるいはコンテンツや文化、エンターテインメントの色々なものを磁石のように吸い寄せるハブ」のような役割に実際なっていて、それを参加者も期待しているのかなと。映画祭に行くといい作品を観られる、ということを超えて、人生の次のきっかけをもらえたり、新しい仲間と出会えたりといった、そういう期待の「ハブ」として浮かび上がってきた、というのが特徴的なファインディングスだと思います。

図表〈4〉

映画祭は友達に薦めづらい!?意外な課題を発見。

大竹映画に対する期待が高まっていることが分かった1回目の調査ですね。次に2回目の調査の振り返りをしていきましょう。初めに伊藤さんから概要をお願いします。

伊藤まずはご参加いただいた方にむけて、「映画祭への満足度(CS:Customer Satisfaction)」と、「映画祭自体を周りの友人知人にお勧めしたいと思いますか(他者推奨度)」という質問について、非常に特徴的な答えが集まったので振り返ってみます。
まず映画祭への満足度(CS)は非常に高く、やはりみなさんの映画祭に対する期待の高さと、その期待を超える価値を実感できたということで、非常に高い水準だったと思います。意外だったのは、他者推奨、つまり他の人にお勧めしたいかという質問に、「したい」と答えた方は4分の1ほどに留まったということです。通常私たちがマーケティングで関わっているような食料品や日用品の場合、当然満足度(CS)が高いとこれに比例して他者推奨度も高くなります。
しかし映画祭に関しては、個人の嗜好性やショートフィルムを観るということへの目的性が、周りの人に勧めるという部分では少しバリアになり、お勧めしにくさがあるようです。この点は映画祭にとっての今後の課題として浮かび上がってきたのが特徴的な要素でした。
「こうだから面白いよ」という、しっかりとした映画祭の価値は、単純に表現しにくいのかもしれません。それが生活者からすると少しバリアになっていて、映画祭としてもう少しプッシュすることができれば、より多くの方にこの価値を味わっていただけるのではないでしょうか。

図表〈5〉

図表〈6〉

伊藤もう一つ、今の話と関連する部分もありますが、映画に詳しい人は「この監督のこの作品を観たい」と自発性や目的性を持って作品に触れることができます。しかし、ショートフィルムは自分の気持ちを代弁してくれるものであってほしいという気持ちがある中で、自分の気持ちにあった映画との出会いという点では、更なる伸びしろがありそうです。そこで、テクノロジーを使ってマッチングができれば、「ここにいくとこの気持ちに合った映画が観られるよ」という価値が提供でき、周りの人にお勧めもしやすくなり、映画祭の価値がより高まるのではないかと。それが第2回目の調査から見えてきた重要な方向性だと振り返っています。

別所本当にこれは調査で見えて良かったと思っている部分です。「自分の満足度と他人に勧めたいかどうか」への向き合い方という部分ですね。個の体験を共有体験にして、人と人がつながっていくコミュニケーションアートの一つとして映画があるのだとしたら、僕たちはどういったつながりや体験を生み出していけるのか、リアルでもオンラインでも考えていきたいと思いました。

「オンライン×個の体験」vs.「リアル×共有体験」の先に

大竹:伊藤さんからも、リアルな体験をしたいという声がありますよとお話しいただきましたが、そのあたりはどうですか。

伊藤:やはりオンラインだけではなく、リアルな体験をしたいという声が具体的なアイディアも含めてたくさん寄せられました。オンラインで「個」として自分がしっかりと何かを考えるきっかけにしたいという想いと、「ハレの日」としてリアルなイベントを楽しみたいという想いが共存しているという点は、2回目の調査でも出ています。監督や出演者だけではなく、参加者同士の交流といったところもリアルイベントへの期待があるようなので、インタラクティブな時間や空間への期待があるように思います。

別所僕もリアルイベントに関して、常々「お風呂屋さん理論」って言っているものがあります。例えば家のお風呂では自分の体を清潔にして自分の好きな入浴剤でも入れて一人でゆったりお風呂を楽しむ、という方法があります。でもやはり、人は非日常で温泉に入ったり、大きな温浴施設にいったり、今だったら違った付加価値も含めてサウナ体験があったりする。映画も家でプライベートで観る楽しみ方における価値が増す一方で、映画館で全く見ず知らずの人たちと観る非日常のシネマ体験というのは脈々と受け継がれていると思います。
またリアルの映画祭ではクリエイターである監督とQ&Aなどで出会える価値があります。今回オンラインで同じことをしましたが、やはりわざわざ飛行機に乗ってやってきた監督たちと出会って交流ができる希少価値もあると思いました。それから、参加者同士の横の繋がりで広がっていく世界観も、リアルとオンラインでの繋がり方では違ってくる。ひょっとしたら、オンラインでもそういった水平な横のつながりを作ること、コミュニケーションを作ることがこれから先の鍵ではないかと思っています。
「個」の体験としては、1日の終わりに、例えばYouTubeで焚き火が燃えているだけの映像を観る方がいるように、世界にある良質な物語、ショートフィルムを観ることをこれからも追求していきたいです。

伊藤今のお話の派生的なテーマになりますが、自分の生活シーンの中で、あるいは本当の日常生活よりは少し非日常に近いけれども映画館・シアターではない生活シーンの中で、コンテンツとして映画があるとより素敵になるよね、というようなことも期待としてあるような気がします。
アイディアとして多かったのが、広い公園の芝生で寝転びながら映画を観たい、夜空の下でプラネタリウム感覚で観たい、あるいはキャンプをしながら観たいというもの。一部はすでに別所さんのチームでも取り組まれていますが、ライフスタイルが多様化する中で映画だけが中心というわけでなく、様々なコンテンツとの組み合わせが新しいライフスタイルを生み出していく可能性を感じました。

別所そこは本当に確信を得ました。ビジュアルボイスでもアートの対話鑑賞と映画鑑賞を掛け合わせた「ショートフィルムを2度みる会」を行なっていますが、「体験」なんですよね。作品を目的にする方も当然いらっしゃいますが、加えてどういう視聴体験ができるのか、どういう学びや気づきがあるのかが重要ですね。
作品の難易度と言いますか、僕自身がかつてはそうでしたが、「ショートフィルムはアート性が強くて難しいな」とか「アーティストたちの実験映画だろう」とか、入り口にある先入観が扉を閉めてしまうことがあります。その先入観を超えるためにも、ヨーロッパやアメリカで僕が観たショートフィルムのようなエンターテインメント性がもっと必要かもしれないですし、気づきや学びを届けて体験化することが大切なのかもしれません。来年の映画祭に向けてプログラムの組み方を、いわゆるスクールシアター形式で何本かパッケージする20世紀型の映画祭体験とは違う体験の創出が鍵だと思っています。

Photo by Zhifei Zhou on Unsplash

伊藤 友博 (株式会社 Insight Tech代表取締役)

早稲田大学大学院理工学研究科建設工学修了。1999年、株式会社三菱総合研究所に入社。ビッ グデータマーケティング領域のコンサルタントとしてナショナルクライアントのマーケティング 高度化を伴走。その後、同社にてAIを活用した新規サービスを事業化。2017年、代表取締役社長として株式会社不満買取センター(当時)に参画。「声が届く世の中を創る」ことを目指し、 データ×AIドリブンによるイノベーション創出、そして社会変革を日々夢見る。

別所 哲也(株式会社ビジュアルボイス 代表取締役)

慶応義塾大学法学部法律学科(国際法)卒業。90年、日米合作映画『クライシス2050』でハリウッドデビュー。その後、映画・ドラマ・舞台・ラジオ等で幅広く活躍中。 「レ・ミゼラブル」、「ミス・サイゴン」などの舞台に出演。
99年より、日本発の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル」を主宰し、文化庁長官表彰受賞。
観光庁「VISIT JAPAN 大使」、映画倫理委員会委員、外務省「ジャパン・ハウス」有識者諮問会議メンバーに就任。
内閣府・世界で活躍し『日本』を発信する日本人の一人に選出。第1回岩谷時子賞奨励賞受賞。第63回横浜文化賞受賞。

Writer:BSSTO編集部

「水曜夜は、わたし時間」
シネマな時間は、あなたがあなたに戻る時間。
「ブリリア ショートショートシアター オンライン」は、毎日を忙しく生きる社会人の皆さんに、映画のあるライフスタイルをお届けします。
毎週水曜日にショートフィルムをオンライン配信。常時10本ほどを無料で鑑賞できます。

https://sst-online.jp/theater/

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